第22話 ベネットの性格
ベネットを先頭に階段を下りながら、私は腕の中に包んでいるキノコ入りのガラス球を、ときおり確認していた。キノコの根本に時計塔の壁の素材と土が微量に付着しているだけで、生きてゆけるらしきこの謎の生命体は、「ワア~おそと~」「あるいてる~! ウレシイ~」と感動しながら、目も鼻もない大きな傘を揺すって胞子を出している。
ベネットが大きなため息をついた。
「え~~~、もう、なんでキノコと散歩なんて~~~」
「ふふ、そんなに不満か? 私は悪くないと思っているぞ。だんだん、このキノコが可愛らしく見えてきた」
「ボク、かわいい~」
「ただのどでかいキノコでしょー? そんなの持って歩いてたらめちゃくちゃ目立つじゃんか」
「お前のその恰好も目立っているがな」
ベネットは大反対のようだった。これは困ったことになったぞ。手提げかばんや、リュックに入れておけば、ベネットの視界に入らないだろうから、その方法で試してみるか。
あ、階段を下りたら連絡をくれと、フォンデュから言われていたのだったな。
「おいキノコ、フォンデュと交代してくれ」
「ハ~イ」
ベネットが「は?」と振り向いて立ち止まる。私はどうしても、キノコの性能を彼に自慢したかった。
「はい、応対を代わりました。フォンデュです」
「やあフォンデュ、私たちは今、時計塔の周辺にいる。風が穏やかで気持ちが良いぞ」
ベネットが踏んだカエルを見るような目になっている。
「君の音声だけが送れるの?」
「いいや、周辺の音声が送れるそうだ。不思議な形の手紙だな」
「紙じゃないけどね」
「今後は持ち運び可能な『眼球』を作る予定だそうだ。完成すれば、このキノコに植え付けて、魔素と水素エネルギーとやらで視野をフォンデュの人工網膜と連動させて、画像が送れる、らしいぞ」
「なんかバージョンアップまでしようとしてる~!! なんなの、君ら」
なんなのと言われてもな。我々は互いの生活を、より良くしたいだけなのだがな。
「君がさぁ、そんなことに付き合ってあげるとして、それで君になんの得があるの?」
「多いにあるぞ、フォンデュは知見を広められるし、私は物知りで賢いフォンデュからいろいろ学べるし、双方が得をする」
「あーはいはい、そういうこと。僕にはなんの恩恵もないけどねー」
なにを拗ねてるんだ?
あ、そうか、ベネットは時計塔を改良するための情報が欲しかったんだよな。なのに私がキノコだけ持って戻ってきたから、機嫌が悪いのか。
……そこまで反対されると、落ち込んでしまうではないか。多少は驚いてくれたり、何かしら意外そうな反応を見せてくれるかと思ったのに。がんばって時計塔の階段を下りて、番人とも対談できたのに。それについての評価が無いのは、不当だ。
……あれ? 私、ベネットから何かしてもらいたがっているな。今までは、兄への復讐のために現地へ連れていってほしい、それだけだったのに。今は何か反応がほしい。褒めてもらいたくも思っている。
こんな感情は、とうに枯れてしまったのだと思っていた。兄に帰ってきてほしい、それ以外の望みを持つやり方を、私はずいぶん前に忘れてしまっていたようだ。
ベネットの「期待外れ」な態度に、私は悲しくなっていた。
「私は……お前と二人だけの秘密ができたみたいで、このキノコを受け取ったとき、すごく嬉しかった……」
抱きしめたガラス球に、吐息がかかって曇った。自分の息が熱くなっているのが視覚的にわかって恥ずかしかったが、悲しくて、黙っていられない。
「そんなにお前が嫌がるのなら、もう一度時計塔の最下層に行って、フォンデュに返してくる」
「え、ちょっ、ヒューリ?」
わからずやなベネットなんて知らない。再び階段を上ろうとした、そのとき、
「ヒューリ様には、今までのカトレア族には見られなかった傾向が、強く出ています」
フォンデュの声が、腕の中から聞こえた。
「ヒューリ様の体組織含め、体内の魔素の流動毛細血管の組まれ方が、カトレア族と86%合致。残りの14%は……あなたをカトレア族とは遠い存在であることを示しています。カトレア族とベネット族に、親しい関係性を築いた個体は現在まで把握できておりません。現在のヒューリ様の不可解な言動には、これらの数値が影響している可能性があります」
「ええ? カトレアと同一じゃないの? 他人の遺伝子も混ざってるってこと?」
ベネットが大きな猫目をパチクリ。やがて「ああ、そういうことかぁ」と一人で納得しやがるので、どういうことかと問い詰めた。
「すごく簡単なことで、それでいてとてつもない奇跡が起きてたんだよ。いいかい? 君は魔素や契約によって産まれた魔女じゃないんだ。カトレア族のうちの一体が、普通に男性と結婚して子供を作った。それが君なんだよ」
「普通の話じゃないか。分裂を繰り返して増殖するカトレアがおかしいのだろ」
「カトレア族にとっては、そういう増え方が普通だったんだよ。でも、君と君のお母さんだけは違った。君が一族から遠ざけられていたのも、君の身内がいまいち子育てが下手だったのも、君という存在をどう扱っていいのか、わからなかったのかもね」
「疎まれて置いて行かれた、ということか」
「まあそう悲観しないでよ。おかげで君だけは自由の身なんだしさ。君だけ一族から外されたり、何も学んでなかったり、カトレア本人から無視されてたり、これらの裏を返せば、君は世界一自由かつ最強の魔女の遺伝子を受け継いだ、唯一の魔女なんだよ。すごいじゃん! どうりでカトレアとも性格が違うわけだよ」
私の生い立ちと過去を知っていて、尚すごいと抜かすのか、お前は。
ベネットは改めて私の今の姿を眺めた。細めた両目が、どこか優しくなっている。
「カトレアだったら、キノコ抱えて突っ立ってる姿なんて、絶対に人目にさらさなかったよ。僕もガラにもなく戸惑っちゃったや。時計塔は破壊されてナンボだったから」
「お前、もっと番人たちのこと可愛がってやってくれ。そんなんだから番人から嫌われるんだろ……」
「フォンデュだっけ? あの子にも感謝してあげなくもないかなー。おかげでヒューリの素晴らしさと、今までの不可解さをみーんな解決しちゃったしさ!」
私の話、聞いてるのか? 現金なヤツだな。
まあ、何かが解決したようだし、機嫌が良くなったんならそれでいいか。このキノコに対しても、怪訝な顔はしなくなった。
「ではベネット、私たちのちょっとした散歩に、このキノコも同伴させても良いよな? どうしても嫌だと言うなら……残念だが、私一人でキノコと旅に出る」
「え? とんでもないよ! 君と番人とそのキノコだけじゃ絶対に道中でケガするよ。危ないから絶対に僕の目の届くところにいてね。絶対にケガさせないって約束するからさ」
ハァ~、こいつは、もう……。私を観察対象としか見られないのか。
もっとこう……私の内面とか、そういうのをわかってほしいと願ってしまうのは、ヘン……だよな、我ながら。
こんな研究バカ相手に……。
あ、カーが戻ってきた。こいつも気まぐれに出たり消えたりと、どのツラ提げて戻ってきたんだ……しかも私ではなくてベネットの肩に留まってしまった。
「ベネット、カーが」
「ああ、うん、なんかキノコに比べたらカァ君のほうが可愛く見えてきたや」
「キノコ、嫌いなのか?」
「それじゃあ、カァ君も戻ってきたことだし、帰ろうか。ラファエルから、あんまり遅くならないようにって言われてたの、忘れてたや。おもしろいお土産もできたことだし、散歩はラファエルの屋敷の周辺でもできるでしょ」
私はフォンデュに、海の音を聞いてほしかったが、夕焼けの空の端が暗く染まってきたことだし、帰るにはちょうど良い時刻であった。
「フォンデュ、私たちは今から帰宅する。散歩は、もう少し待っててくれな」
「了解しました」
「ねえソレ、いつ回線切れるの……?」
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