二幕目
季節は廻り。
まだ暖かな終夏の風が肌に触れる感覚が馴染むにつれて、否が応にも刻々と終末の予感を。訪れを告げて来る。
今年もきっと多くが死ぬのだろう、と。
「おいっ、グレン。聞いてるのか?」
声に導かれ振り返る視界に
「ああ、御免。どうしたんだ?」
「本当にアレで良かったのか?」
問いを問いで、と。歯切れも悪く悪友は困惑した様子で広場の喧騒に視線を促す。映す光景は炊き出しに列を成して並ぶ大人たちの姿であった。
「見栄で腹は膨らまない。それにどんな手段であれ手にした食料の味が変わる訳じゃない。くれると言うのなら貰ってやれば良いさ」
「有難がる必要はない、か。そうだな、冬は近い。今は少しでも温存出来るモノはしておきたいしな」
今回の件で近隣の大人たちと話を付けた俺の判断に、悪友は一定の納得を示して頷く。一般からの理解は遠いが、集団の纏め役の一人である俺の意向は貧民街では特別な意味を持つ。が、それを語るのは難しく。
貧民街では低賃金で待遇は劣悪であれ、雇用が見込める働き手として外で活動する『子供たち』 外から弾かれ鬱屈として内に籠もる『大人たち』 両者の緩衝役として聞き守りとして。相談役を務める『老人たち』 これら三者三様、三つの集団が貧民街と呼ばれる特殊な地域を形成している。中でも外貨を稼ぐ俺たちの発言力は他の社会のソレとは乖離して。纏まりの薄い大人たちに対して強い影響力を持っていた。それが養うと言う概念が異なる
「まぁいいさ、所でグレン。今回は俺も『参加』するからな」
嬉々として俺の肩を叩く悪友に、俺は何が、とは聞かない。聞く必要が無い程に意図は明白であったからだ。
一瞬、脳裏に過る長い黒髪――。
「酔狂な姉ちゃんが集まった連中に読み書きや計算を教えてるって話。実に興味深いじゃないか。俺たちみたいな無知な糞餓鬼に一体全体、何の得があってそんな真似をしているのかってさ」
悪友宜しく、当初集まった連中の大半は興味本位と腹の内を暴いてやろうと言う不信感からの猜疑心であったのは間違いない。だが、この手の会話は人を変え繰り返し、もう何度目になるだろう、と内心で溜息を付く。
「好きにしろよ。俺は俺の為に通っているだけだ」
目的の場所に肩を並べて歩みを進め。軈て広場の片隅に車座になって座る
「こいつは――凄いな」
様子を窺っていた悪友の感嘆の声音に。はぁ、と俺は嘆息する。噂を聞いて新しくやって来る連中を案内しては毎度この調子。表情を覗かなくても分かる。コイツも『教室』の常連になるのだろう。
車座の中心。一人の少女が子供らに講釈を垂れている。気に入らないと思う半面。簡素な木の棒で地面に文字を描き、時に声を張って、土を固めて型を作り、何の設備もない野外と言う環境で、目で見せて、音で聞かせ、手で触れさせて。悔しいが嬉々として泥に塗れて熱弁を振るうあの女の姿は、飾り無く。教えであり、学びであると思えてしまう。
「よぉぉぉしっ、切りが良いので今日はこれで終わり」
ええええっ、と不満気に抗議の声を上げる子供たち。
「先生はもう疲れました。明日も雨が降ったらやりません。風が強くても暑過ぎてもやりません。生徒諸君はちゃんと、考えて、天候を踏まえて私と言う人間を考察し来るか来ないか判断する様に」
「でも先生っ、確実に雨が降っている時以外は来て待機していれば失敗は無いのでは?」
「ふむっ、成程妥協案と言う事だね女生徒君。けれどそれは落第点だよ。第一に私が来なければ君は時間を無駄にする事になる。第二に程度の浅い妥協案を成功体験として常態化しては君はきっと肝心な局面でも停滞を選んでしまう。知識とは修めて活かすモノ。失敗もまた経験だ。積み重ねて血肉にしていきなさい」
むふん、と得意げな様子の
――救済を。
環境が劣悪に為れば為るほどに。感情が沈めば沈み込むほどに。弱さと知っても藁を掴みたくなる感情は冬の寒さと飢えを体感した事の無い人間には永遠に理解は及ばないだろう。
子供らを巻き込んで行く彼女の姿を目にして俺は改めて心を決める。上手く話を促して老人たちに会わせる算段をつけよう、と。此処まで観察しはっきりと確信する。彼女の知識は本物で、それは恐らく『魔法師』としての分野でも同義であるのだろう。であれば迷う必要は無い。限りある時間と猶予の中で、俺の為に妹の為に、望もうと望まざると彼女には危険を冒して貰わねば為らない。
「だから、さっさと帰れと言ったんだ」
想いとは裏腹に。知らず口に出た言霊は随分と苦々しいものだった。
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