06

「え、さとこが本当に泣いていたの?」

「うん、なんか気になって仕方がないからなおに聞いてもらおうと思って来たんだ」

「そうなんだ」


 だけど彼に付いていって話を聞くってこともできないしなあ。

 それでも気になるから電話をかけることにした、いまはアプリでほぼ無料でできるから大きい。


「もしもーし?」

「あ、反応してくれてよかった、こっちに――」

「はるがいっているんでしょ? ちょっとはるに変わってよ」

「わかった」


 あの子は恋をすることが大好きだけどそれと同じぐらい彼のことも好きだった。

 だからばればれでもおかしくはない、とりあえずスマホを預けて私が他のところにいくことにした。

 久崎先輩のお家にいって帰ってきたところだからもう外は暗闇に染まっている、先輩とゆっくりできたことはいいことかな。


「はい」

「あれ、もう切れてる?」

「うん、気を付けて帰ってこいーだって」


 えぇ、少しぐらいはこちらとも話をさせておくれよ。

 いまは触れられたくないということなのだろうか? たまにあるから唐突すぎるわけではないものの、話せないと普通に寂しい。

 だってあれからはちゃんと連絡とかも返してくれるどころか送るようになってきてくれて毎日夜にも楽しい時間が過ごせていたのだ。


「さてと、今日は久しぶりになおと二人きりだからいっぱいお話ししたいっ」

「あ、明日も学校だからお手柔らかにね」

「あ、そうだった……」

「に、二十三時っ、そこまでなら大丈夫だからっ」

「それなら満足できるよっ」


 なんて可愛い笑みを浮かべながら言っていたのに結局、二十二時にはすーすー寝息を立て始めてしまった。

 私も夜更かしをすると翌朝に響くから申し訳ないけどそのままにさせてもらった、別れる前に悲しそうな顔をしていたけどまたいくと言ったら笑みを浮かべてくれてよかった。

 こちらのお休みの日に来てくれれば駅まで迎えにいったり送ったりできたから今度もしこういうことをするとしても合わせてもらいたかった。


「おはようなお」

「お、おはようございます」

「まだ気になるの?」

「少し……はい」


 んーあの子に負けないぐらいのいい笑顔だ。

「一緒にいきましょ」と言ってきたから頷いて付いて歩いていると急に足を止めたのでこちらも慌てて止めることになった。

 もう少しで激突していたから止められてよかったと思う、だけどもっと運動をしなければならないかな。


「ごめんなさい、虫がいて足を止めてしまったの」

「ああ、はは、とことこ歩いていますね」

「い、いきましょうか」


 とことこ……むにょむにょ? 芋虫が歩いていた。

 いつまでも見ているわけにもいかないから歩き始めると急に手を掴まれて困惑したと同時にそれだけ苦手なのだとわかったからいちいちなにかを言ったりしなかった。


「今日も頑張りましょう」

「はい」


 流石にぎりぎりまではいてくれたりしないか。

 暇になってしまったから違う場所でスマホを弄っていたら『今度は私がまたそっちにいく』というメッセージが送られてきた。

 どっちでも構わないからわかったと返した、それからは送られてこなくなったから電源を落とした。

 授業中に鳴っても嫌だからね、放課後まではこうしておくのが一番だ。


「ふぁ~」

「大きなあくびだな、昨日そんなにはると夜更かしをしたのか?」

「あまり強くないだけですよ。それより久崎先輩はいつも朝から元気そうですよね、なにかコツとかあるんですか?」


 今更どうこうできるとは考えていないけど少し動くだけでわかりやすく変わるのならその方がいいに決まっている。

 正直、お弁当を作るとそれだけで時間をもっていかれることが多いからもっと早起きをしたいところなのだ。


「早く寝て早く起きる、これで朝から眠たいってことはないだろ」

「羨ましいです、私なんて二十一時に寝ても引っ張られるときがありますよ?」


 何度転びそうになったことか。

 そういうのもあって結構足とかに傷跡が多かった、晒したくないほどではないけど奇麗とは口が裂けても言えないレベルだ。


「それこそはるとかさとこがいればあっという間に起きるだろ、事実この前はそうだっただろ?」

「なら久崎先輩が来てください」


 ふはは、意味はないとはわかっていてもこういう会話をしてみたかったのだ。

 年上の男の子をからかって遊ぶ後輩みたいな? 魅力がその子達と比べてわかりやすく足りないものの、一応女子だから効果はゼロではないはずっ。


「為末がこっちに来るならいいぞ?」


 だというのに普通に受け入れられそうになって駄目になった。


「じょ、冗談ですよ、そのまま受け入れないでくださいよ」


 うーん弱い、何故あの子達みたいに最後まで余裕を持ってやれないのか。

 まあ、大体は恥ずかしがりながらも振り向いてほしいから頑張っているだけだとしても少なくとも私よりは強かった、最初の攻撃で負けそうになるとか情けないよ……。


「いや、為末が作ってくれた飯も美味かったからまた作ってもらいたいんだよ、で、俺はそのかわりに一緒にいる、朝に強くなるならウィンウィンじゃないか?」

「か、風邪でも引いてしまったんですか?」

「いや?」


 違う……いや、と心配だからおでこに触れたら確かに普通の体温だった。


「駄目か?」

「さ、流石にまだ早いですよっ」

「そうか、なら大丈夫そうになったらよろしく頼む」


 特別な関係にでもならない限りそんなときは絶対にこないっ。

 あ、ご飯を作るぐらいだったらまたしてもいいかもしれないけど……。




「ふんふふーん」


 お勉強も楽しくできるようになったから近くにテスト本番があっても全く問題はなかった。

 朝とは違って元気いっぱいなのもあってついつい完全下校時刻間際までやってしまったのは問題だけど、きっとテスト本番に役立ってくれると思う。


「うわーお、真っ暗だー」


 急いで帰る必要はない、が、母には連絡をしないとやばいから急いで連絡をした。

 終わった後に『今日この後暇?』と丁度放課後になった辺りで送られてきていたそれに気が付いて今更ながらに返すと「遅いんだけど」と直接電話で言われてしまった。


「は? いま外にいるの?」

「うん、いま学校から出てきたばかりなんだ」

「とりあえずこのままね、すぐに家に帰ることっ」


 し、心配をしなくてもここから寄り道をしたりはしないよ。


「それよりはる君から泣いていたって聞いたんだけど」

「それはまあ……本当のこと、ちょっと悔しいことがあって涙が出てきたところではるが帰ってきちゃったんだよ」

「あらま、それは嫌だったでしょ?」

「でも、リビングにいた私も悪いから」


 決して責めたりしないところが可愛かった。

 だからはる君だって大きくなっても可愛気の塊のままなのだ、羨ましいよ本当に。


「ふふ、相変わらず弟君大好きなお姉ちゃんですなあ」

「やめて、早く帰って」


 そう離れているわけではないからすぐにお家には着いたし、もう少し早く連絡をしてほしいと言われただけで怒られることはなかった。

 ご飯を食べながら話すのは現実的ではないから先にお風呂に入らせてもらうことにする、これならもう母が入浴済みだから余裕がある。


「はぁ、すぐに話を聞いてほしかったのになおのせいで……」

「はは、ごめん」

「笑い事じゃないんですけど、はるに聞いてもらうことになったんだから。そうしたらはるだってなおに不満があるって言っていたよ、起こしてもらえなかったって悲しそうな顔をしていたもん」

「あー本人がすぐに寝ちゃってね、流石に中学生の男の子を遅くまで寝させないのも問題だったからさ」


 さとこのいつもとは違う顔でも効くのにあの子が本当に悲しそうな顔をしていたとしたら……うん。

 だって帰ってからも収まらなかったということでしょ? ということは帰るまで同じだっただろうし、もし私といるところを見ている人がいたら絶対に私のせいにしてくる。

 実際はそんなことになったりはしないけどはる君の中にせっかくいったのにあの結果だったと残ってしまうのだ。


「……冗談だけど、あれから物足りないんだよ」

「任せて、仲良くなったから久崎先輩やひとみ先輩を誘うのも余裕だよ」

「は? なにあの女の人のこと名前で呼んじゃっているの?」

「求められたからだけど……」


 あっちが名前で呼びたがっていただけだからこちらはあくまで貫いていたら呼びなさいと今度は先輩から壁際まで追い詰められてしまったのだ。

 あれから私に対するガチ度が上がっている気がする――はともかくとして、積極的に一緒にいてくれるようになったから仲良くなれていてよかった。


「むかつくから今週の土曜日にもいくから、なおは絶対のあの女の先輩だけは連れてこないでよ」

「久崎先輩はいいの?」

「無害だからいいよ、それにあの人はなおの特別な人になるだろうから仲良くしていた方が得なんだよね」


 んー……いやあれはご飯を作ってほしいだけで美味しければ誰のでもいいわけだし、そもそも期待をすればするほどそうならなかったときのダメージが大きいから怖いし……。


「というかあっつい! 出てご飯を食べてくるからちょっと待っててっ」

「勝手に喋るから切らないで」

「わかったっ」


 母が作ってくれるご飯は相変わらず美味しい――となってもし母のご飯を食べてしまったらあの男の子は求めるようになってしまうのだろうかと気になった。

 さとこもいいと言ってくれているし、今度来たときにまた呼ぶのもありかもしれない。


「お母さん、今度また久崎先輩を連れてきてもいい? そのときはご飯を作ってほしいんだけど」

「別に構わないわよ? さとこちゃんも来るのよね? 沢山食材を買わないといけないわね」

「あ、わ、わかる?」

「電話していたからそうかなと予想してみただけよ」


 大丈夫、そうなったらこちらだってお金を払う。

 お友達にも求めるわけではないから安心してもらいたかった。




「為末だけか? さとこはどうした?」

「すみません、休みたいと言って聞いてくれませんでした」


 はる君の方はもう駅に着いた時点で弱っていたから誘うこともできなかった。

 この前のことを引きずっているわけではないことがわかって安心した自分だけど、なんで姉弟で動く前からあんな感じなのかが気になってしまう。


「はるも――そうなのか」

「すみません、物足りないですよね」

「そんなことはないけどなんか意外だろ? さとこならチェックしてきそうなのにおかしいなって考えているだけだ」


 チェックとかはしない子――あ、自分の好きな男の子に対してはするぐらいだ。


「よし、ならたまには店にでもいくか」

「それなら駄菓子屋さんがいいです」

「好きだなーでもま、いくか」


 今度は私が買わせてもらう番だ、そして最近の彼は大人しくて言うことを聞いてくれた。

 布施家にいってから何故かこうなっている、さとこに対してならわかるけど私が相手のときにもこうだから、うん。


「最近運動不足で軽いランニングをするようになったんだ、無理そうなら歩くでもいいから為末も参加しないか?」

「いいですね」


 うぐ、そういえば、ではなく、いつもご飯だけは同じ量を食べているけどやばいか。

 いいですね、などと言っている場合ではない、誘ってきてくれているのだからこれは絶対に参加しなければならない。


「放課後に少し動く程度でいいんだ、ちゃんと家まで送るから一緒にやろうぜ」

「わかりました」


 よしよし、これで夏に恥ずかしい体を晒さなくて済むようになった。

 だって仲良くなれば海とかプールとかにいくだろうから? あとはお祭りにいくときに困りそうだから対策をしておくのだ。


「久崎先輩」


 え、こちらを思い切り見ているのにどうして反応してくれないのか。

 べたべた触れるわけにもいかないし、かといって、他の人もいるから大きな声を出すのも微妙だ。

 一ついい点は食べ終わっているということ、だから今日も腕を掴んで歩き出した。

 どちらかと言えば私がこうやって引っ張っていってもらいたいのに逆になってばかりでもどかしい。


「待て待て、歩くから掴むのをやめろ、これだと俺が問題児みたいだろ……」

「反応してくれればこんなことをしなくて済むんですけどね」

「いや……まだ付き合ってもらいたかったけど流石にこれ以上連れ出すのは為末的にもさとこ達的にもないと思ったんだよ」


 そんなことを気にしていたのか。


「大丈夫ですよ、あのモードに入って遅くなって文句を言われたことはありません」

「なら少し歩こうぜ、まだまだ知らない場所が多いだろ? 一応知っているから案内してやるよ」

「よろしくお願いします」


 なんか面白い、だって自分の考えた理想とは真逆の結果になっているからだ。

 彼と誰か、先輩と誰か、そうなってほしかったのにどっちとも自分が仲良くしてしまっているのだ。

 一方的に絡んでいるわけではなくて相手の方から来てくれているのが面白かった。


「なににやにやしているんだ?」

「楽しいからです」

「歩いているだけだぞ?」


 別にやり返してやりたいという考えから黙ったわけではないから誤解しないでほしい。

 なにをどうやっても楽しいとしか言えないからだ、口を開けば開くほど多分彼からすればわからなくなっていくからだった。

 でも結局、にやにやが抑えられなかったのか同じような結果になってしまったのだった。

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