第56話 そりゃ騒ぎになるって
◇◇◇◇
昼下がりのギルドは、いつもと変わらぬ活気に包まれていた。
冒険者たちは依頼掲示板を覗き込み、受付の前には数人の列ができている。
その中心で受付嬢マリーナが慣れた手つきで依頼書を整理していた。
「次の方、どうぞ」
穏やかな声と笑顔。
彼女はこの街のギルドの顔であり、多くの冒険者に慕われる存在だった。
そんな時――
「た、たたた、大変だぁぁぁぁッ!!!」
突然、扉が勢いよく開き、一人の冒険者が転がり込むようにして入ってきた。
土埃まみれの姿で息も絶え絶えに叫ぶ。
「ど、ドラゴンだッ! ドラゴンが街に向かってきてる!!!」
その言葉にギルド内の空気が一瞬止まる。
だが、すぐにどっと笑いが起きた。
「ははっ、ドラゴン? 冗談きついぜ!」
「昼間っから飲みすぎたんじゃねえのか?」
「ほら、水でも飲んで寝てろよ!」
冒険者たちは口々に嘲笑する。
マリーナも最初は笑いを浮かべたがその胸の奥で、なぜか嫌な予感がした。
「(……まさか)」
脳裏にセレスティアとロジャーの姿が思い浮かぶ。
ドラゴンをテイムしたいという無謀な目標を掲げ、変態テイマーと呼ばれているロジャーを指名したセレスティア。
このギルドから出発して、結構な月日が過ぎていた。
半年くらいは過ぎているだろう。
今頃、元気にしているのだろうかとマリーナが考えていると街全体に、重く響く鐘の音が鳴り渡った。
誰もが息を呑む。
マリーナの顔色がみるみるうちに青ざめる。
「この音……まさか……」
鐘の回数、そしてその間隔。
それは魔物の襲来を意味する警鐘。
しかも、三回連続の長鐘。
「大型クラス、確認!!」
ギルドの奥から飛び出してきた職員が叫ぶ。
冒険者たちは一斉に立ち上がり、武器を掴む音が鳴り響いた。
マリーナもカウンターから身を乗り出し、外の様子を確認しようと扉へ駆け寄る。
ギルドの外では人々がざわめき、空を指差していた。
「な、なんだあれは……!」
「本当に、ドラゴンだ……!」
マリーナは息を呑んだ。
青く輝く鱗を纏った巨大な影が、陽光を反射しながら街へとゆっくり降下してくる。
「……まさか本当に!?」
恐怖と驚愕が入り混じる中、マリーナはふと気づいた。
そのドラゴンの背に見覚えのある人影がいくつも乗っていることに。
「(あの姿……!)」
彼女の胸が高鳴る。
その青き竜の背には、確かに見覚えのある男、変態テイマーロジャーの姿があった。
そして、そのすぐ傍にはセレスティアの姿も見えた。
どうやら、本当にドラゴンをテイムしたようだ。
無理だろうと思われていたドラゴンのテイムを本当に成し遂げて帰って来るとは思っていなかったマリーナ。
だが、奇跡にも等しい光景を目にしてマリーナは心から尊敬の念を込めて、一言告げる。
「おかえりなさい、ロジャーさん。セレスティア様」
アルディアスはゆっくりとギルド前の広場に降り立ち、地面が震え、風が巻き起こる。
人々は恐怖と驚愕に固まり、武器を構えたまま動けない。
マリーナは小さく息を吸い込み、精一杯の笑顔を浮かべていた。
ロジャーが手を振りながらドラゴンの背から降りてくる。
続いてアマンダ、アンナ、そしてセレスティアも軽やかに飛び降りた。
アルディアスは青き光に包まれ、次の瞬間には人間の少女の姿へと変化する。
その小さな背中に街中の視線が釘付けになった。
「いやぁ~、帰ってきたぞ!」
ロジャーが両手を上げて笑う。
マリーナは腰に手を当てて、じろりと睨んだ。
「帰ってくるのはいいですけどね……事前に連絡くらいください!」
「え?」
ロジャーが首を傾げると、マリーナは広場を指差した。
「見てください、この有様を!」
その方向には武器を構えた冒険者たちがずらりと並び、呆然と立ち尽くしていた。
中には震えながら魔法の詠唱を始めていた者もいる。
「街全体が警戒態勢だったんですよ!? 鐘まで鳴らしたんですから!」
マリーナの声にロジャーは後頭部をかきながら苦笑する。
「す、すまんすまん……。俺たちも急いでたもんでな」
アマンダも苦笑し、アンナが深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。お騒がせしました……」
そしてセレスティアも恐縮したように頭を下げる。
「すみません……師匠の言う通り、急いでたものですから……」
マリーナはため息をつきながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。
「……まったく。あなたたち、どこに行っても騒ぎを起こすんですから」
「ははっ、それが俺たちの冒険ってやつだ」
ロジャーが胸を張って笑うと、冒険者たちからも笑いが漏れ始めた。
やがて広場には拍手と歓声が広がっていく。
恐怖が安堵へ、そして称賛へと変わる。
そして、ギルドへ戻ろうとした時、ギルドの扉が勢いよく開き、豪快な声が広場に響いた。
「どこだ! 大型魔物はどこだ!」
飛び出してきたのは、ギルドマスターだった。
普段は温厚な中年紳士の彼が、今はかつての冒険者装備に身を包み、剣と盾を携えている。
鎖帷子の音を鳴らしながら、ギルドの階段を駆け下りてくる姿に、広場の空気が一瞬凍りついた。
「ど、どうしたんですか、その格好!?」
「マスター、戦にでも行く気ですか!?」
ざわつく冒険者たちの中、ギルドマスターは血相を変えて叫ぶ。
「大型の魔物が街に向かっていると報告を受けたのだ! まさかもう侵入されたのか!?」
広場を見渡し、剣を抜きかけるギルドマスター。
しかし、その様子があまりにも必死すぎて、どっと笑いが起こった。
「マスター! もう解決しましたよ!」
マリーナが苦笑しながら駆け寄る。
「なにっ!? もう倒したのか!?」
「ええ、というか、そもそも敵ではありませんでした」
「……なんだと?」
困惑するギルドマスターの前にロジャーがひょいと現れた。
いつもの調子で頭をかきながら申し訳なさそうに言う。
「すまん、俺のせいだ」
「お前の……せいだと?」
眉をひそめるギルドマスターにロジャーが肩をすくめて説明する。
「こいつだ」
ロジャーが背後を親指で指すとセレスティアとその隣で小柄な少女の姿をしたアルディアスが立っていた。
マリーナが補足するように説明する。
「セレスティア様がドラゴンを……テイムされたんです」
「……ドラゴン、だと?」
ギルドマスターは目を丸くし、そして広場の上空を見上げ、そこに漂う残り香のような竜の魔力を感じ取る。
「なるほど……。大型反応の正体はその子だったわけか」
剣を鞘に戻し、ギルドマスターは額の汗をぬぐう。
「まったく、心臓に悪い。ロジャー、次からはせめて一言、事前に連絡を入れてくれ」
「ははっ、悪い悪い。うっかりしてた」
「うっかりで済ませるな!」
ギルドマスターの叱責に広場の冒険者たちがまた笑い声を上げた。
緊張がほぐれ、どこか安堵したように肩を叩き合う者たち。
やがて、ギルドマスターは大きく息を吐いてから声を張り上げた。
「諸君! 警報は解除だ! この街に危険はない! 各自、通常業務へ戻れ!」
「了解!」
冒険者たちは一斉に敬礼し、笑いながらそれぞれの持ち場へと戻っていく。
広場には穏やかな日常の空気が戻りつつあった。
ロジャーはその様子を眺めながら、
「なんだかんだで、やっぱこの街は落ち着くな」
マリーナは苦笑しながら答えた。
「あなたたちが来ると、いつも“落ち着かない”ですけどね」
セレスティアとアンナ、アマンダも笑い合い、
アルディアスは人の姿のまま少し頬を膨らませていた。
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