第50話「いなくなった君を想う①」

 2学期が始まり、詩乃は正式に学校を辞めたことが担任から告げられた。

 それで僕の学校生活に何か影響があるのかと問われたら、そんなことはなく、恐ろしいくらいに今まで通りの日常を送っていた。

 元々詩乃とは学校でそこまで関わったころがなかったからだろう。


 しかし、彼女がいない毎日というのは、酷く退屈だった。

 また僕をからかってほしい。

 また僕に微笑みかけてほしい。

 たまには、弱いところを見せてほしい。

 君の全てを受け入れる覚悟は、とうにできているから。


 メッセージを送っても、電話をかけても、彼女は返事をしてくれなかった。

 本当に、僕の前からいなくなってしまった。


 ──これからもそばにいてくださいね。


 約束したじゃないか。

 なのに、どうして君の方からいなくなってしまうんだ。

 せめて、一言くらいあるだろ。


 もし彼女に会えたなら、いろいろ文句を言ってやる。


 そう思いながら毎日を過ごしていた。

 けれど、現実というのはあまりにも残酷だ。

 それから僕は、一度も彼女に会うことができていない。

 9月になっても、10月になっても、詩乃の行き先はわからなかった。


 何度か彼女の家に訪れたことがある。

 しかし一度目は誰も応答することがなく、二度目は全く知らない人が出てきた。


「いつ引っ越しされたんですか?」

「なんでそんなこと教えなきゃいけないの?」


 新しい部屋の住人である男性は、僕を見ると怪訝そうな顔をしていたけれど、1週間前だと教えてくれた。


 もうこの場所に、詩乃はいない。


 その事実が、僕を絶望の淵へと追いやった。

 グラグラと足元が揺れるような感覚に襲われる。

 この場で泣いてしまったら完全に不審者扱いされてしまうので、「ありがとうございました」と部屋主にお礼を言って、マンションを出てから僕は泣いた。

 涙を流したのなんていつぶりだろう。


 マンション近くの公園に立ち寄り、ブランコに腰掛ける。

 あの夏、僕たちは花火をした。

 急な呼びかけにも関わらず、須藤と藤堂が来てくれて、みんなで花火をして……。

 もう、あの日々には戻れないんだと、そう思うと、悲しくて悲しくて仕方がなかった。


「約束したじゃん、バカ……」


 そうやって人目をはばからず泣いたのが9月の中旬、まだ8月の登校日から1カ月も経過していない頃だった。

 心配で仕方がなかった。

 詩乃のことを考えるたびに、不安でいっぱいになる。

 力になってあげたかったけれど、もう何もできない。


 僕は、詩乃の何の役にも立てていなかった。


 それから僕は相変わらず退屈な日々を過ごしている。

 クラスの人たちはまるで片桐詩乃という存在を忘れ去ってしまったかのように、いつもと変わらない一日を送っていた。

 僕だけが時間に取り残された感じがして、それがとても気色が悪い。


「大丈夫? 顔色悪いよ?」


 心配してくれるのは藤堂と須藤だけだ。

 大丈夫、とだけ僕は告げる。


「しーちゃん、無事だといいんだけど……」


 連絡が取れないのは、やはり藤堂も同じだったみたいだ。

 あの夏から毎日のようにメッセージを送っているけれど、返事が返ってきたことは今まで一度もない。


「ねえ、たいちゃんのところには何も連絡ないの?」

「あったらこんな顔してない」

「それもそうか……」


 自業自得、と言ってしまえばそれまでだ。

 僕たちは彼女の裏側を知っているから多少同情はできるけれど、やっていたことは犯罪だから、それ相応の報いは受けなければならない。

 だとしてもどうして僕たちとの関係を断絶してしまうんだろう。


 相変わらず学校には東たちが何食わぬ顔で登校している。

 どうせ詩乃のことなんてきっと頭の片隅にも存在していないだろう。

 どうして詩乃を傷つけたお前らがいるんだと、掴みかかってしまいたくなる。

 のうのうと毎日を過ごしている彼らのことを、僕は許せなかった。


「落ち着け。気持ちはわかる。俺だってあいつらに一発殴りたい。けど、それをやって停学になって、片桐は喜ぶと思うか?」

「僕だってさすがにそこまで馬鹿じゃない。けど、この煮えくり返ったはらわたはどこにやればいい? あいつらへのヘイトは、どうやったら解消できる?」

「……放課後、どこか遊びに行くか?」


 そういうことではない。

 けれど、実際そうやってストレスを発散するしかないのだ。


「行く」

「よっしゃ。カラオケ行くぜ」

「えー、あたし音痴だから行きたくないんだけど」

「つべこべ言うな」


 本当は、僕に対して気を遣っていることくらいちゃんとわかっている。

 無理して笑ってくれていることも。

 キューっと胸が締め付けられるけれど、その善意に今は甘んじよう。


 その日、僕らは放課後になると学校近くにあるカラオケ店に寄り、夜が来るまで歌い明かした。

 僕も歌った。

 たまたま聞いたことのある失恋ソング。

 だけどそれは歌というより、叫びに近かった。


 彼女はもういない。


 現実を紛らわすかのように、僕たちは叫んだ。

 須藤も、藤堂も、次々に曲を入れていき、音程や表現など気にせずにただ感情をぶつけていった。


「しーちゃんのバカヤロー!」


 マイク越しに藤堂の声が反響する。

 僕も同じ言葉を叫んだ。

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