あの橋の上で
ちま太助
橋の上で
私には好きな場所がある。
受験生のときにSNSで見つけ、そこを毎日見たいがために県外の高校で寮生活をする生活を選択したほどだ。
そして私はそこで作業をするのも好きだ。なんとなくほかの場所で作業するよりも集中できる気がする。
今年は毎日勉強をしないといけないからそんな私にピッタリの場所でもあった。
そんな私の『一番好きな場所』というのは川が綺麗に見えて、心地よく風が吹く少し古い橋の上だ。
木造で、少し焦げた茶色の頑丈な橋。京都あたりにあっても違和感はないような見た目をしている。
作られてから百年近く経つらしいが、一度も壊れたことがないという、とてものどかで平和な場所。
でもここで過ごせるのはあと半年もないと考えるとかなり悲しい。
そんなこんなで、私は今日も欠かさずそこに行った。
いつも通り学校から直に行き、橋の中央辺りに座って少し待つ。すると陽が落ちてきて川の色が透き通った青色から少しずつオレンジがかった色に変わってくる。この青とオレンジのコントラストが美しく、何度見てもこれが一番好きだと実感する。
「今日も綺麗だな……」
鞄からスマホを取り出し、今日の一枚をパシャリと収める。
それと交代に今度は単語帳を取り出し、勉強を始めた。
もう秋と言ってもよいが、暑さが残るこの時期には丁度よい、心地よい風が体に触れる。
さらさらと水が流れ、木々がサアーっと揺られ、どこからかチュンチュンと鳥のさえずりなんかも聞こえてくる。やっぱりここが一番落ち着くなあ。
◇
「……はっ」
誰かに肩を叩かれて私の意識はこちら側に戻された。いつの間にか眠っていたらしかった。
「先輩今日もここにいたんですね。そろそろ門限ですよ」
「……もうそんな時間?」
一つ年下の後輩である
たしかに周りが薄暗くなっている。真宮くんの持っている懐中電灯の光が目に刺さる。
「もう皆ご飯食べ終わってますよ」
「本当? 早く帰らないと」
私は手に持っている単語帳を急いで鞄に仕舞う。ごちゃついているが、まあ仕方ない。
「よし、帰ろう」
私が鞄を持とうとすると、真宮くんが「持ちますよ」と鞄をスッと持ってくれた。優しいなあ。
寮までの道はあまり街灯がなく、真宮くんの懐中電灯だけが頼りだった。光に近寄ってくるバッタやコオロギが道を通せんぼしてくる。ときどき動物の足跡なんかもあったりして、楽しい道だ。隣に仲の良い後輩くんもいるし。
彼と世間話をしながら歩くのがこれまた楽しい。時々、ずっとこんな時間が続けばいいなと考えることがある。これも半年で終わってしまうのだろう。
最後にここで思い出作りができたらなあ。
「……そう言えば先輩って、SNSとかやってますか?」
「一応。でも見る専だけどね」
「せっかくだから投稿してみませんか?」
「……えっ!?」
素っ頓狂な声が出てしまい慌てて口を押さえる。周りが山で夜ということもあり、嫌な音が辺り一面に響き渡る。隣からクスッという笑い声がして、だんだんと顔が熱くなってきた。
「いや……、先輩写真撮るの上手いから、その写真を沢山の人に見てほしいなって」
「やれたらやるね」
「それやらないやつじゃないですか!」
◇
次の日。土曜日で天気が良いということもあり、私は朝からいつもの橋に行くことにした。真宮くんも一緒に。
「用意できた?」
「はい!」
真宮くんは、またも私の鞄を持ってくれた。
「じゃあ行こっか」
私たちは寮を出て橋に向かった。
向かっている間、真宮くんといつものように色々話をしていたら、あっという間に川にたどり着いた。
私たちは橋の中心に座った。鞄から英単語帳を取り出し、適当なページを開く。真宮くんはポケットからスマホを取り出して何かを見始めたようだ。
真宮くんはスマホに集中してるし、私も勉強頑張ろうかな。
◇
「んーっ!」
手を組んで上に伸び〜っとする。固まった体がほぐれた感じがした。
どれくらい経ったかは分からないが、空模様が変わっていたのでそれなりの時間が過ぎたようだ。少し疲れてしまった。
「先輩、お疲れ様です!」
私が動いたのに気づいたのか、彼が声をかけてくれた。
「ずっとスマホ見てて疲れない?」
「全然! よかったらこれ見てくれませんか?」
真宮くんは数枚の写真が載ったSNSサイトのページをドヤァっと見せた。
彼からスマホを借り、そのページを良く見せてもらった。フォロワー数はそこそこあり、初投稿から2週間くらいしか経ってない割には良く運営しているなと思う。
写真も1枚ずつしっかり見る。人をその空間に引き込むような綺麗な空と川の風景写真だった。
だが、そう思った思った刹那、見覚えのある風景、構図が気になってしまった。他人が撮ったとしてもこんなに似ることはないはずだ。
「これって私の写真?」
「……だめでしたか?」
真宮くんが申し訳なさそうな子犬のような目で見つめてくる。
誰に見られても恥ずかしくないものだし、一度人に送ったものだからどうされようと構わないが、この使われ方には少し驚いた。
「まあいいけど」
そんな事を言いながら画面をスクロールしていくと、ある写真コンテストの広告が目に入った。
こんなコンテストがあるんだ。
私はこの広告が気になり、真宮くんがのスマホということを忘れて詳しく見てしまった。
この写真コンテストはSNSにハッシュタグをつけて投稿したら応募したことになるらしい。締め切りまで一ヶ月くらいだったのもあり、私はこのコンテストに応募してみたくなった。それを真宮くんに話すと、
「いいんじゃないですか? なら新たに写真を撮らないとですね」
「じゃあ真宮くん、そこで座って自然な感じにしてて」
「えっ、あ、はい」
私は彼にスマホを返し、逆に自分のスマホを取り出して立ち上がった。座っている真宮くんの後ろ姿が映るような構図になるように橋から離れ、一枚撮ってみた。
パシャリ。
「緊張しすぎ! もっとリラックスして!」
私が叫ぶとさらに緊張した雰囲気になってしまった。どうすればよいのか……。そうだ。
「まーみーやーくーん! だーいーすーきー!」
「……はっ!?」
パシャリ。
ちょうど振り向いたところを撮影できた。すごくいい感じ。真宮くん顔がいいからいつ撮ってもいい感じになるな。
そう思っていると真宮くんが静かに走ってこっちに近づいてきた。はあ、はあと息が上がっているのが目からも耳からも伝わってくる。
「先輩! えっ、ちょっ、どういうことですか!?」
「何か言ったっけ?」
「えっ!? 俺のこと好きって……」
「さあ? 気のせいじゃない?」
「言ってましたよ! 絶対!」
私は彼を軽くあしらいながら、寮に戻ることにした。
◇
寮の自室に戻り、私はSNSサイトのアカウントとパスワードを聞いてサイトにアクセスした。何枚でも応募して良かったので、さっき撮った写真と、昔撮った中で一番の写真をタグ付けして応募を完了した。
応募時の緊張が解れ、ほっと一息つこうとスマホを閉じて前を見たら、後輩くんが顔を真っ赤にして半端じゃない圧を醸し出していた。
「せーんーぱーいー? 何か言うことがあるんじゃないですかー?」
彼の目はまっすぐ私の目をとらえている。
「えー、いやー、何もないかなー」
目を逸らしたら何処かに行ってくれるかなーと思ったが、そう簡単にはいかないようだ。ちらっと彼を見ても一生逃さないという雰囲気を放つだけだった。
「……顔赤いね。熱でもあるんじゃない?」
「誰のせいですか!」
冗談もだめか。
「……先輩、もしコンテストで大賞を獲ったら俺と付き合ってもらえませんか……?」
「えっ……」
突然だった。急すぎてどう返事したら良いのか思いつかない。
私たちの間には気まずい空気が流れる。何か言わないと……。どれだけ考えてもいい案が思いつかない。
二人揃って静かにしていると、静寂を遮るように雨音が響き始めた。それはどんどん強くなり、今までに聞いたことのないくらいのものになっていった。ここには窓がないから分からないが、ひどい雨というのは音で分かる。
「ちょっとみんな! 外が凄いことになってるよ!」
寮長が建物中に渡るくらいの大声で叫んだ。
窓があるところまで行き、ガラス越しに外を見てみると、やはり今までに見たことないほどの強い雨が降っていた。
「すごいですね……」
真宮くんがさっきまでのことはなかったように声を発した。
「うん。すごいね……」
あの橋は100年以上生き残っているらしいし、大丈夫だろう。きっと……。
◇
5日後の放課後、私はすぐに橋を見に行った。
本当はすぐにでも行きたかったのだが、色んな人に『危ない』と言われてしまったので行けなかった。
「……」
川はいつも通りだった。だが、見慣れた景色ではなかった。
あの橋がどこにも無かったのだ。
頬に冷たい何かがスッと溢れる。それは止まることがなく、徐々に増えていった。
この間まではちゃんと存在していて、毎日見ていたのに。たった5日見なかっただけで姿を消してしまうなんて。
「……あっ、先輩! 危ないから来ちゃだめって言われてたじゃないですか!」
「ま……みやくん……」
聞き慣れた後輩の声が聞こえてきた。足音がだんだん近くなる。それが止まると、白のハンカチが目の前に現れ、背中が優しく擦られる。
「先輩、大丈夫ですよ」
そう言われても、安心なんてできるわけがない。だって、もう私の「好き」に出会えないのだから。
「……俺が作ります! 今までのよりももっとすごい橋を!」
真宮くんが思いついたように発した。
私はフッと彼の方を振り向いた。
私も気づけなかった欲していた言葉が心に満たされ、安心して涙がさらに溢れ出した。
「本当……?」
「はい、絶対に」
そう誓った彼の顔は太陽よりも眩しかった。
そして、何よりもかっこよく、力強かった。
◇
2週間後、私は真宮くんに連れられて川に来た。
本当は私も手伝いたかったのだが、真宮くんが「先輩は来ないでください」なんて言うから真宮くんがいる間は来たくても来れなかった。
「先輩、ごめんなさい……」
真宮くんが謝ってきた。
「先輩のために橋を直したかったんですけど、俺にはこれしか作れなかったです」
そう言って近くにあるベンチに案内してくれた。
「ううん。真宮くんの気持ちが嬉しい」
「先輩……」
私は知っている。毎日ここに来て一生懸命このベンチを作っていたことを。
「写真、撮ってもいい?」
私は真宮くんに聞いた。この素晴らしいベンチの写真をコンテストに出したかったからだ。
「いいですよ。先輩のために作ったんですから」
彼はニコッとはにかんだ。
私はスマホを取り出してカメラアプリを開いた。そして真宮くんに作ってもらったベンチと向き合った。元々橋があったところも写すようにベンチを撮るつもりだ。
ここだと思ったところで私はシャッターボタンを押した。
パシャリ。
真宮くんが私のスマホを覗いてきた。
「……いい写真ですね」
「この写真、コンテストに出してもいい?」
「はい! 大賞間違いなしです!」
私達はベンチに座り、写真にコンテスト用のタグをつけ、その場でコンテストに応募した。
◇
12月になった。今日はコンテストの発表の日だ。休日だったので今日も2人で朝から川に来てベンチに座っていた。
「結果出ました? どうですか?」
「待って、今から見るから……」
私は結果を見る。
「……」
「……来年に期待しましょう!」
察してくれた真宮くんに感謝だ。
「でも先輩! 下の方を見てくださいよ!」
「うそ……」
コンテストに応募した写真たちに沢山のいいねやコメントがついていた。
最近はスマホを見ていなかったから気付かなかったけれど、投稿したときには考えられないほどのいいねがついていた。
「こんなに沢山の人が見てくれたんですね」
「私の好きなものを皆がいいと思ってくれたんだ」
だが、やはりその中でも真宮くんが写っている写真はいいねやコメント数が段違いに多かった。まあかっこいいし、理由は分かる。
他の写真のいいね数も軒並み増えていて、嬉しくなった。
「こうやって眺めてると、懐かしくなるね」
「そうですね」
そこから私たちはしばらく思い出話に花を咲かせていた。真宮くんが初めて寮に来たときのことや、私がここに来ようと思った理由など、いろいろなことを話した。
「真宮くんは最初から私のこと好きだったよね」
「えー、そんなこと無いですよ! でも先輩には俺だけのものになって欲しいです」
急すぎて返事が出ない。改めてこんなことを言われるとなんと返せばいいのか分からなくなる。
「毎日勉強している先輩を尊敬しています」
空気を読み取ったのか、真宮くんが話を変えた。
「ありがとう。私も毎日呼びに来てくれる真宮くんに感謝してる」
「だって先輩、一回勉強し始めたらスマホにメール送っても気が付かないじゃないですか」
真宮くんには私のことはすべて見通されてるな。
「先輩、改めて言います」
「何?」
「俺と付き合ってください!」
どうしようかな……。
「やだ」
真宮くんは落ち込んでしまった。でも、告白を必ずしないといけないのなら先輩だし、私からがいいな。
「ねえ真宮くん」
「どうしたんですか?」
「受験が終わったらさ、私と付き合ってよ」
◇
私が高校を卒業し、この土地を去って2年が経った。いつの間にか大学生生活の半分が終わっていて、こんなにも時間が経つのは早かったのかと気付かされてしまう。
そんな私は春休みを利用して久しぶりに例の場所に来ていた。その場所に着き、私は待ち合わせ場所のベンチに座る。しばらく待つと彼がやってきた。
「あっ、いた! せんぱーい! お久しぶりです!」
「久しぶり」
真宮くんだ。頻繁に連絡をとっているから久しぶり感がないと言えばないのだが、会うのは去年の夏休みぶりなので少し緊張する。緊張で火照った体にひんやりとした風が心地良い。
「真宮くん、卒業おめでとう」
「ありがとうございます!」
今日ここに来たのは会話通り真宮くんが卒業したからだ。
「それにしてもびっくりしたよ。真宮くんが私の大学の建築学部に進学するって」
「嫌でしたか?」
「全然。むしろ知ってる後輩が来てくれてうれしい」
「ならよかった」
二人並んでベンチに座る。これほど幸せなことはない。高校時代に戻ったみたいだ。
「そう言えば、橋ができたんだね」
「簡易的なやつですけどね」
まだまだ見慣れない橋は私の知っている位置でキラキラと輝いていた。
「まだまだこの橋は頼りないですけど、いつか昔以上にもっと強い物にします。絶対に」
そんな心強い言葉を言ってくれるのはこの先も彼しかいないだろう。
未来に向かって歩む私の彼氏は、きっと、誰よりもかっこいい。
あの橋の上で ちま太助 @chima_ma_
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