入学式の時に見た第一印象は『美人がいる』だった。

　校則に引っかからないのか、茶色がかった長い髪は、

毛先がふわふわと胸元で泳いでいた。

　足がすらりと長くて、身長は高く見える。

　テレビで見る芸能人ならまだしも、普通の学生を見てこんな事を思ったのは初めての経験だった。

　もしかして芸能人？モデル？物語の世界から出てきたのか。

　浮かんでくるのはそんな頭の悪そうな感想だけれど、

どこかのお嬢様が迷ってきょろきょろとしているような様子を見てあまりのキレイさにまじまじと観察してしまっていた。

　女子高といえ、ここまでレベルの高い子が混ざっているのを見ると来るべき学校を間違えたかもしれないと何度か学校名を確認をするけれど、私も彼女と同じ制服に袖を通しているのだから間違えようがない。

　同じ制服を着ているとは思えない美しさだった。

　年上に見えなくもないけれど、今日この日学校にいるのは新入生とその保護者達。

　一部の上級生もいるようだけれど、ほぼ同じ新入生だろう。

　私は幼いころから髪を短くして伸ばしたことがなかった。

　生活の中心はバスケットでおしゃれをする習慣もなく、何故か同性からは黄色い歓声を浴び、普通の女の子としては経験しないような日常を過ごしてきた私とは正反対のタイプ。

　あれだけの美人だから、ある意味あの子も普通の日常は送っていなそうだけれど。

　女の子らしい子に憧れを抱いていた。

　だから、どうしても自分と比べてしまう。

　改めて見渡すとその子だけじゃない、女子高生らしくかわいい子が多い事に気が付いて同じ制服を身に着けている事が恥ずかしくなってきた。

「スラックスにすればよかったかなぁ」

　女の子だけが集まれば可愛い子が集まるのは自然な事なのかもしれない。

　それでも離れた場所にいる彼女だけは意識しないでも視界に入ってしまう。

　スポーツ推薦で進学するはずだった中学時代。

　私はもちろん、周りの友人もバスケを続けていくだろうと信じて疑わなかった。

　両親の影響で幼い頃からいつもでもボールに触れる環境にあって、気づけばバスケをやっていた。

　そんな自分の毎日を疑問に思った事もないし、バスケットというスポーツが本当に好きだった。

　朝早く起きて、クラブでも家でも両親との会話はバスケの事。

　年齢なんて関係なしでスタメンレギュラーなのは当たり前で、親が監督だから贔屓（ひいき）されていると思われたくなくて必死で練習もして勝ち取ったレギュラー。

　でもそれはあっけなく、中学２年の夏頃には簡単な出来事によってあっという間にその当たり前が壊れ、スポーツ推薦が泡となって消えた。

　あっけなかった。

　もっと悲しくなるかと思っていたのに、どこかほっとしている自分がいた。

原因は怪我。今まで幾度となく経験してきたけれど、引退の決定打となったそれは精神的に壊されそうな出来事と相まって、簡単に立ち直る事ができなかった。

　リハビリでは心まで治すことができなくて、怪我が治った今でも動かすのが怖くてサポーターが欠かせない。

　下駄箱手前に張り出されていたクラス分けを確認して、案内板を頼りに教室に向かった。

　教室に着くと黒板に座席表が張り出されていたので確認をする。分かりやすく五十音順らしい。

　秋山凛華（あきやまりんか）。

　あ行だと最初の方なので座席表の確認は適当に「窓際から順番に――」というクラス担任らしき声に誘われるように奥へと進んで行く。

「（さっきの子はいないのか…）」

　席に着いてからそんなことを無意識に確認をしてしまった。

　確認をしながら教室を軽く見渡した時に視線を感じ、大きなため息をつきそうになった。

　私の事を知っている人が少なそうな学校を選んだつもりだけど、さすがに大きく県を跨いだわけではないからそうもいかなかったらしい。

　決して自意識過剰ではなくて、今まで自分が置かれていた環境がそうさせていた。

地域の広報で中学生バスケットプレイヤーとして取材されてから、有名雑誌に掲載されたことがきっかけで色々な人から「ファンです」と言ってもらえるようになったり、初めての告白が女の子でそれが恋愛としての好きだと告げられ衝撃を受けたり。

　数年でいきなり環境が変わり、色々な所に試合に行くと一方的に私の事を知っている人がいたり。

　今思えばすごい体験をしたと思う。

「（クラブだけじゃなくて中学の部活すら、他校からも試合見に来ていた子いたもんなぁ）」

　でも女の子は何故か異性が関わると裏表が激しかったり、豹変する子が多くて、それがとても苦手というより嫌いだった。

　知らない間に色恋沙汰の問題に組み込まれ、相関図で線を引かれたと思えば私の感情無視の憶測を立てたり、当事者に関係なく悪い尾ひれがついていく。

　この学校では平和にやっていきたいとそう思っているのに、入学初日から嫌な事を考えてもしょうがない。

　一通り自己紹介などのオリエンテーションが終わって下校しようと立ち上がったタイミングでどっと自分に寄って来る人の気配でぞっとした。

「清明（せいめい）中学の秋山選手ですよね!?」

「そうだけど…もう引退してるよ？」

　やっぱり気のせいじゃなかった。

　あっという間に間こまれてしまい、昔と変わらず上手く対応することが出来なかった自分に嫌気がさす。

　こういう状態になったとき、後輩がうまくカバーしてくれていたことを思い出した。

　私の事はお構いなしに、私を囲ったままバスケの話で盛り上がっている。

　この隙に逃げ出してしまいたい。

「引退、もちろん知ってます！」

「髪が伸びていたから確信がもてなくて。長くてもかっこいいです！」

「いや、可愛いじゃない？」

「怪我をしたって聞いたから、心配しました」

「まさか同じ高校に通えるなんて」

　スポーツ推薦が出来ないかもしれないとなった時から必死に受験勉強に励んだ。

　運よく推薦を勝ち取る事ができて入学することができたから筆記試験に行くことはなく、多くの生徒と顔を合わせる事がなかったし、ここに入学するかもしれないという事は知られていなかった。

　もちろんこっそり入学しただけで何か変わるわけでもなく、私の事を知っている人が少なくとも同級生にいたということだ。

　現役の時はバスケに集中して、外との交流を控え目立たないように細々とやっていたはずなのに、親に言われるがまま専門雑誌のインタビューとか色々受けた影響がこうも響くとは。

　きっと、将来はプロ選手にでもさせようとしてくれていたから何の支障も感じていなかったのだと思うけれど、辞めても影響力があるなら受けなかったのに。