第22話 ゴブリン退治の前に準備が先だ!

 ギルドの奥から持ち込まれた羊皮紙の束が、テーブルの上に置かれた。

 ガイアスが指先で叩くたびに、紙はふわりと揺れ、依頼内容が浮かび上がる。


「群れを成したゴブリンの掃討、森に巣食う大型魔獣の討伐、失踪した交易隊の捜索……どれも厄介だが、放置すれば街に被害が及ぶ。普段なら上級冒険者を募るところだが――」


 そこまで言って、ガイアスはロジャーに鋭い視線を向けた。


「お前たちに託す。ドラゴン探しの片手間にやるには骨が折れるが……やれるな?」


 ロジャーは笑みを浮かべ、豪快に胸を叩いた。


「任せとけ! 修行にちょうどいい難易度だ!」

「し、修行って……」


 アマンダが呆れたように眉をひそめる。

 セレスティアは真剣な表情で依頼書を手に取り、ぎゅっと握った。


「……必ずやり遂げます。弱い私が強くなるために。そして、街の人を守るために」


 その瞳には、かつて屋敷の鳥籠の中で暮らしていた少女の面影はなかった。

 ガイアスはしばし彼女を見つめ、やがて口の端をわずかに上げる。


「ならばいい。お前の覚悟、確かに見届けた」


 ロジャーが椅子から立ち上がり、声を張った。


「よーし! まずは群れゴブリン退治からだ! 腹ごしらえをして、昼過ぎに出発するぞ!」

「はいっ!」


 セレスティアは力強く頷き、アンナも使い魔たちも元気よく鳴き声を上げる。

 こうして、セレスティアを鍛えるための最初の実戦――「群れゴブリン討伐」が始まった。


 ギルドの食堂。

 昼下がりの窓から差し込む光が、並べられた料理を照らしていた。

 香ばしく焼き上げられた肉の皿、温かいスープ、黒パン。

 戦いの前に腹を満たすには十分な食事だ。


 ロジャーは骨付き肉に豪快にかぶりつきながら、声を張った。


「さて――群れゴブリン退治、方針を決めるぞ」


 セレスティアは姿勢を正し、真剣に耳を傾ける。


「まず基本はセレス、お前が主軸だ」

「えっ……わ、私が?」

「当たり前だ。ドラゴンをテイムするってんなら、群れゴブリン相手で怯んでる場合じゃねえ。俺とアマンダは補助に回る」


 アマンダも軽く頷き、パンをちぎりながら補足する。


「ロジャーが囮役をするから、その間にセレスティアがどう動くかを学ぶ。私は弓で援護。あくまで補助に徹するわ」


「じゃあ私は……?」とアンナが控えめに口を開く。

 ロジャーはドンとテーブルを叩き、にやりと笑った。


「アンナ、お前は俺の使い魔たちと一緒に絶対守る。俺の命に代えてもな!」


 その言葉に、アンナの表情が和らぐ。


「……使い魔ついでというのは釈然としませんが、よろしくお願いします」


 セレスティアは胸に手を当て、深く息を吸い込む。


「私が……前に立つのだな。わかった。しっかりと役目を果たそう!」


 ロジャーは満足げに頷き、ジョッキを掲げた。


「それでいい! 昼食を終えたら、装備の見直しと必要な物資の買い出しだ。矢やポーション、そして罠対策の道具も揃えておくぞ!」


 アマンダが小さく笑みを浮かべる。


「まるで遠足の準備みたいね。でも……気を抜けば命を落とす。肝に銘じておきなさい、セレスティア」

「はいっ!」


 こうして、腹を満たした一行は、午後の準備に向けて席を立った。

 セレスティアを主軸に据えた、最初の本格的な実戦。

 どうなるかは分からないが、ドラゴンをテイムするためには力をつけなければならない。

 ゴブリン退治が役に立つかどうかはわからないが、少なくとも未経験よりはマシだろう。


 昼食を終えた一行は、街の武具屋へと足を運んだ。

 店内には整然と並べられた剣や槍、鎧が光を反射して輝いている。


 ロジャーがセレスティアの剣を手に取り、刃をじっと見つめた。


「ふむ……やっぱりな」


 アマンダも覗き込み、眉をひそめる。


「キマイラ戦のせいか、歪んでいるわね。しかも、刃こぼれもある」


 セレスティアは唇をかみしめた。


「……やはり、私の腕が未熟だから」


 ロジャーは笑って肩を叩いた。


「違えよ。武器ってのは使えば傷むもんだ。むしろ、よく折れずに持った方だぜ。お前が逃げずに立ってた証拠だ」


 その言葉に、セレスティアの顔が少しだけ明るくなる。


「それで、どうする? 研ぎ直しか、買い替えか」


 アマンダが店主に視線を送ると、無骨な店主が顎をさすりながら答えた。


「このままでも応急処置で研ぎゃ使えるが、長期戦は危ういな。娘さんが本気で冒険者やるなら、新しい剣を持った方がいい」


 セレスティアは一瞬迷ったが、やがて力強く頷いた。


「……新しい剣をお願いします」


 ロジャーは満足げに笑い、店主へと金貨を差し出した。


「じゃあ、セレスに合う一本を見繕ってくれ」


 店主が差し出したのは、やや細身で軽量な片手剣だった。


「女の子には扱いやすさも大事だからな。切れ味は保証するぜ」


 セレスティアは剣を受け取り、試しに構えてみる。

 軽やかに手に馴染む感覚に、思わず目を見開いた。


「……すごい。私でも振りやすい!」

「よし、それで決まりだな」


 ロジャーは腕を組み、にやりと笑った。


「剣も新調したし、次は防具と消耗品の補充だ。ポーションは多めに買っとけよ。ゴブリン相手でも油断すりゃ死ぬ」


 セレスティアは新しい剣を握りしめ、胸の奥に再び決意を宿した。

 次の戦いでは、必ず役に立つ――その想いを抱きながら。


 新しい剣を手に入れたセレスティアは、次に防具の棚へと向かった。

 革鎧、鎖帷子、金属製の胸当て――種類は多いが、どれも一長一短がある。


「……セレスはまだ機動力を殺さない方がいいな」


 ロジャーがすぐに口を開く。


「鎧を重くすりゃ確かに守りは固いが、動きが鈍ればゴブリンの群れに飲まれるぞ。だから軽装でいけ」


 アマンダも頷いた。


「そうね。キマイラ戦でも、身軽さのおかげで回避できた場面があった。重い装備はまだ早いわ」


 店主は奥から柔らかな革鎧を持ってきた。


「こいつは薬草でなめした上等な革だ。丈夫で軽く、動きやすい。女の子の体格でも扱いやすいだろう」


 セレスティアは試着し、鏡の前に立つ。

 動きやすく、なおかつ胸元と腹部はしっかり守られていた。


「……これなら」


 セレスティアは鏡に映る自分を見つめ、拳を握りしめた。

 さらに膝当てや肘当てもつけて、最低限の防具を整える。


「武器と防具が揃ったら、次は消耗品だな!」


 ロジャーが陽気に声を上げる。


 道具屋へ移動すると、店内にはポーションや包帯、松明や縄などが整然と並んでいた。

 アンナが真剣な目でリストを作り始める。


「回復ポーションを人数分。傷薬は多めに。あとは保存食、浄化用のハーブも必要ですね」


 ロジャーは棚から冒険者用の小さなランタンを取り出した。


「松明もいいが、これなら火が長持ちするし両手が空く。セレス、お前の分だ」


 アマンダは矢筒を補充しつつ、セレスティアに視線を送った。


「自分で必要だと思う物を一つ選んでみなさい。冒険者は道具をどう使うかが勝負を分けるのよ」


 セレスティアはしばらく悩んだ末、小型のロープを手に取った。


「……これを」

「お、いいじゃねえか」


 セレスティアの選択にロジャーが笑う。


「ロープは万能だ。崖を下りるも良し、罠を仕掛けるも良し、縛るも良しだ」


 こうして必要な装備と道具を揃えた一行は、荷物をまとめて宿に戻った。

 明日の戦いに向け、準備は万端。


 セレスティアは新しい剣と防具を手に、静かに誓う。

 必ず役に立つ。

 次は誰にも守られるだけじゃなく、自分の力で戦うのだと。


 街の門を抜け、森道を進むこと数時間。

 太陽は西へ傾き、木々の影が長く伸び始めていた。


 目的のゴブリンの縄張りは、この先の丘陵地帯にあるとギルドで聞いている。

 夕暮れの風に髪を揺らしながら、セレスティアは立ち止まった。


「……もうすぐ日が暮れる」


 ロジャーが口笛を吹き、肩をすくめる。


「ここからが作戦会議の本番だ。夜襲で一気に奇襲するか、夜明けを待って仕掛けるか。それとも……今すぐ叩くか、だ」


 アマンダは腕を組み、険しい顔つきで森を見やった。


「夜の森は彼らの得意分野よ。暗視能力がある分、こちらが不利になる」


 アンナは眉を下げ、小声で付け加える。


「でも、夜のほうが奴らは気が緩むはずです。見張りを残して眠っているでしょうし……」


 皆の視線がセレスティアに集まる。

 彼女は一瞬だけ迷い、剣の柄を握りしめた。


「……私が決めるのだな」

「そうだ。お前が隊の主軸だ。俺たちはお前の判断に従う」


 ロジャーが真剣に告げる。

 セレスティアは深く息を吸い込み、考えを口にした。


「夜襲は確かに有効だろう。けれど、暗闇での戦闘は私の力量では不安だ。奇襲は明け方に仕掛けよう。眠気が残る時間帯、夜明け直前――それならゴブリンたちの警戒も緩むはず」


 アマンダが頷き、唇に微笑を浮かべる。


「いい判断だわ。リスクを最小に抑えつつ、確実に叩ける」

「よーし、決まりだな!」


 パシッと手を鳴らしてロジャーが声を張り上げた。


「今日はここで野営。夜明け前に動き出して、奴らを一気に片付ける!」


 すでに野営は何度か経験済み。

 テントの設営も焚き火も、セレスティアの手際は以前より格段に良くなっていた。

 焚き火の明かりが仲間たちを照らし、肉を焼く匂いが森に漂う。

 セレスティアは赤々と燃える火を見つめながら、静かに剣を磨いた。


「……明日は必ず、前よりもうまくやってやる」


 その声は小さくとも、確かな決意に満ちていた。

 仲間たちは彼女を見守り、夜は静かに更けていった。

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