02
「あれ、今回もいないんですか?」
動けよと言われて動いた結果がこれだ。
昔にもこういうことがあった、それでも言うことを聞き続けている優しい人間がここにいる。
まあでも、久崎先輩がいなければ寂しいということもないし、依然として無表情ではあるけど先輩が相手をしてくれるからいいのだ。
「ええ、じっとできない子なのよ」
「だけど甲斐先輩がいてくれるならそれでいいです」
「ふふ、そうなのね」
とはいえ、甘えすぎてしまうのもそれはそれで問題だった。
何故ならまだお友達ではないからだ、それに久崎先輩を捕まえるために近づいてきた人だからというのが大きい。
だからお昼休みまでに一回、放課後までに一回、十分休みの内の三分ぐらいに留めている。
「午前のノルマは達成、と」
誰かといられる時間も好きだけどこうしてゆっくりと一人でお弁当を食べられる時間の方が好きだった。
ぼっち属性があったわけでもないのに何故だろうか? これではまるで過去の私は無理をしていたような……。
「いいや」
過去がどうであろうといまに生きているわけだからいまを気にすればいい。
誰だって一人の時間が必要なのだ、普通の人間の考えでしかないのだから。
食べ終えたら片付けて教室に帰る前に少し贅沢をして紙パックのジュースを買った、正直、自作のお弁当よりも完成されている味で悔しさなんかも出なかった。
五時間目を終えて先輩達の教室にいこうとしていた足が止まる。
「そんなところで仁王立ちをしてどうしたんですか?」
難しい顔でこちらを見ながらもなにも答えない久崎先輩、とうとう大きなやらかしをしてしまったのかと考えていると静かに「付いてこい」とだけ吐いて歩き出した。
流石に無視をできるような強さもないから付いていくといつ使われているのかもわからない空き教室だった、何故か床に先輩が寝転んでいた。
近づいてみても反応しない、顔に顔を近づけてみると寝ていることがわかるけど……どういうことだろうか?
だってまだ五分と経過していないからだ、これではまるでお昼休みからずっと寝てしまっているようにしか見えないぞ。
「これな、ひとみの得意なことなんだ、寝ようと思ったらすぐに寝られるんだよ」
「なら離れたらいけませんよ、変な人に襲われてしまったらどうするんですか」
「そんなに治安が悪い学校じゃないだろ、それにいつも自由にされているのになんで俺が守らなければならないんだ?」
「幼馴染なんですよね? しかも自由にされているといってもあなたが同じく自由にしているからです」
自分はするけど相手がするのは許せないという考えでいるのだとしたら離れてしまった方がいい。
「いや別に頼まれていないからな?」
「そうなんですか? ならもっとわかりにくい場所で寝ないと危ないです」
「だから大丈夫だって、こんな空き教室にわざわざ来る人間が――」
「な、なんで――」
大丈夫ならなんでそんなに過剰に反応するのか……。
十数秒が経過したときに「悪い」と手を離してくれたけど、これは先輩を守ろうとしたと判断していいのだろうか。
もしそうなら守りたいけど素直になれない男の子ということで可愛い気がする、逃げてるとかいつも言っているけど実際は一番近いところからちゃんと見て行動しているのだとね。
「ま、女子がいるとなれば調子に乗ってしまう人間もいるかもしれないからな、発見したときぐらい守ってやらないとな」
「ふふ」
「なんだよ?」
「いえ、それではこれで、近くで喋っていると起こしてしまいますから」
なんか……羨ましいな、こう……大事なときにちゃんと動いてくれる男の子がいるって。
ずっと女の子のお友達しかいなかったからその点でも大きく見える、まあ、私のお友達の女の子はみんなしっかりしていて引っ張っていってくれるタイプだったから似たようなものなんだけどね……。
紙パックのジュースを買ったことといい、少し贅沢な思考なんかをするようになっているみたいだ、気を付けないと自滅するから少しずつ変えていこう。
「待ってちょうだい、私をまもるから守ってちょうだい」
「なにか間違えていませんか?」
「なにも間違ってはいないわよ、あの子はね、普段は逃げているくせに困ったことがあったらすぐに頼ってくるのよ」
うーん……どちらの味方をするべきなのか……。
すぐに久崎先輩も来て三人で帰ることになったのはいいけど、普通に二人で仲良さそうに話していたから答えは出なかった。
解散になって一人でお家に向かっていたときもそう、お家に着いてからもそう、なんかもうお互いに素直になれていないだけにしか見えない。
「ほーお前の部屋ってこんな感じなのか、奇麗にしているんだな」
「久崎先輩はどうして素直にならないんですか?」
「ひとみに? 別に好意があるとかじゃないしな」
「なら逆か」
上手くやる、ところも想像できるし、先延ばしにして一切変わらないところも想像できてしまう。
なんでも自分ではないのだからというところから入って、だけど完璧人間なんていないから~となってしまうのだ。
「ひとみにだってないぞ、そもそもあいつには好きな男子がいるんだよ」
「なるほど、つまり必死にそういうことにしたいんですね?」
「まあ、付き合ってもいまみたいに楽しくやれるだろうけどそんなことにはならないからな、それより今回は驚かないんだな?」
「ま、思い切り正面にいますからね」
なんなら玄関のときからずっと後ろにいたわけだからいちいち驚いていたらあほだ。
無駄に体力を使いたくない、、あとはこれも慣れるために必要なのだ。
「為末、菓子をくれ」
「あれ、よく知っていましたね?」
「母さんに聞いた、まだ専業主婦でいられているなんてすごいな」
「それなら待っていてください」
お菓子か、積極的に買う家ではないからあるのかどうかもわからない。
食べたくなったら自分で買うという考えでしかなかったからこうなることを全く考えていなかった、これなら先輩がここに入ろうとしたタイミングでコンビニなんかにいっておくべきだったかもしれない。
「あるわよ、はい」
「え、珍しいね?」
「いま急いで買ってきたの」
「なにをしているの……ま、まあ、ありがとう」
後輩でも同級生でも年上でも娘が異性を連れてきたものだから舞い上がってしまったのだろうか。
もう四十六歳とかだけど精神面は若いのかもしれない、アイドルの若い音の子とかが好きだからね。
「お母さんが買ってきてくれました――って、寝てる……」
流石幼馴染とでも褒めておけばいいのだろうか? というか、起こすべきなのだろうか。
とりあえず机にお菓子やジュースなんかを置いて考えていると「戻ってきたのか」と起きてくれたから持ってきたことを話しておいた。
「嫌なら嫌って言えよ」
「嫌ではありませんでしたけどあるのかどうかは微妙でした」
「お前も食べろ」
「はい、いただきます」
物凄く食べられるわけではないけど少量のお菓子でお腹がいっぱいになってしまうわけでもないから楽しみつつ食べられた。
他所のお家だからなのか、元々学校以外ではそうなのかはわからないけど久崎先輩はとにかく静かだった、難しそうな顔をしているからつまらなさそうにも見えたぐらい。
でも、いいことをできているわけではないから気に入らないなら帰った方がいいとしか言えないね。
「これ美味いな、帰りに買っていくかなー」
「それならまだありますのでどうぞ」
「馬鹿、人のを狙ってまではいらねえよ」
「はは、久崎先輩は優しいですね、そうやって甲斐先輩にもできたら余裕で意識をしてもらえるんじゃないんですか?」
本当になにもないならふざけてくる相手に対してもっと強気に、なんなら冷たくしたっていいぐらいだ。
だけど先輩はそれをしない、律儀に付き合ってまだまだ子どもだと呆れたような顔で言うだけ、一緒にいられているときはあんなに楽しそうにも関わらずだ。
「だから好きな男子がいるんだって」
「それとこれとは別でしょう、アピールをしなければ気づいてすらもらえません」
私のお友達なんてそこまでやるの!? というレベルで男の子にアピールをしていた。
「お前は? なんかなかったのか?」
「私は高校入学に合わせて人間関係がリセットされましたから」
「ん? 引っ越してきたってことか?」
「はい、だから親友だとはっきり言えた女の子のお友達とも離れ離れになってしまいました」
「ふーん、なるほどなー」
いや、ふーんて……。
「だったら俺がいてやるよ」とか言ってくれたらそれはもうわかりやすく影響を受けるのに、なんてね。
なにに対してもちょろいというわけではないし、それこそ好きな男の子がいて頑張れない状態の久崎先輩と同じだからこれでいい。
「ま、別に一人でもなんとかなるからそう悪く考えるなよ、ちなみに証拠は小学生のときの俺な」
「またまたー久崎先輩には甲斐先輩がいたじゃないですか」
「俺とひとみ、小学生時代はまじで最悪だったぞ」
そんな訳がない、小学生時代に仲が良くて中学生時代に悪かったと言われればまだ信じられるけどね。
本当に無駄な嘘をつく人だ、嘘に嘘を重ねなくたってこちらにはなにもできないのだから気にしすぎだ。
「仮にそれが本当なら中学生のときと高校二年生の現在までで仲良くできたということじゃないですか」
「どうだかねー」
「あれですね、自分目線だからわからないんですよ、誰かずっと見てきていた人はいないんですか?」
私の親友のお友達みたいな人がいてくれればすぐにわかる。
「いないな、意外に感じるかもしれないけどひとみにも昔からの友達がいないんだ」
「だったら尚更――」
「でも、そこからは繋がっていないんだよ」
や、やけに寂しそうな顔で言いますやん。
だからそういうところだ、私からごちゃごちゃ言われたくないなら顔を徹底するべきだ。
「今日はありがとな、これで帰るわ」
「はい」
ありがとなと言われても困るけど。
見えなくなるまで玄関前でいて少しぼうっとしてから中に戻った。
はっきり言っていくことでなにかを変えられたらそれでよかった。
「んー全然メッセージが返ってこない、なんなら見てもいない」
これはもしかしたらまた失恋期に入ったのかもしれなかった、だってそうでもなければ無視は……しないよね?
え、実は親友ではなかったとか? 寧ろ向こう的には離れられてよかった的な? あの丸い石を一生懸命に探してくれたのはそれで終わりだったから?
「なんてないない」
もしそうなら四月の頭に返してきているわけがないからね、これはやはり失恋期なのだ。
そういうのもあって切り替えて歩いていると小学生の子達が遊んでいて微笑ましかった。
元いた場所では近所の公園で過ごしているのはゲートボールをしているお爺さんやお婆さんしかいなかったからね、やっぱり子どもが外で遊んでいるとほっとする。
お前も大人からすれば子どもなのだから気になるなら遊べよという話ではあるけど、公園でできることに付き合ってくれるお友達がいなかったから駄目だ、そういうのはお友達の多い子に言ってもらいたい。
「美味しい」
いまなら麺類も食べられるけどやはり駄菓子屋といったらこれだ。
しかし……すぐに味がなくなるからといって三つは一気に食べすぎだった、口が大きいわけではないから口内が忙しい。
「こんにちは」
お休みの日ぐらいこう……いまにも眉間に皺ができそうな顔をやめたらいいのにとは思う。
とりあえずガムの箱を指さしていまは無理だとアピールをすると「食べ終わってからでいいわ」と言われたので一生懸命に噛んだ、すると期待を裏切らない速さで味がなくなった。
「こんにちは、今日はお一人なんですね」
「ええ、基本的に休みの日は一人ね」
「あ、久崎先輩が言っていたんですけど、小学生時代は仲が悪かったって嘘ですよね?」
「本当のことよ、中学生のときもわかりやすく仲良くできたわけではないけれどね」
なるほど、私は蓋をしたいだけにしか見えないけどそういうことにしておかなければならない。
「それより今日は来なかったのね、あなたのことを気に入っている風に見えたけど依然としてよくわからないところもある子だわ」
「はは、お休みの日まで来たりはしませんよ」
「そういうものなのね」
そういうものだ、この前はたまたまお家まで付いてきただけだ。
でも、こうして気にしているのはよかった、だって微塵も興味がなければいないときに出したりしないからね。
関わり続けられるのならという前提で話すけど、私が二年生になるまでに自分から一緒にいたくなるレベルには協力して変えたいと考えている。
小さい頃から一緒にいれば幼馴染と言えてしまうらしいものの、なんかこれだと気持ちが悪いから変えるのだ。
別にそのまま付き合ってほしいなどと考えているわけではない、ただ仲良くする分にはマイナスなことなんてなにもないのだから気にしなくていいだろう。
「いまから久崎先輩のお家にいきませんか?」
「知っているの? あ、知らないのね、それなら案内してあげるわ」
「はい、よろしくお願いします」
時間はまだまだあるからゆっくりでいい。
私が動く側でも珍しく五十パーセントぐらいは期待できる気がした。
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