第5章 決戦 2

 クルマルク星系の第4惑星軌道とと第5惑星軌道の中間領域にSSIS(Space Ship Indication System:宇宙船舶位置情報システム)を使用していない多数の所属不明艦船が転移したことを光学観測により検知した複数の標位星は直ちに航路管理プロセスに基づいた誰何を行った。だが、所定の待機時間を過ぎても返答は得られず、標位星は所属不明艦船出現の警報を発するとともにプローブクラスターを射出しアクティブセンシングを試みた。事前展開済みのプローブは引き続きパッシブセンシングを続けている。

 標位星、展開済みのプローブからの警報、および光学観測データを受けた統合任務部隊の戦術システムはクルマルク星系に転移した所属不明艦船を概算3500隻を擁する連合の艦隊、おそらくは増援を受けた第1衝撃軍の可能性が極めて高いと判定。第4惑星へ向かって3Gで加速を開始したとアラートを上げた。

 統合任務部隊司令部はこれをもってクルマルク星系に対する連合の侵攻が開始されたものと判断。予想どおり戦力集中の原則に則りモンロビア星系の艦隊はキトゥエ星系の第1衝撃軍に合流した後、クルマルク星系の侵攻を始めたようだ。ロバーツ中将は待機中の統合任務部隊の全戦闘艦艇に対して転移準備を指示した。

 クルマルク星系に展開した機雷堰を構成する機雷群は継続的な3G加速で直線的に第4惑星軌道への移動を開始した連合第1衝撃軍に対し攻撃最適位置への移動を開始。射出可能位置に到達した機雷群は戦術システムの指示の下、攻撃を開始した。

 15分もあれば第1衝撃軍もコロニー群が第4惑星公転軌道上のトロヤ点から離脱して恒星クルマルクへの落下軌道に遷移していることにも連邦の有力な艦隊が星系内に存在しないことにも気付くだろう。

「無人艦隊に攻撃開始命令を送れ」

「アイ・アイ・サー」

 ロバーツ中将はクルマルク第4惑星のL2に待機させていた無人艦隊に加速開始を命じた。無人艦隊は損傷がひどく艦隊に復帰させるのは無理と判定された艦に応急修理を施し、無理やりな対艦ミサイルランチャーの増設やブースターの増設を行って戦力化したものだ。無人なので機械的に可能な最大加速を行うようになっている。撃破されずに敵艦隊に突入できれば質量兵器となることも期待されていた。とは言え、もとが損傷艦だ。目に見える戦果を挙げることは難しいだろう。だが、それでも僅かの間だけでも敵艦隊の注意を引くことはできるだろう。

 その間にもクルマルク星系に張り巡らされたプローブ網から索敵情報がもたらされ、第1衝撃軍の推定位置とそれに対する転移最適位置が最新化されていく。

「よし、諸君。はじめよう」

 ブリーフィングで事前にロバーツ中将の作戦構想を知らされていた各指揮官、艦長が一斉に命令を発した。

「各艦、転移。タイミングは旗艦に同調」

「総員戦闘配置につけ」

 待ち構えていた統合任務部隊は訓練よりも短い時間で全員が戦闘配置についた。会敵まで4時間以上かかることが予想される状況であれば、通常は直前まで戦闘配置は発令されない。人間の集中力はそんなに持続しないからだ。だが今回、ロバーツ中将をはじめとする統合任務部隊首脳部はある理由により敢えて2直8時間の戦闘配置止むなしと判断した。

 第1衝撃軍がクルマルク星系に転移したことを確認してから約1時間。統合任務部隊の全戦闘艦は無人艦隊が敵の目を引いている隙を狙い、待機していた宙域からあらかじめ設定しておいたプロシージャのうちの一つを使って一斉に転移した。

「各艦の転移誤差は許容範囲内。敵艦隊の位置、移動ベクトルは想定範囲内」

「よろしい。艦隊5G加速。攻撃開始」

 WAPを着用し艦隊司令部指揮所の司令官席についたロバーツ中将の命令の下、統合任務部隊の全艦が一斉に加速を開始。敵艦隊の予想進路の前方側面約30光秒の距離に転移した統合任務部隊はまるで古典的な丁字戦法をとるかのようなコースを取った。ただし5G加速はいくらWAPを着用して耐G姿勢を取っていても長時間は続けられない。過去の戦訓では4時間が限度とされており、敵艦隊との相対速度を見ながら加速度を落とさざるを得ないだろう。

 統合任務部隊が2直8時間の戦闘配置を決めた理由がこれだった。数時間の5G加速に耐えるには非直者用の耐Gカプセルでは不安があり、むしろWAPを着用して戦闘部署で耐G姿勢を取る方が体力的な負担が少ないためだ。長時間の戦闘配置による疲労と集中力の低下に対しては艦隊司令官が許可した場合のみ使用できる集中力持続用除倦剤をWAPがフィジカルコンディションを見ながら投与することになっている。

 第1衝撃軍は統合任務部隊の丁字戦法のような動きに対してそれまでの加速を生かしながら第4惑星へ向かう針路を外惑星よりに変換。同時に統合任務部隊の未来位置へ向けて数次にわたってプローブと対艦ミサイルを射出した。

 この動きによって両艦隊の軌道は、ほぼ並行と言って良い緩やかな交叉軌道となっていた。内戦時代を含めた連邦宇宙軍の過去の戦例にも殆どない、昔の水上艦艇の戦いのような同航戦が始まろうとしていた。双方の速度が合成され、高い相対速度で距離が縮まる対進戦と異なり同航戦ではなかなか双方の艦隊の距離が縮まらず、プローブが弾着観測可能位置に到達するのにも時間がかかる。

 ロバーツ中将の攻撃開始命令を受けて各艦から射出されたプローブクラスターと対艦ミサイルがプラズマの尾を引き連合の艦隊の未来位置へ向かって突き進む。プローブが弾着観測可能なポジションに着くまではどの艦も粒子砲は撃たない。

 各艦の粒子砲が戦術システムによって割り当てられた目標を指向する。連合の第1衝撃軍は対進戦に適した前方に最大火力を集中できる横陣を基本とした隊列から側面への火力発揮を意識した縦陣を基本とした隊列への変換を行いながらさらに加速を続けた。

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