番外編   ラファエルが時計塔に②

 ベネットの移動魔法で、フォンデュがいる時計塔に移動したわけなのだが、ベネット曰く、時計塔内部で食べ物をこぼされると故障の原因になるそうで、飲食は外でするようにと言われてしまった。私はフォンデュに手作り弁当を見てもらいたかったのだが、フォンデュの部品に弁当をこぼして故障させてしまうのはイヤなので、おとなしく従うことにした。


「僕は時計塔には入らないよ。だからお弁当や荷物は、僕が外で見張っておく。ヒューリはラファエルを連れて、フォンデュへの挨拶についてってあげてね」


「ん、わかった。では行こうか、ラファエル」


 ところが、時計塔の階段を一段踏んだ途端に、ラファエルが「ああ!」と大声をあげて振り向くものだから、びっくりしたぞ。


「どうした!?」


「女性に会うのだから、何か持っていったほうがよかっただろうか。花束とか」


「初対面で、花束を持っていくのか? ああでも、フォンデュとはキノコを使って何度も会話をしている仲だから、まるっきり初対面と言うわけではないか」


「僕的には~、花束からこぼれた花びらが、フォンデュの部品に詰まっちゃうと面倒だから、手ぶらでお願いしま~す」


「う、うむ……わかった、フォンデュ嬢の要望も特にないことだし、手ぶらで、参ろうか……」


 口ではそう言ったラファエルだったが、まだ迷っている様子だ。私は両手で持っているガラス球のキノコに、フォンデュに繋いでもらうよう頼んだ。


「ハイ」


「フォンデュ、ラファエルがそなたへの手土産を忘れたと騒いでいるのだが、フォンデュは気にしないよな?」


「ハイ」


「では、ラファエルにもそのように伝えておく。今、時計塔の階段を上っているところだから、もう少しだけ待っていてくれ」


「ハイ、お待ちしております」


 フォンデュの返事を聞いてから、私は通話を切り上げた。ちゃんと通話を切らないと、ベネットが嫌がるんだよな。私は四六時中フォンデュとつながっていても別に苦ではないのだが、どうも嫌がる者の方が多いようでな、仕方なく多数決に従っている。一人暮らしが長かったゆえ、多数決に負けるたびに、これが人間社会のしがらみなのかと、ほんの少し不自由さを感じるが、ベネットが嫌がってるならしょうがないか。フォンデュとベネットは、不仲であるしなぁ。


 そのベネットは時計塔の階段下で座り込み、私たちの荷物の番をしている。修理や点検の際は、時計塔の内部にも入ると言っていたが、その際はフォンデュとどのような状況になるのかは、わからない。今度フォンデュの修理にベネットが訪れる際は、私もついて行ってみようかと思っている。滅多に故障しないようだがな。


 前を歩くラファエルの足取りが、少し重たくなってきた気がした。


「お、お前たちは、高い所は平気なのか?」


「うん? 平気だが?」


「そうか。手すりも何もないのに、よく平気なものだな」


「この螺旋階段は、時計塔の外壁に沿って設置されているから、その外壁を片手に触って上っていけば、よほどの強風が吹かないでもない限り、体がぐらつく事はないぞ」


「強風が吹いたらどうするんだ?」


「そういう時は、危ないからしゃがむしかない。体が吹き飛ぶほどの強風は、今日の天気を見るにありえないだろう」


 ラファエルは、小さく「そうか」と繰り返しながら、がんばって階段を上り続けた。高い所が苦手だったのか。私がすぐ後ろを上っていくと、急かしていると思われかねんな。少しラファエルと距離をあけて、ゆったり上らせてやるか。焦って階段の途中で足を踏み外されても、困ってしまうからな。



 階段の終わりまで上りつめると、複雑怪奇な作りをしている扉を目の前にして、立ち往生してしまった。ここが強固な施錠を施されていることを失念していた。


「ヒューリ、どうやって開けるんだ? 開けてくれないか」


「ああ、あの……私も以前はベネットに開けてもらっていたから、どうやればいいのかわからない。少し待っていてくれ、あいつを連れてくる」


 慌てて階段を戻ろうとすると、扉がガチャンと音を立てて、プシュ〜ッと煙を上げながら横に開いていった。


「ようこそいらっしゃいました。これより先は、長い階段がございますので、足元お気をつけてご来場ください。お待ちしております」


「おお! フォンデュ嬢の声だ!」


 感動しながら時計塔内部に入ってゆくラファエル。続いて私も内部に入り、長い長い螺旋階段を下りていった。


 私は何度か訪れたことがあるから、この階段の感触と、周囲から響く器械たちのカシャカシャとせわしない騒音と、突然話しかけてくる大量のキノコたちに慣れているけれど、初めて来るラファエルは大変驚いていた。それでも足並みが乱れることなく、階段を下り続けていられるのは、やはり日ごろから筋肉を鍛えているからだろう。魔法が使えなくても、不慣れな場所であっても、筋肉は裏切らないようだ。私もたまには、ラファエル邸の周りを走り込みしてみようかな。


 やがて見えてきた、フォンデュの後頭部。以前までは目移りする物が多くて見つけられなかったけれど、今ではここから彼女の様子を確認できるまでに慣れてしまった。


 あ、そうだった……フォンデュは姉たちの生首を、大事に手に持っているという、なかなかにインパクトのある姿をしているのだった。……さすがの筋肉ラファエルも、びっくりして幻滅してしまわないか? 三人を仲良くさせたくて、企画したのだがな……どうしよう、ラファエルが最下層の地を踏むまで、もう数十秒とない。


 ああ、ついに到着してしまった。私は何の声もかけられないまま、ラファエルの後ろを付いていった。


 器械でできたアーチの奥で、目を閉じて静かに、フォンデュが待っていた。ラファエルはアーチの前で一礼した。


「失礼、あなたがフォンデュ嬢か?」


 その声に反応し、フォンデュの瞼が開いた。私は彼女の後ろから四つの腕が伸びて、姉の生首をくねくねと躍らせないかと心配したが、無用に終わった。彼女が空気の読める女性で助かったぞ……。


「お初にお目にかかります、ラファエル様。ヒューリ様も、ようこそいらっしゃいました」


「ああフォンデュ、会いに来たぞ。ラファエルがどうしてもお前に会いたいと言って、シャワーを浴びてお弁当を持って、ここまでやってきたんだ。ベネットは外で待っている」


 案の定というか、ベネットの名前が出た途端に、フォンデュが微妙に沈黙してしまう。そして足元がガタガタと激しく振動するから、何も聞かされていなかったラファエルが、さすがに驚いて悲鳴をあげていた。


「どうしたんだ! どこか崩れてしまうのか!?」


「大丈夫だラファエル。彼女は色々と思考する際、この建物全体を使って考え抜くのだ。フォンデュとベネットは、あまり仲がよろしくないようでな、話題には選ばないほうがいいぞ」


「そうだったのか、気をつけよう」


 ラファエルが緊張した面持ちで、改めてフォンデュと向き合う姿勢が、なんだか新鮮で、微笑ましかった。


 やがて振動が止んだ。私もベネットの話題は、このままずっと避け続けていたほうが、良いのだろうか……? 少し名前を出すだけでこんなになるならば、出さないほうが、いいのだろうか……。


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