第9話 絆を求めてるんだ!

「ロジャーさん……。あの、その……」


 シロモンをおそるおそる撫でながら、アンナがぽつりと呟く。


「これって……今がテイムのチャンスなんじゃないですか?」


 その一言に、ロジャーの動きがぴたりと止まる。


「……あっ」


 口を開けたまま数秒固まったロジャーは、次の瞬間――


「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!」


 突然、爆発したように立ち上がり、奇声を上げた。


「いけないッ! 完全に舞い上がっていたッ!! テイマーとしてあるまじき失態ッ!!!」

「アンタが舞い上がるのは今に始まったことじゃないわよ……」


 アマンダがため息混じりに呟く。


「ふぅ……。でもまあ、今なら懐いているし、落ち着いて行動すれば――」

「できるかあああああああああああああッ!!!」


 ロジャーが叫びながら、ひざまずいてシロモンを見上げた。


「この至高の毛並みッ! この抱き心地ッ! このつぶらな瞳ッ! 天使か! いや天使だ!! むしろ神だッ!! ああもう、尊すぎて直視できんっ!!」


 ぶるぶる震えながら、シロモンから視線を逸らすロジャー。


「落ち着けよ……俺! いや、無理だけど……! とにかく! 冷静に……儀式通りに……!」


 ロジャーは震える手でシロモンに向かって、そっと呪文を唱え始めた。


「……我が契約に応え、共に歩まんとす――って、ああああああ!!」

「な、なに!?」

「く、首の後ろの毛並みがあまりにもフワッとしていて……見てしまった……! ダメだ、心臓が痛い……! 胸の高まりを押さえきれん!」

「……はぁ」


 さすがのセレスティアも、呆れ顔で額に手を当てる。

 案の定、シロモンはぴょんっとアンナの手から飛び降りてしまい、驚いて茂みに隠れてしまった。


「シロモン~~~ッ!! 待ってぇぇぇぇぇぇ!! いまのは! 事故! 事故なんだよぉぉぉぉ!!」


 ロジャーが情けない声で森に向かって手を伸ばす。


「はぁ……。ほら、落ち着いて。もう逃げたわけじゃないから」


 アマンダが肩に手を置いてなだめるが――


「落ち着いていられるかぁぁぁぁッ!!!」


 ロジャーが叫んで、地面を転げ回る。


「この瞬間を……十年以上待っていたんだぞ!? 俺の人生が今まさに報われようとしていたのに……っ! 何故だ! 何故あの子は俺の手から逃げる!? 俺がッ、俺が変態だからかッ!!?」

「うん、たぶんそうだと思う」


 即答したのはアマンダ。


「いや……でも、さっきはアンナの手に乗ったのだ。まだ可能性はあるだろう?」


 セレスティアが手を顎に当て、ふむと考えるように呟く。


「つまり――あまり過度に騒がず、静かに接すれば、また懐く可能性があるということだ」

「う……」


 ロジャーが何かを悟ったように、がくりと肩を落とした。


「お……俺には……無理だ……!」

「潔く認めたな……」


 呆れ混じりにアマンダが呟き、セレスティアも苦笑する。

 そんな彼らの背後――

 茂みの陰から、ひょこ、と顔を出すシロモン。


「っ!!?」


 その姿を見て、ロジャーが咄嗟に目をそらし、しゃがみ込み、震える声で言った。


「見てはいけない……! 見たら……心臓が破裂する……!」

「もうダメだこの人……」

「ふわふわ耐性ゼロ……」


 セレスティアとアマンダの溜め息が、森に優しく溶け込んだ――。


 ひょこ、と茂みから覗く白い影。

 シロモンは、警戒しながらも、再びふわふわと姿を現した。


「……っ!」


 その姿を目にしたロジャーは、再び悶絶しかけたが――


「……ロジャーさん」


 アンナが小さな声で呼びかける。


「……落ち着いてください。今なら……今なら、また来てくれる気がします」


 彼女はそっとしゃがみこみ、小瓶から残っていたスノーモスの実を手のひらに乗せた。

 そして、優しく手招きをする。


「……おいで、シロモンちゃん」


 その声はとても穏やかで、風に溶けるように柔らかかった。

 シロモンは一瞬だけその場でぴたりと立ち止まるが、やがてふわりと歩き出し、再びアンナの手の中へ。


「……っ、アンナ……お前、神か……?」


 ロジャーがぽつりと呟いた。

 そして、アンナはシロモンを優しく撫でながら、微笑みを浮かべた。


「ロジャーさん、今度こそ……テイムしてください」

「……!」


 その言葉に、ロジャーはごくりと喉を鳴らした。


「(ダメだ、動悸が止まらん……! 心拍数が限界突破している……!)」


 だが、逃げてはならない。

 これを逃したら、二度とあの白き奇跡に触れることはできないかもしれない。


「……よし」


 ロジャーは深呼吸を一つ。目を閉じ、ゆっくりと心を落ち着ける。


「(今の俺はただの変態ではない。テイマーだ。プロだ。匠の技を見せてやる……!)」


 おもむろに手を伸ばし、そっと呪文を唱える。


「我が契約に応え、共に歩まんとす……」


 静かに、しかし確かに、言霊を紡ぐ。

 すると、小さな魔法陣がシロモンの足元に浮かび上がった。

 光が優しく瞬き、まるで祝福するようにシロモンを包み込む。


 ――そして。


「……成功、だ」


 魔法陣が消え、ロジャーの手元の魔道具に、小さな魔物の名前と姿が刻まれる。

 シロモンが、嬉しそうに「ふわぁ」と鳴いた。


「やった……やった……! 本当に……俺のパートナーになってくれたんだな……」


 ロジャーはシロモンを抱き上げ、そっと頬を寄せた。


「ふわ……ふわふわ……これは、これはもう……っ!」


 あまりの感触に言葉を失いかけるが、今回はちゃんと耐えた。


「よ、よく我慢したな……ロジャー……」


 アマンダが感心したように呟き、セレスティアは優しく拍手を送る。


「おめでとう、ロジャー殿。良かったな」

「うん。すごく、嬉しそう……」


 アンナもそっと笑みを浮かべていた。

 ロジャーは満面の笑みを浮かべながら、つぶやいた。


「……ちなみに、テイム自体はそんなに難しくないんだ」

「は?」

「いや、そもそもシロモンって臆病すぎて姿を見せないし、逃げ足が異常に速いから捕獲が困難なだけで……ちゃんと気配を消して近づければ、テイム成功率は高いんだよ……」

「じゃあ、今まで一か月も森で彷徨ってたのは……?」

「その……見かけることすらできなかったんだ……。理由はわからんが」

「間違いなく、アンタが原因だよ……」


 アマンダの指摘にセレスティアとアンナが大きく頷いた。


「俺は……俺は……やっと、シロモンに認められたんだッ!!」


 ロジャーは空を仰いで涙を流した。

 こうして、ついに伝説のもふもふシロモンは、ロジャーの使い魔として迎えられることとなった。


 シロモンが無事テイムされたことで、場には穏やかな空気が漂っていた。

 しかし、ふとセレスティアが首を傾げる。


「ロジャー殿」

「ん? なんだ?」

「気になったのだが、ロジャー殿の使い魔は……モモル、ミミフィーヌ、そして今のシロモンの三匹だけなのか?」

「おお、そうだとも! うちのかわい子ちゃんたちはその三匹だ!」


 ロジャーは得意げに胸を張る。


「でも、それって少なくないか? モモルとミミフィーヌはよく見かけるし、愛玩用として飼われている人も多いって聞く。珍しいモンスターが好きって割に……何故、他にテイムしていないのだ?」


 セレスティアの素朴な疑問に、ロジャーはぴたりと動きを止めた。


「……それを聞いちまうか」

「えっ?」

「実はな……まず第一に、俺は強くなり過ぎた」

「……は?」

「野生の本能からか、近づく前に逃げられる! それに加えて、俺の熱い欲望を感知したモンスターたちは全速力で退散する! 愛玩モンスターってのは基本的に臆病だからな!」

「……う、うん。まあ、確かに迫力はあるかも」

「第二に……俺が愛の戦士なんだ」

「あ、うん……」


 ロジャーは天を仰ぎ、どこか誇らしげに言い放った。


「でも、モモルとミミフィーヌはよく懐いているよね? どうやってテイムしたの?」


 アマンダが呆れつつも聞いてみると、ロジャーは神妙な顔で語り始めた。


「あれは……ある山での話だ」


 突然、風が吹いた。

 木々がざわめき、なぜか周囲がシリアスな空気に包まれる。


「俺は俗世を捨て、山籠もりをした。食事も取らず、五日間の断食をして、自然と一体化するまで己を研ぎ澄ませたんだ」

「は?」

「雑念を払い、明鏡止水の境地に達し、完全に無害な存在となった俺の元に……ふわりとモモルが現れた。俺の膝にちょこんと座って、泣いたんだ。あの子は俺の魂を感じ取ってくれたんだよ……!」

「ちょ、ちょっと待って……ミミフィーヌは?」

「同じだ。次の週にもう一回山に籠もって同じことをしたら、ミミフィーヌが飛んできた」

「なんでそんな苦行を二回もやったのよ!?」

「金のために簡単に捕まえるなんて、俺にはできんのだよッ!!!」


 ロジャーは涙ぐみながら拳を握りしめる。


「俺が求めているのは、絆なんだ! 信頼関係なんだ! テイムなんて形式的なもんじゃない! あの子たちに心の底から信じてもらうために、俺は愛と根性と気合で挑んだんだ!!!」

「……」


 一同、唖然。

 誰もが言葉を失っていた。


「まあ、たしかに……他のテイマーとは一線を画すな」


 アマンダが小声で呟く。


「ロジャーさんの変態ぶりは否定できませんが……本気度は伝わってきます」


 アンナがフォローなのか苦笑いなのか分からない顔で言った。


「そ、そこまで愛されてるなんて……モモルたちは幸せだろうな……」


 セレスティアも苦笑しながら言った。


「ふ……! わかってきたじゃねぇか、みんな……!」


 ロジャーはどこか誇らしげに、胸の前でそっと手を組む。


「ようこそ、愛と変態と覚悟のテイム道へ……!」

「いや、私は入信しないからな?」


 セレスティアの冷静なツッコミが、乾いた風に乗って響いた。

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