第18話   時計塔内部への階段

「さーて、時計塔の番人に会うよー!」


「私は番人を出会い頭に破壊なんかしないからな……」


「あ、番人のことを一人の人間として見てくれてるの? ありがと〜!」


「今しがた破壊しろと言っていたのは、お前の口だぞ。まったく、どういう心情で番人に会うつもりなんだ、お前は」


 先を歩きだすベネットが、振り向かずに嬉しそうな声をあげた。


「そのまんまの気持ちを、そのまま口に出してるんだけどな〜。ラファエルぐらいだよ、引かないの。どうして僕って浮いちゃうんだろう」


「後出しの情報が、多すぎるからではないか」


「え? 僕なにか隠してた?」


 本気でわからないといった顔で振り向かれたので、もうそのままでいいと答えておいた。ベネットが凡人に合わせて会話できる日は、来ない気がする。聞き手の私が引くぐらい、めちゃくちゃしゃべるヤツだし、本人はちゃんと説明しているつもりなんだしな。


 カトレアが下りてきていた、あの階段を、ベネットと私も上っていった。遠目から見たときよりも幅が細くて、古いレンガ造りででこぼこや欠落箇所が目立った。手すりもない。


 あんなに腰の曲がったカトレアが、しっかりした足取りで下りてきたのが不思議だったが、そう言えばなんでもできる最強の魔女だったな。


 ん? なんでもできる最強の魔女なら、なぜ若返るためにわざわざ時計塔まで寄ったんだ? なんでもできるなら、自宅で気軽に若返れば良いではないか。


 ほんとになんでもできるのか……?


「この時計塔、完膚なきまでにぶっ壊しちゃってもいいからね〜」


 鼻歌混じりに、とんでもないことを。揃って生き埋めになるじゃないか。さっきまでカトレアに殺されていたかもしれないという危機的状況下にいたんじゃなかったのか? ほんとに修理が好きなんだな……。


「その……私を妻に迎え入れたのは、私がカトレアの血筋だからか? 時計塔を壊すために必要だったからで、私とカトレアの容姿が、そっくりだったから、すぐに、その、わかったからとか?」


「え? たしかに似てるけど、区別がつかないほどは似てないじゃん」


 階段の終着点に辿り着いたベネットが、私に振り向いた。


「僕はカトレアの子孫だからって理由で、君を選んだんじゃないよ。血縁関係があるのも、ついさっき知った」


「本当か?」


「うん。もしもさ、君がカトレアの一族だって知ってたら、僕は君にいっぱい質問しまくってたし、そんな危ない魔女を平凡な老夫婦に管理させるなんて酷いこと、しないよ」


「む、たしかに、そうか……」


 階段の終着点には、大きな歯車がゴリゴリと音を立てて、その組み合わせが一枚の分厚い板のようになって、扉代わりになっているという、見ただけではどうやって開閉する仕組みなのかわからない器械仕掛けがあった。


『ようこそ、マスター・ベネット。認証式魔素分散装置の内蔵歯車208個、回転率を三十分間30%低下させます。それでは、楽しい改造と修理を!』


「扉がしゃべったぞベネット!」


「ああ、これは大昔の女の人の声を再生しただけだよ。ベネット博士の奥さんなんだって」


「人の声を、現在までとっておけるのか? すごいな」


 手を近づけるのも危ないほど複雑に噛み合った歯車の回転速度が、ゆっくりと低下していった。歯車たちで形作られた一枚の板が、少し歪つだったが左右に割れて、人一人が通れるほどの隙間ができた。


 それと同時に、耳障りなガシャガシャという騒音が、中から溢れ出てきた。


 ここから、時計塔内部に入れる、のか。なんか緊張するな。


「魔素の番人は、君が魔法を使いまくってる事態に気付いてると思うよ。その件について話題を振ってくるだろうから、何話すか考えといてね」


「それは相手の状況にもよるだろ。番人がとても怒っている場合と、そんなに気にしていない場合とでは、私も取る反応が違う」


「そこはまあ、臨機応変にね。僕はここから応援してるよ」


「お前も付いてきてくれ。私はお前ほどおしゃべりが得意じゃないんだ」


「ごめんね〜、僕が彼女に会うわけにはいかないんだ。まずい展開になったら、すぐにこの扉から逃げてね」


 などと簡単気に言うから、扉の中に少し頭を入れて、だいたいの様子を確かめてみた。真っ暗な下層から冷たい風が吹き上がり、前髪が持ち上がった。


 かなりの高さがあるぞ、これ。下がどうなっているのか、真っ暗でぜんぜんわからん……。


「絶対に無理だ。真っ暗じゃないか」


「あ、今、明かりを点けるよ」


 ベネットの指パッチンが下層まで鳴り響く。すると暗がりの底から波打つように明かりが灯って、ちょっとゾワッとした。


 でかいネジや歯車の数々がぎらつき、ポンプだろうかごつい風船みたいな物が膨らんだりしぼんだりしている。あとは私の知らない部品だらけで、巻き込まれたら無事じゃ済まないことが容易に想像できるほど隙間なくぎっしりと稼働していた。


「番人なんて、どこにもいないぞ」


「ヒューリが階段を下りていけば、会えるよ」


 できればベネットに付いて来てほしいと頼んだのだが、肩をすくめられた。


「彼女、僕のことめっちゃくちゃ恨んでるの。たぶん、会えば攻撃される」


「私のことは、どうなってもいいのか?」


「君なら勝てる。僕と違って、なんでもできるんだから」


「誰かと戦ってばらばらにした覚えはないぞ……」


「なら、ここから君を見守ってるよ。危なくなったら、僕が動くね」


 なにがなんでも番人と戦わせようとしてないか、こいつ。お洒落した女に対して、取るべき礼儀作法ではないぞ。


「私は戦わんぞ。会って話をする、それだけだ。私だって初対面の相手にいきなり襲いかかるような真似など、したくないんだからな」


 しかも番人は女性だそうじゃないか。ベネットからの指示で危害を加えるだなんて、そんなの私を襲おうとしてきた街の人間となんら変わらないではないか。


「本当に戦わないんだからな!」


「はいはい、それでいいよ」


 なにを笑っているんだ、こいつは。まーだ何か企んでいるのか?


 なんにせよ、戦わないからな。私は時計塔内部の螺旋階段を、ゆっくりと下りていくことにした。


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