薬屋オウサカ堂に魔法は使えない

更待月

呼ばれて捨てられ福寿草

森の中の福寿草


  窓の外がまだ暗い午前六時ごろ、スマートフォンからアラームが鳴り響く。 

 少年はスマートフォンへと手を伸ばし、アラームを止める。眠たい目を擦りながらベッドから起き上がり隣にいる女を起こす。


「おい、起きろ」


 女は眠そうに目を擦り、おはようと言いながら少年に抱き着く。どちらも一糸まとわぬ姿である。少年は女の腕を嫌そうな顔をし払いのけた。女は少年に不

満そうな顔をする。


「なんで手をのけるの? 昨日はあんなに体を重ねたのに」


 女はもう一度抱き着こうとするが少年は彼女に目もくれずベッドから降り服を着る。


「なあ、起きたなら早く服着て出てってくんない? 僕言ったよね? 一夜限り体だけの関係だって」


  少年の言葉を聞いて女は目に涙を溜めて少年に言葉を掛ける。


「ひどい! そんな言い方ないじゃん!」


 少年は女を嘲笑しながら反論する。


「ひどい? 成人女性が未成年のガキに手を出す方がひどいんじゃない?」


 女はついに涙を流す。


「もういい! 二度と君とは会わないから」


 女は泣きながら着衣し、ドタドタと玄関を出た。少年はそんな女を見ながら愚痴をこぼす。


「最初から一夜限りの関係だって言ったろ僕。嗚呼、面倒くさい女ひっかけちゃった。ただ性欲発散させたかっただけなのに」


 少年は溜息をこぼしながら、風呂場へ行きシャワーを浴びる。少年は汗だくの体をただただ流したかった。

 少年は制服に着替えスマホのメッセージアプリを起動した。友人や後輩からメッセージが来ている。そして不特定多数の女性からも。

 

 *

 

 三月の上旬、早咲きの桜が咲いているであろうか卒業の季節。午前中に降る霧雨はすっかりと上がっていた。


 「はあ、やっと解放された…… 卒業式なんて欠席すればよかったな」


 少年のカバンの中には多数の女生徒や女教師からの恋文や連絡先が放り込まれていた。少年はそれらのものをどうやって処分するか考えていた。手っ取り早く燃やせるゴミの日に出してしまいたいが連絡先の書かれたものが多かったためそのまま処分するのは少年の少しだけある良心が痛んだ。


(シュレッダーにかけるか……)


  少年がそう思いながら角を曲がった瞬間眩しい光に包まれた。少年は反射的に目をつぶって立ち止まる。


「あれ、ここは?」


 強い光がおさまり、少年が目を開くと先ほどまでの住宅街から大勢の人間に囲まれていた。足元を見れば魔法円のようなものが床に刻まれている。多くの人間が白いローブを着ている。さながらファンタジー世界の神官のようである。神官であろう一人が声を上げる。


「聖女様の召喚に成功したぞ!」


 すると周りの者たちも声を上げる。


 (自分が聖女か? いや僕は男だしな)


 そう思いながら周りを見渡した。キョロキョロと左右を見まわし、後ろを見ると見覚えのある少女と目が合う。少女は少年を見ると目を見開きその後、苦虫を嚙み潰したような表情をし顔を伏せる。周りの者たちは少女に駆け寄る。


 「聖女様、申し訳ありません。私はこの聖女召喚の儀、責任者マクロフィー・ハイドと申します。こちらの水晶に手をかざしていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 そう言って二十代前半ぐらいだろうか。まだ若そうな眼鏡をかけた長身細身の青年が少女の目の前に水晶を差し出す。少女は訳が分からないなりに手をかざした。すると水晶は桜色に強く光り輝いた。それを見た周りの神官たちは歓喜の声をだす。


「あの……」


  少年は一連の行動を見てやっと声をかけた。少女の周りを囲っていた者たちが一斉にこちらを向く。ヒソヒソと話し始めるファンタジー世界の住人たち。


「また、か」

「前回の事例はどうだったか」


 そんな声が聞こえてくる。


「福寿兄さん……」


  聖女と言われていた少女が呟く。それを聞いて少年、福寿も少女の名を呟く。


杏子あんず……」


 (杏子と会ったのは三年ぶりぐらいか?)


 福寿がそんなことを思っているとハイドとか言う青年が近づいていた。


「失礼ですが、聖女様とお知り合いですか?」


 そう聞かれた。福寿はどう答えるか迷ったがしばらくして答えた。


「そこの聖女の親族です」


 嘘はついていない。それを聞くとハイドは当たり障りのない笑顔を浮かべ答える。


「そうですか!」


 それを見て福寿は嫌悪感を感じた。


 (気持ち悪い笑顔だな。僕の笑顔と同じ。何も感情のこもっていない笑顔だ)

 と同族嫌悪した。


「では、あなたもこちらの水晶に手をかざしてください」


 そう言われ福寿は大人しく手を差し出した。すると水晶が優しく、優しく光った。その光を見た周りの者達はまたヒソヒソと話始めた。ただし、今回は本人には聞こえないように喋っている。ただ自分のことを話していることはわかる。


 (気持ち悪い)


 福寿はそう思った。このような空間は気持ち悪い。何回も経験のあることだが気持ち悪かった。


「なるほど、これだけ、ですか」


 ハイドから笑顔が消えた。一瞬だが冷ややかな目で福寿を見つめた。しかし、また笑顔を作る。


 (広角が軽く上がっているが顎が少し上向きになっている。)


 福寿は冷静に相手の表情を観察する。


「あなたには魔力が殆どありませんね。女神様から見放されているようです」


 そう言うとハイドは手を2回鳴らした。すると軍服のような衣類のものが六名ほど出てきた。


「これからあなたを客室へとおご案内します。着いてきてください」


 ハイドは少し右上を見ながら考えて言った。


 (部屋へ案内? 嘘だな)


 そう思いながら彼に着いていく。福寿の周りには軍人のようなものが取り囲んでいた。

 召喚された部屋を出て長い廊下を進む。しばらくした辺りで福寿はハイドとやらに話しかける。


「なあ、客室に案内なんて嘘だろう?」


 ハイドは振り返ることもせず聞き返す。


「どうしてですか?」


 福寿は淡々と答える。


「お前、ハイドさんって言ったか? あなた、僕を軽蔑してるだろう。あと客室に案内するのにこんな軍人? 騎士? を六人も連れて行くのはおかしいだろう。まるで僕が好き勝手動かないようにしてるみたいだ」


「その方たちは騎士です。あなたの護衛だと考えなかったのですか?」


「あー……と、あなた達の反応なんかを見るに聖女召喚の儀は大切な儀式だろう? そんな大切なことをする建物に侵入者を通さないだろう。それだけ安全なのに騎士六人は過剰だろう…… とそれなりの答えを出してみたがどうだ」


 大きな扉の前まで来たようだ。ハイドは振り返る。


「でも、それはあなたがさっき考えたことでしょう。本当の事を言ってください」


「あなたが客室に案内すると言う前、右上に視線をやって考えただろう。だから嘘だと思った」


 そういうとハイドはニヤリと笑い大きな扉を開け放った。


「正解です! 私はあなたをここから追い出すために神殿の外へと案内しました」


 福寿の周りにいた騎士たちが彼を外へと力ずくで追い出す。


「この世界では魔力の多さ、魔法の強さが重要。なぜなら魔法は女神からの祝福だから! 祝福がないものは世間の役に立たないのだから其処らで死になさい」


 そう言ってハイドは扉を閉めた。


(なんの説明もなく放り出しやがった)


  福寿はそう思いながら扉を開けようとするがビクともしない。反対側を向くとくどい程の木々であった。


 (どうしようかな、森を突き進んでいくか? いや絶対に迷うよな。というかすごいラノベ展開だな、これ。)


 扉の前の段差に腰を掛け考え始める。ありがちなラノベ展開に思わず笑ってしまうしかなかった。うつむきながら苦笑していると声を掛けられた。


「だいぶやばい状況なの分かってるかい、少年」


 顔をあげると女性が立っていた。ファンタジー世界の住人だと人目でわかる容姿だ。桜色の長髪が風になびいている。桜色の瞳で少年を射抜いている。美しい女性である。


「ここまでくると笑うしかありませんよ」

 と自傷気味に言った。


 「まあ、確かにひどい展開だよね」

 と女性は福寿の隣に腰かけた。


「助けてあげる」


 女性はそう言って微笑む。福寿はどうして、と聞こうとするが彼女は彼の口に人差し指を当てシィーと黙るようにする。その仕草は妖艶であった。福寿は思わず息を呑んだ。


「助けてあげる条件は、私についてを聞かないこと、なぜ助けるのか理由を聞かないこと」


(つくづくこの世界の人間は頭がおかしいのか、でも嘘をついている様子は無いしな)

 と福寿は思ったが彼女の言ううことを正直に聞くことにした。


「分かりました、助けてください」


 そう言うと女性は立ち上がり福寿に手を差し出す。福寿が彼女の手を取ると起き上がることを促すように手を引っ張る。福寿は女性に手を引かれ起き上がる。


「じゃあ、着いてきて」

 と女性は森の中に入って行った。福寿はボーっとそれを見つめていた。女性は着いてきていないことを察したのか振り返る。それを見た福寿は慌てて森の中へ入って行った。



 十分ほど歩いただろうか獣道が現れた。


「この道を2時間ほど歩いたところに薬屋がある。この手紙を見せれば少年を助けてくれる。あと、この宝石を持っていたら野生動物が近寄ってこないから落とさないように」


  そう言って福寿に手紙とマスカット大ぐらいの白い宝石を渡した。


「ありがとうございます」


 福寿は感謝を述べた。女性は手を振りながら森の中に消えてった。


「2時間くらいか」


 そう呟き福寿は獣道を歩き始めた。


 *


(どれくらい歩いた? 僕、また騙されたか? でも嘘をついている兆候は無かった)


 そう思いながら歩みを進める。


 (そういえばここ最近まともに食べてないし寝てなかったな)


 福寿の体力はとうに限界を超えていた。気を抜けば倒れてしまうほどだった。もう諦めようかと思ったとき建物が見えた。


 (あれが、薬屋)


 目的の建物が見えたことで福寿は気が抜けてしまった。そして倒れこんでしまった。


 (あ、あと少し……)


 そう思いながら手を伸ばすが届かない。そうして気を失ってしまった。

 

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