第九涙 魔法少女の過去(後編)

 夢の蝶々を捕まえるつもりが、自分が蝶々になった少女。

 彼女は、蜘蛛男に食べられてしまった日の翌日から、ちょっとずつテレビに出るようになった。

 しかし、数年頑張っても鳴かず飛ばずの成績であった。

 より大きなチャンスを掴むことを望んだ彼女は、もっと美しい蝶々にならなきゃいけないと焦った。

 もっと羽を大きく伸ばし、もっと空高く飛ばないと!

 もっと、もっと! 

 彼女は、蝶々が、鳥のように空の高いところは飛べないことをまだ知らなかった。自分が、鳥のように空を飛べると信じて疑わなかった。

「私、もっと高く飛びたいんです!」

 彼女は、蜘蛛男にお願いした。すると、

「わかった。じゃあ今夜、ここへ行きなさい」

 彼は、どこかの住所が書かれたメモ紙を彼女に渡した。

 彼女は、その日の夜、メモ紙の場所へいった。

 そこは、立派な豪邸だった。会社の事務所という感じではなく、お金持ちの邸宅といった感じの場所だった。

 家に上がると、彼女はまたしても蝶々のコスプレに着替えさせられた。前回のよりも、羽根が豪華でより美しかった。

 そして、やっぱり相手のパパも蜘蛛のコスプレをしていた。

 今夜も彼女は、蝶々になって、蜘蛛の巣に絡め取られてムシャムシャと食べられた。

 翌日から、彼女にとっては、信じられないような大きな仕事が舞い込んできた……。

 彼女は、そんなことを何度か繰り返していくうちに、彼女の目指す、王子様のお嫁さんになるという夢に向かって、階段を順調に登っていった。

 そして、ついに、その夢が叶う時がきた。

 ある日、彼女が幼い時にみたテレビの中の王子様に出会った。

 彼女がそのテレビを見たのは、今から十年以上も前のことだったから、その王子様はもう、おじさまになっていた。だけど、輝きが衰えることはなかった。ギラギラした瞳は、健在であった。

 その王子様が、まだ駆け出しで初々しい彼女に声をかけた。

「君、新人さん? フレッシュでいいね。よかったら今夜、食事しない?」

 彼女は、ほっぺをつねって、これが夢がどうかをその場で確かめたくて仕方なかった。それほど、現実離れした、とてもとても嬉しい出来事であった。

 その日の夜。彼が予約した素敵なレストラン――階級の違いを実感する――で食事を楽しみ、ホテルの最上階のスイートルームに御呼ばれした。

 もちろんそこでも彼女は蝶蝶のコスプレに着替え、蜘蛛男に変身した王子様に美味しくご賞味して頂いた。

 ベッドの上で彼が囁いた。

「麗しき姫よ。これからは、どんなことがあっても僕があなたを守る」

 彼女の夢が叶った瞬間であった。

 そして、それから数日後。大きなニュースが巷を騒がせた。

 実は、先日、彼女と元王子様のおじさまが、ホテルに入るところを隠撮したカメラマンがいて、その写真がスキャンダラスなニュースになったのだ。

 おじさまは妻子持ちだったこともあって、批判された。しかし、テレビの記者会見で、涙を流しながら謝罪すると、騒ぎはじきにおさまり、また元のとおりに仕事に復帰した。

 それに対して、彼女の方は、騒ぎが起きて以来、二度とテレビに出ることはなかった。

 彼女は、王子様のお嫁さんになることに、人生のすべてをかけていた。勉強もほとんどしてこなかった。だから、テレビの仕事をなくしてから、ご飯を食べていくことに困るようになった。

 気が付けば、彼女は体を売って生計を立てるようになった。

 そうやって一年が過ぎた頃、彼女は胸とお腹に、ひどい痛みを感じるようになった。

 自暴自棄になっていたこともあり、貯金もなく、そして、健康保険に加入していなかったから、すぐに医者にかかることもなかった。市販の薬とお酒で痛みをごまかす日々を過ごしていた。

 そうしていると、ついに、彼女は痛みに耐えられなくなった。

 無保険ではあったが、そんなことに構っていられないほどの激痛だった。彼女は、なりふり構わず、救急車を読んだ。

 すぐに検査を受けると、彼女は胸とお腹に、大きな腫瘍ができていることがわかり、しかも、それが末期の重篤な状態であることもわかった。

 なんとか、手術をしてもらえる環境が整い、腫瘍を摘出したが、病気は他の場所にあっとうまに転移し、二年も持たずに彼女は息を引き取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る