第34話

仁の死は突然だった。

ショットガンを手に、ふらふらとさまよっていた男の頭痛が、まるで何事もなかったかのようにすっと消えたのだ。仁が死亡し、彼にかけていた洗脳の能力が解けたのだと、男はすぐに悟った。


周囲を見渡すと、遠くに仁の仲間だった大男と植松の姿が見えた。彼らもまた仁に洗脳されていたが、今は意識を取り戻したばかりで、足元もおぼつかない様子だ。


ショットガンの男

「あれは…たしか『チーム2』か。左の男は、俺たちからキーを奪った奴だ」


男の記憶が蘇る。植松はかつて『チーム4』だった自分たちから、『チーム1』のキーを奪い取った張本人だった。男はショットガンを構え、警戒しながらゆっくりと彼らに近づいていく。


大男

「うぅ…ここはどこだ?」


植松

「俺は一体…今まで何を…?思い出せない…」



困惑した様子の二人を前に、男はためらうことなく銃口を向けた。そして、背後から容赦なく銃弾を撃ち込み、彼らの命を奪った。

男は植松の体をまさぐり、キーを探す。そして、その首からぶら下がっていた「1」と書かれたキーを乱暴にもぎ取った。


ショットガンの男

「あったじゃねぇか。これで、やっと先に進める」


男は満面の笑みを浮かべ、キーを握りしめて扉の方へと歩き出した。

その頃、京たちはすでに扉の前にたどり着いていた。手越が手に入れたばかりのキーを鍵穴に差し込むと、「カチャリ」という音と共に重々しい扉が開く。


「おっ!」


扉の向こうに広がっていたのは、見渡す限りの広大な草原だった。そして、目の前には「CONGRATULATIONS」と表示された小さなモニターが置かれている。


『おめでとうございます!』


モニターから明るい女性の声が響き、画面が切り替わると、そこには死神イズが映し出された。


「またお前か」

京の硬い声に、イズは少しムッとした表情を見せる。


イズ

『「お前」とは何よ!まさか私が担当した子が最後まで生き残るなんてね。よく頑張ったわね、田辺京くん』


京は無言でイズを見つめ返した。度重なる激戦を生き抜いた彼の表情は強張り、疲労の色が濃く出ていた。京だけではない。手越、盛北、愛海、ウルハ…誰もが体力の限界を迎え、その顔には疲れと緊張が張り付いていた。


イズ

『みんな、なんだか元気がないわねぇ。あなたたちは勝ったのよ?もっと喜びなきゃ!』


イズの言葉にも、彼らは沈黙したままだった。この過酷なゲームを生き抜くため、彼らは「敵」である他のプレイヤーを蹴落とし続けてきた。その疲労と、心の奥底に渦巻く戦慄が、言葉を失わせているのだ。

手越が重い口を開く。


手越

「これで…もう終わりなのか?」


イズ

『いいえ。でも、次のゲームで本当に最後よ!ゴールはもうすぐそこ!』


盛北

「さ…最後…!」

盛北の声が震える。


愛海

「ついに…終わるんだ…」


愛海の言葉に、安堵と同時に緊張が走った。


イズ

『はい。皆さん、本当によく戦い抜きました。ついに「ヨミガエリレイス」は佳境を迎えます。これが最後のゲームです』

『ルールは簡単。この先にある一本道をひたすら進み、最後にゴールした者が優勝者となります』


盛北

「最後にゴールした人が優勝者?…つまり、蘇れるってこと!?」

興奮した盛北の問いに、イズは静かに頷く。


イズ

『ええ。残るは、あなたたちの中からただ一人、蘇りをかけて競い合うことになります』


ウルハ

「僕らの中から一人しか蘇れないの!?」


イズ

『このゲームが始まる前に伝えた通りよ。一人だけです』


京は再び無言になった。


「…やっぱり、一人しか生き残れないのか」

(最初、死神は「ひとつだけ嘘をついている」と言っていた。その嘘が「蘇れるのは二人、いや三人以上だ」という希望的なものだと信じていたが…そう簡単にはいかないか)


愛海

「これまで一緒に戦ってきたのに…最後に競い合わないといけないだなんて…」


愛海の言葉が、皆の心に重く響く。


手越

「これもまた運命か。仕方ない」


手越は諦観の表情で呟いた。


盛北

「ここからは、恨みっこ無しの戦いになるのね…」

盛北は覚悟を決めたように言った。


イズ

『スタート地点はこの先よ』

イズが指差す先には、空間の歪みが生じていた。


イズ

『この中に一斉に飛び込んで。そうすればすぐにスタート地点に着くわ。そこから先は一本道。ゴールは丘の上にあるわよ』

『距離はそこそこあるけど、特に障害物はないし、単純に速さ比べの戦いになるわね』


「…最後は、レースか」


盛北

「速さ比べなら、ウルハくんが有利だね」


盛北が言うと、ウルハは苦笑いを浮かべる。


ウルハ

「短距離なら圧勝なんだけどな…これだけ距離があるなら、体力勝負だよ」


手越

「まあ、何にせよ。ここまで共に戦ってきた仲間だ。誰がゴールしても、文句は言うまい」

手越の言葉に、愛海も頷く。


愛海

「うん。私たちの誰かが蘇りを果たしてくれるなら、何も言うことはないよ」


「…ああ、確かにな」

京たちはお互いを静かに見つめ合った。不思議な感覚に包まれていた。本来なら全員が敵同士のはずなのに、「誰が優勝しても後悔はない」という気持ちが芽生えている。誰もが絶対に蘇りたいと願っている一方で、「この中の誰かが蘇ってくれるなら、それでいい」という相反する感情を、彼らは不思議と受け入れていた。

京たちは、歪みの前に横一列に並んだ。ここから一斉に飛び込んでスタートするためだ。彼らの前に姿を現したイズが、一人ひとりの顔をじっと見つめる。


イズ

『皆、緊張しているけど、いい顔してるわね。よほど仲が良かったみたいね』


イズの言葉に、京たちは静かに微笑んだ。イズは右手を高く掲げる。


イズ

『私の手が振り下ろされたら、一斉に歪みに飛び込むのよ。そこから先は競争。覚悟はできたかしら?』


「…ああ」


愛海

「いつでも」


京と愛海の言葉に応えるように、イズは一呼吸置いた。彼らの表情が、真剣さを増していく。

そして、イズは無言で右手を振り下ろした。

京たちは一斉に歪みへと飛び込んだ。視界が真っ白になり、彼らの姿は一瞬で消えた。

歪みの先は、周囲を厚い雲に覆われた空間だった。京たちは、まるで空を降下するように雲の中を進んでいく。やがて、雲が薄れ、地面が見えてきた。


「…っ!」


京たちはやや離れた場所にそれぞれ着地した。目の前には、ただ一本の道が続いている。遠くには、丘の上に続く階段が見えた。背後は行き止まりで、何もない。


「ここをひたすら真っすぐか!」

京はゴールを目指して走り出した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る