1-5
「みなさん、お昼は食べましたか」
口の周りにひげを生やしたやる気のなさそうな顔立ちの教師が教室に入ってくる。教師用の、教壇にある大きなパネルには「宇宙学 田中元哉担当(3年副主任)」と自動的に文字が出ていた。生徒の誰かが気楽な返事をする。
「えー。では授業を始めます。この前の続き」
古い宇宙船の画像が教師の立っている後ろに画像として出ている。
「わかりやすいように視覚から入りましょう。タッチしてください」
言われたとおりパネルをタッチすると教壇のと同じ、白く丸い宇宙船の立体映像が目の前に飛び出た。デジタルネットと基本構造は同じなのだ。
「地球では天体の観察が古代より行われ、1950年、60年代には既に宇宙開発が盛んだったそうです。人が宇宙へ行き、惑星を移動する理論は色々ありましたが地味で地道な研究が進み、真空上でワープができる宇宙船が開発されました。成功したのは2045年。それがこれです。サーブ25。人を乗せたままワープできる宇宙船が開発されるのはもっとあとで……」
隣の女の子は相変わらずじっとしており、映像を見ることさえない。人形じゃないだろうな。
観察していると、ちゃんと体は呼吸のリズムに合わせて動いている。大丈夫、人間だ。
「ねえ、一緒に見ない」
咲夜はこっそりと言った。聞こえなかったのか、振り向かない。
「ねえ」
「ベースからの留学生。授業中に口説いているんですか」
田中は緩い声を出す。笑いが起きた。その直後に周囲の女子からひそひそと陰口が聞こえる。
「すみません。そんなつもりは。でも……」
この子はどうも様子が。なんで一人だけ紙と鉛筆なのか。頭の中で様々に沸き起こる疑問が溢れだしてまとまらず、もう一度でも、と言った。
う、うん。と田中は咲夜の言葉を遮るように咳払いをする。ふと、先程の健吾の遮りを思い出す。あれは、故意だろうか。
「発言をしてください。南本霊さん。立って」
周囲がどよめく。南本、と呼ばれた女の子は静かに立った。
「留学生の川島君と一緒に映像を見て、この授業を受けたいですか」
クラスは静まり返っており、一斉に注目が南本に集まる。
彼女はしばらくじっとしていたがやがて小さな声で言った。
「……受けたくないです」
なんで受けたくないのだろう。楽しくないのだろうか。
「なら仕方がありません。川島君もそれでいいですか」
「はい」
そう答えるしかない。授業を受けたくないと言っているのに無理に強いることはできない。
授業を遮ってしまった形になるので、進めることを優先させなければ。
南本は静かに座った。座るときに髪を払ったので、やっと横顔を見ることができた。
切れ長の目の下に、火傷のあとが小さくあった。
なんだろう、この不愉快な気持ち。
感情を抑え、しばらくは授業に集中することにした。田中の言葉が止むたびに左側から音が聞こえてくる。
気になって目をやると、南本はノートになにかを書いている。
好奇心に負け、少しだけ遠目でノートを覗く。
0+0=8 0×0=8 1+1=8 1×1=8 0+0=∞
そんな数式の羅列を1ページが埋まるほどにぎっしりと書いている。雰囲気の異様さに咲夜は戸惑いを覚えるが、田中はなにも言わずに授業を続けている。
前を向き、授業を最後まで聞くことにした。
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