第19話 真のテイマーに近付いたな!

 炎と雷が交錯する戦場の中、セレスティアは必死に食らいついていた。

 だが、キマイラの尾――蛇の一撃が鋭く襲い掛かり、剣で受け止めきれなかった。


「――っ!!」


 鋭い痛みが肩を裂き、鮮血が飛び散る。

 セレスティアはよろめき、膝をついた。


「セレスお嬢様!」


 アンナが悲鳴をあげ、慌てて駆け寄ろうとする。


「来るな、アンナ!」


 セレスティアは必死に叫ぶが、体はもう立ち上がらなかった。

 意識こそ残っていたが、痺れと痛みに足が動かない。


「セレスお嬢様、これを!」


 アンナは素早くポーチからポーションを取り出し、セレスティアの手に押し付ける。

 ごくりと飲み干すと、裂けた肩の傷がじわりと塞がっていく。

 それでも戦線復帰には程遠い。


「くっ……! 私、やっぱり……全然……」


 視界の先では、ロジャーが豪快に拳を振るい、アマンダが矢を雨のように放っていた。

 二人の動きは無駄がなく、互いを信じ切った熟練の連携がキマイラを押し返している。


「なんで……! 私はあんなに必死なのに……」


 セレスティアは唇を噛む。

 胸の奥に突きつけられる現実。

 自分はまだ足手まといだということ。


「これじゃあ……! ドラゴンなんて、夢のまた夢じゃないかっ……!」


 炎が爆ぜ、雷が轟く。

 セレスティアの悔しげな声は、その轟音にかき消されていった。

 だが、戦いはまだ終わっていない。

 ロジャーとアマンダがキマイラを相手に奮闘をしていた。


 爆発音が響き渡り、断崖地帯は大きく揺れている。

 その中、セレスティアは膝をついたまま剣を落としかけていた。


 その瞬間、ロジャーの怒号が戦場を貫いた。


「――まだ死んでねぇだろうが!!」


 振り返ったロジャーの目は、まるで灼熱の火焔のように燃えていた。


「なら、立て! 剣を握れ!!」


 セレスティアの胸に雷のように突き刺さる。


「お前が諦めた瞬間に終わるんだ! どれだけ傷つこうが、立ち上がる限りまだ戦える! それともここで諦めて、大人しく運命を受け入れるのか!? どうなんだ、セレスティア!」


 雷鳴にも負けない叫びに、セレスティアの全身が震えた。

 恐怖に縛られ、絶望に沈みかけていた心に熱が戻ってくる。


「わ、私は……っ!」


 震える手が、落ちかけていた剣の柄を掴む。

 血に濡れた手が痛む。

 肩もまだ完全には癒えていない。

 それでも握る。

 握らなければならない。


「私は……ここで終わらない!」


 立ち上がる。

 震える足に力を込め、剣を構える。

 ロジャーは笑った。


「そうだ! それでこそ俺の弟子だ!」


 セレスティアの剣が、再び煌めいた。

 震える足で踏み込み、全身の力を振り絞って振り抜く。


「――せいやああああッ!!」


 鋭い閃光が走り、キマイラの前足が断ち切られた。

 骨が砕け、血飛沫が飛び散り、巨躯がたたらを踏む。


 セレスティアの胸は焼けつくように熱い。

 視界が揺れ、足が崩れ落ちそうになる。

 それでも彼女は踏ん張った。


「はぁ……はぁ……! これが、今の……精一杯……!」


 力尽きたように膝をつくセレスティア。

 その姿に、キマイラの四つの眼がぎらりと光った。


 標的を定めた猛獣の眼。

 地を震わせながら、キマイラの影がセレスティアを覆い尽くす。


「セレスティア!!」


 その瞬間、アマンダの弓弦が鳴り響いた。

 矢は風を裂き、真紅の残光を残して飛翔する。

 次の瞬間。


「グオオオオオオオオオッ!!!」


 鋭矢がキマイラの眼窩を貫き、鮮血が弾け飛ぶ。

 苦悶の咆哮が崖地を震わせ、巨体が狂ったようにのたうった。


「今だ……ッ!」


 ロジャーが駆ける。

 黒い影が疾風のごとく走り、まるで獣のごとき跳躍で宙を舞う。

 燃える瞳が、のたうつキマイラの眉間を射抜いた。


「――これで終わりだァァァァッ!!!」


 渾身の叫びと共に、踵が雷鳴のように振り下ろされる。

 落雷にも似た凄絶な衝撃音が響き、眉間の骨が粉砕された。

 巨体がびくんと痙攣し、そのまま地響きを立てて崩れ落ちる。

 翼も、尾も、もう動かない。


 討伐完了。

 ロジャーは息を吐き、拳を握りしめた。


「……まあまあだったな」


 アマンダが弓を下ろし、冷静に肩で息をしながらも口元に笑みを浮かべた。


「決める時は、決めるんだから……!」


 セレスティアは膝をついたまま、まだ震える剣を握りしめていた。

 体は限界を迎えていたが、その胸の奥には、確かな誇りが灯っていた。


「私も……戦えた! ほんの少しでも……皆と一緒に……!」


 崖地に吹き荒れる風が、戦士たちの勝利を祝福するように吹き抜けた。

 崖地を吹き抜ける風が、血の匂いを薄めていく。

 巨体を横たえたキマイラは、もうぴくりとも動かない。


 セレスティアは剣を杖にして、ふらつきながらも立ち上がった。

 呼吸は荒く、全身に痛みが走る。だが、その瞳には消えない炎が宿っていた。


「……私、弱い。まだ全然、何もできない……」


 唇を噛み締め、震える声を押し殺す。

 だがすぐに、彼女は顔を上げた。

 痛みも悔しさもすべてを胸に刻みつけ、拳を握る。


「だからこそ、もっと強くなる! いつか必ず……ドラゴンをテイムできるだけの力を身につけてみせる!」


 その言葉に、アマンダが弓を肩に背負い直し、ふっと笑みを浮かべた。


「いいじゃない。確かにアンタはまだ未熟だった。でも……最後まで逃げなかった。その一点だけで、十分に立派だと思うわ。セレスティア」


 彼女の瞳には、まるで妹を見守るような優しさが宿っていた。

 続いて、ロジャーが豪快に笑い声を上げた。


「アマンダの言う通りだ! 役に立ったとか立たなかったとかはどうでもいい!」


 大きな手でセレスティアの肩をバンッと叩く。


「キマイラ相手に、最後まで剣を握り続けた貴族のお嬢様なんざ、そうそういねぇよ! 胸を張れ、前を見ろ! お前はもう立派な戦士だ!」


 セレスティアの胸に熱いものが込み上げ、頬が紅潮する。

 涙が滲みそうになるのを、必死に堪えながら強く頷いた。


「……はい!」


 その返事は、さきほどまでの震えとは違う。

 強い意志を孕んだ、戦士の声だった。


 キマイラの死骸を背に、崖地を離れようとしたその時――


「セレスお嬢様ぁぁ……っ!」


 アンナが抑えきれないように駆け寄ってきて、セレスティアに抱きついた。

 突然のことでよろけそうになったが、アンナの腕はしっかりと彼女を支えていた。


「ご、ごめんなさい! 私……ずっと怖くて、でも……! でも最後まで立ち向かったお嬢様を見て……嬉しくて……っ」


 涙で濡れた声が、セレスティアの胸に突き刺さる。

 驚きに目を瞬かせたが、すぐにその瞳が優しく細められた。


「……アンナ」


 彼女がその背に手を回した時だった。


「キュウッ!」

「ピィッ!」

「ム~ッ!」

「わふっ!」


 ロジャーの使い魔たち――シロモンやミミフィーヌ、モモルが一斉にセレスティアへ飛びついてきた。

 小さな体でよじ登り、頬を舐めたり、腕にまとわりついたりして、まるで「よくやった!」と褒め称えるように。


「わ、ちょっと……!? みんなまで……!」

「ふはは! お前の勇姿に感動したんだろうよ。この子たちにまで認められるとはな! 自信を持て、セレス。お前は真のテイマーの一歩を踏み出したのだ!」


 ロジャーが豪快に笑う。アマンダも微笑みながら肩をすくめた。

 セレスティアは視線を落とし、小さな使い魔たちのぬくもりを確かめるように抱きしめた。

 頬を赤らめながらも、その胸には確かな誇りが芽生えていた。


「……ありがとう。私、絶対に強くなる。今日のこと、忘れない」


 その誓いに応えるように、使い魔たちは嬉しそうに鳴き声を上げた。

 太陽が崖の向こうに沈み、赤い光が一行を照らす。

 戦いの余韻を抱きながら、彼らは静かに帰路へと歩み出した。



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