第50話 ついにドラゴンをテイム
セレスティアの体には無数の切り傷と火傷が走っていた。
ロジャーは彼女の傍に膝をつき、掌をかざす。
「ヒール」
淡い光がセレスティアの全身を包み、裂けた皮膚がゆっくりと癒えていく。
しかし、それでも彼女の顔色は青白く、意識は戻らなかった。
「……やはり、限界まで出し切ったんだな」
ロジャーが静かに呟く、アンナが急いで薬箱を開き、包帯と水を取り出した。
「ここまで……戦ったんですね……! セレスお嬢様」
アンナは震える手でセレスティアの汗を拭き、丁寧に包帯を巻く。
その横でアマンダが見守りながら思わず息を吐いた。
「信じられないわ……。本当にドラゴン相手にここまでやるなんて」
手当てを終えたロジャーはセレスティアを安全な木陰に寝かせると立ち上がり、振り返った。
目の前には巨大な影、蒼き竜アルディアスが悠然と立っていた。
ロジャーは腕を組み、真っすぐに竜の瞳を見据える。
「……アルディアス。お前、セレスを認めたって言ったな?」
「うむ」
低く響く声が森を震わせる。
「ってことはテイムされる、ってことでいいんだな?」
ロジャーの言葉にアルディアスは一拍の間を置き、堂々と頷いた。
「うむ。あの娘の心に宿る勇気、誇り、そして不屈の意志。我が見届けた以上、もはや拒む理由はない。契約を受け入れよう」
「…………え?」
ロジャーがぽかんと口を開ける。
あのロジャーでさえも完全に言葉を失っていた。
「え、えぇ!? 二つ返事!?」
アマンダが素っ頓狂な声を上げ、アンナも目を丸くする。
「ま、まさか本当にドラゴンを……テイムできるなんて……」
ロジャーは頭をかきながら苦笑を浮かべる。
「おいおい、マジかよ……。案外、すんなりとテイムされるんだな」
肩を竦めながらも表情には誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「師として誇れ、人の子よ。あの娘は確かに我を打ち倒したわけではない。だが、心で我を屈服させた。それが力よりも尊き証だ」
アルディアスの言葉にロジャーは静かに頷いた。
「……ああ。あいつは立派な俺の弟子だ」
森を渡る風がセレスティアの髪を揺らした。
その寝顔は夢の中で何かを掴んだように穏やかでロジャー、アマンダ、アンナ、そしてアルディアス。
誰もがその姿を見つめ、静かに微笑んでいた。
しばらくして、セレスティアはゆっくりと瞼を開けた。
ぼやけた視界の中で最初に映ったのは、真っ黒な丸い瞳――。
「……え?」
鼻先に、ふわふわの毛並みをした小さな生き物が顔を近づけていた。
それはロジャーの使い魔、フェルリオットだった。
首をかしげながら、つぶらな瞳でじっとセレスティアを見つめている。
「フェルリオット……?」
その可愛らしい鳴き声が耳に届いた瞬間、すぐ傍から声が上がった。
「目を覚ましたのですね、セレスお嬢様……!」
アンナが駆け寄り、両手でセレスティアの手を握った。
その目には涙が浮かんでいる。
フェルリオットはくるりと跳ねて、セレスティアの胸元から離れると、素早くロジャーの肩まで登っていった。
その仕草が妙に誇らしげでセレスティアは思わず微笑む。
しかし、すぐに顔を曇らせて静かに尋ねた。
「……アルディアスは……どうなった? もしかして……私のことなど眼中になく、どこかへ……?」
その声はかすれてまるで失恋を恐れる少女のように小さかった。
ロジャーはそれを聞いてふっと笑い、隣のアンナもアマンダも堪えきれずに笑ってしまう。
「な、何を笑っているのだ!?」
「セレス、顔を上げてみろ」
ロジャーの言葉に導かれるように、セレスティアはゆっくりと顔を上げた。
そして、目の前に広がった光景に息を呑む。
ロジャーたちの背後。
そこには、蒼き鱗を煌めかせた巨体、アルディアスの姿があった。
大樹のように堂々と立ち、金色の瞳でセレスティアを見下ろしている。
「先の戦い、見事であった」
低く響く声が森に木霊する。
「まだまだ未熟ではあるが、その心意気と覚悟は確かに伝わった。ゆえに我はここに誓おう。人の子、セレスティアよ。其方と契約を結ぶと」
「……え……」
セレスティアの瞳が大きく見開かれた。
言葉を失ったまま、ロジャーたちを見回す。
ロジャーは穏やかに頷き、アマンダが笑みを浮かべ、アンナが目頭を押さえる。
「現実だ、セレス。夢じゃねえ」
「……う、うそ……本当に……」
セレスティアの視界が滲んだ。
それは痛みでも恐怖でもない。
報われた努力と喜びの涙。
「……う、うわぁぁぁぁぁん……!」
堪えきれず彼女は大声で泣き出した。
旅に出てから初めての心の底からの涙だった。
ロジャーはその姿を見ながら、優しい声で語る。
「よくやったな、セレス。お前は立派なテイマーだ」
アンナとアマンダも微笑みながら頷き、フェルリオットがちょこんとセレスティアの膝に飛び乗って慰めるように鳴いた。
涙がようやく止まり、セレスティアは赤く腫れた目をぬぐいながら、ゆっくりと息を整えた。
「……契約、しなくては」
かすれた声でそう呟くと彼女はふらりと立ち上がる。
足はまだ震え、全身が痛みに軋んでいた。
「セレスお嬢様、無理を――」
アンナが慌てて駆け寄ろうとした瞬間、セレスティアは首を振った。
「大丈夫だ。自分で立つ」
その瞳には確固たる意志が宿っていた。
「ドラゴンと契約するのだ。最後まで一人でやらせてくれ」
アンナは口を噤み、ロジャーとアマンダも静かに頷いた。
師匠も仲間も彼女の覚悟を信じていた。
セレスティアはおぼつかない足取りで、ゆっくりとアルディアスのもとへ歩み出す。
傷ついた体を引きずるようにして、それでも一歩、また一歩と前へ進んだ。
やがて、巨竜の足元に辿り着く。
見上げたその瞳はどこか誇らしげに輝いていた。
「よくここまで来た、セレスティア」
「アルディアス。テイマーとして、あなたに契約を申し込みます」
セレスティアの声は震えていたがその瞳は真っすぐだった。
「よかろう。だが、我は誰かに仕えるために生きるものではない」
アルディアスはゆっくりと首を垂れ、低く、威厳に満ちた声で続ける。
「我は其方に忠誠を誓わぬ。代わりに、共に生きることを誓おう。セレスティア、其方と共に天を駆け、地を歩む。それが我が契約の証だ」
その言葉にセレスティアの唇がわずかに震えた。
彼女は両手を胸の前で組み、深く頭を下げる。
「……はい。私も誓います。あなたと共に歩んでいくと」
アルディアスは満足げに目を細め、ゆっくりと首を下ろした。
その巨大な鼻先がセレスティアの目の前まで降りてくる。
セレスティアはそっと手を伸ばし、温かな鱗に触れた。
指先が蒼い光に包まれ、空気が震える。
「これからよろしくお願いします、アルディアス」
「うむ。其方こそ、よろしく頼む、セレスティア……いや、我が友よ」
蒼き光が二人の間で弾け、柔らかな風が森を包んだ。
その瞬間、セレスティアの胸元に小さな紋章が浮かび上がる。
それは竜と人が結ぶ対等の契約の証。
ロジャーは腕を組みながら満足げに頷き、アマンダは「やるじゃない」と呟く。
アンナはこらえきれずに涙を流し、笑顔で手を合わせた。
こうして、セレスティアはついにドラゴンをテイムした少女として真の一歩を踏み出したのだった。
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