3-4
「じゃあ、診察はこの辺りにしておこうか。ちょうど一時を回ったようだからね」
「あ、もうそんな時間ですか?」シリカが壁の時計を見る。
「お昼の診察は一時までなんでしたっけ。お話してるとあっという間ですね!」
「そうだね。せっかく来てくれたのだから、僕ももう少し話をしていたいんだが、あいにく夕方からの診察の準備をしないといけないんだ」
「わかりました。先生は忙しいですもんね! でも今度からは薬学を教えてもらえますし、その時にゆっくりお話しできますよね!」
「ああ、そうだね。薬学の方はいつから始めようか?」
「えーと、そうですね……。一週間後でもいいですか?」
「わかった。場所はここでするとして……時間はどうする?」
「私はいつでも大丈夫ですよ! 先生に合わせます!」
「では、夜の八時でどうだろう? その時間に夜の診療が終わるから、その後で一、二時間ばかり教えるというのでは?」
「いいですよ! でも先生は大丈夫なんですか? お仕事が終わってすぐ教えるなんて大変じゃないですか?」
「薬学は趣味のようなものだから問題はないよ。ただ、診療所の込み具合によっては少し待ってもらうことになるかもしれないが」
「それなら大丈夫です! 先生のとこにいるって言ったらお姉ちゃんも安心すると思うので!」
シリカがにっこり笑って言う。無条件の信頼を寄せてくるこの少女のことがレイクは無性に愛おしくなった。
「じゃ、そろそろ帰りますね! お薬、ありがとうございました!」
代金の清算を済ませ、診療所の外まで見送りに出たところでシリカがぺこりと頭を下げた。そのままレイクに背を向けて石畳の上を駆けていく。
また転ぶのではないかとレイクは心配になったが、シリカは転ぶことなく通りを走っていき、角を曲がる直前で立ち止まって手を振ってきた。レイクも微笑んで手を振り返す。しばらく手を振った後でシリカはまた駆け出していき、間もなく建物に紛れてその姿は見えなくなった。
シリカの姿を見つめているうちに、レイクは自分の心が不思議と癒されていることに気づいた。
シリカと二人で話したのは今日が初めてだが、本当に素直で可愛らしい子だという印象を受けた。十四歳ともなれば多少は擦れてもおかしくないのに、シリカは全くその気配を感じさせない。それは彼女の生来の性格もあるだろうが、それ以上にリビラのおかげではないかとレイクは考えた。
五年前、両親を早くに亡くしたリビラは、親代わりとなってシリカの面倒を見てきた。当時のシリカはまだ九歳で、両親が他界したことを実感できていない様子だったらしい。時々リビラに、お父さんとお母さんはどこに行ったのと尋ねたそうだ。
リビラがどう返答したかは聞いていないが、両親不在の穴を彼女が埋めようとしたことは知っている。慣れない家事に精を出し、食卓では明るい話題を提供し、なるべく両親がいた頃と同じ環境を作ろうとした。自分も相当な哀しみを抱えていたはずなのに、その感情をひた隠しにし、妹に不自由をさせまいと苦心していた当時の彼女の姿が容易に想像できる。
シリカが捻くれずに育つことができたのは、リビラが両親と変わらぬ愛情をかけてきたからだろう。
シリカもそのことに気づいていて、心から姉を慕っているように見える。街中ではリビラがシリカの手を引いて歩き、診療所では泣きじゃくるシリカをリビラが宥める。そんな風に仲睦まじく過ごす二人の姿を、レイクも微笑ましい気持ちで眺めていた。
いつか、この二人と家族になれたら――そんな風に思うことさえあったが、さすがに気が早すぎると思って口には出さなかった。
ともあれ、シリカが薬学に興味を持ってくれたのは喜ばしいことだ。さっそく家で手頃な文献を探すことにしよう。薬草も余分に収集しておいた方がいい。これからはさらに忙しくなりそうだ――。
そう考えながらもレイクは少しも嫌な気持ちにはならず、むしろ彼女に勉強を教えられることを喜んでいた。それは単に薬学を広められるからではない。シリカの喜ぶ顔を見るのが楽しみだったのだ。
かつてリビラがそうしたように、レイクもまた、シリカを妹として慈しみ、持てるだけの愛情をかけてやりたいと願っていた。
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