第17話 エストワの先輩アイドルたち。

 私たちのライブは、体感時間あっという間に過ぎて、気付けばアンコールになっていた。

 まだまだ歌い足りない気がする……!

 けど、流石に私もそろそろ限界かも?


 体力の方はまだ全然、有り余っているんだけど。

 たくさんの歌と踊りを完全暗記して、完璧にるのって結構、頭が疲れる。

 脳疲労がヤバい。


 ヤバいけど、たのしい!


 アンコールの最中。

 ふと。暗いライブハウスに、一筋光が差した。

 ライブハウスの扉が開いて、隙間から誰かが覗いていた。

 逆光で姿は見えないけど。

 遅刻したお客さん? いや、流石にアンコールの時間に入ってくることはないよね。


(……じゃあ、誰?)


 覗いていた誰かは、三秒くらいで、ふいっと背を向けて行ってしまった。

 締まる扉の隙間から、一瞬、長い髪が金色に輝いた。


(金髪……)


 別に、私のピンク色に染まった髪より珍しくはない。

 でも金色は、推しの色だったから。妙に引っかかったんだ。


「みなさん、ありがとうございました〜!」


 アンコールが終わって、零奈の声に合わせて一人一人に手を振って、ステージを退場した後も。

 まだ、金色の残像が脳裏で尾を引いていた。

 あの時覗いていたのは……。


(まさか、天音……?)




 ◇



 舞台袖に戻ると、雪さんが感激して泣いていた。


「うっうっ、茜さん立派になって……」

「大袈裟です、雪さん」

「茜さんを零奈さんと一緒に組ませるって言った時、私、初めはついに社長が耄碌したかと……!」

「え、最初の頃の私、そんなにだめでした……?」


 確かに地元のダンス教室と音楽教室でも「うーん……君は……なんというか……センスがない……」って言われてたけど。


「いえいえ! 茜さんの実力には問題なかったです。高くはありませんでしたが、新人アイドルなんて、全員へっぽこなので! でも新人を実力が釣り合わないはずのベテランと組ませるのは本来すごーい悪手で、私、ずっと心配だったんです…………! よかった、成功して……」


 そっか。私が零奈の足を引っ張っちゃう可能性があったんだもんね。

 そうならないようにたくさん練習して、よかった。


 ほっとする。

 

「あ、もちろん零奈さんもよかったですよ! ステージで踊り慣れてない茜さんの立ち位置がズレそうになるたび、うまくフォローしてましたよね。さすがです」

「どうも。伊達にいろんなグループを渡っていませんから」


 零奈はにこりと余裕の笑顔で言った。


「想定通りの仕事をお見せできたならよかったです」


 淡白な返事だけど、それがなんか、プロフェッショナルって感じだ。

 零奈……かっこいい……!


「あ。そういえば雪さん。最後のアンコールの時、もしかして、天音が来てましたか……?」

「え?」


 雪さんは、きょとんとした。


「それはないと思いますよ。久遠さんは先程まで、新作映画の発表イベントに出演していましたから」


 天音が私たちの炎上に関わってから、雪さんは逐一、天音の動向をSNSで確認しているらしい。お手数をおかけします……。


「ほら」と、雪さんはSNSに流れたニュースの画面を私たちに見せる。


「あ、新作映画……天音が主演と主題歌やるだけじゃなくて〝クロエ〟も出るんだ」


 クロエはお母さんが好きだった元シグナルガールのアイドルだ。引退後の今は、有名女優。

 三十代も後半のはずなのに、アイドルだった時より今の方が綺麗かも。

 映画、絶対観に行かなくちゃ。


「零奈も観に行く?」


 せっかくだし誘おうと、隣を振り向く。

 ……あれ。


「なんか、顔色悪いよ」


 ステージ後で火照ってるはずなのに、雪さんのスマホを見る零奈は、ひどく青ざめてみえた。


「あー……ちょっぴり脱水気味かもしれません」

「大変! 追加のお水とスポドリ、持ってきます」


 雪さんはぱたぱたと走っていく。

 でも零奈、全然汗かいてないように見えるけど……。


「大丈夫? 肩貸そうか? お姫様抱っこして運ぼうか?」

「要りません! 茜、汗ぐっちょりべっとりでしょ!」

「じゃあ椅子持ってくる」


 パイプ椅子を開いて零奈を座らせる。


「平気ですって」


 むすっと不機嫌に憎まれ口を叩くから、多分大丈夫だなって思った。

 それにしても。


「天音がいた気がしたの、勘違いだったのかな……」


「いや、気のせいやない。天音はそういう、意地の悪いことをやりかねん」


 私の独り言に、大道具の影から大人っぽい声の関西弁が聞こえた。

 え、その声……。

 振り返るとそこにいたのは、 厚底靴に珍しいミントグリーンの地雷服を着た、声色に似合わない黒髪ツインテールの可憐な少女。

 声だけじゃなくて、姿にも見覚えがある。


 だって彼女はエストワの……


「……リーダー?」

「はーい! 〝毎日が舞踏会! エストワのプリンセス、十七歳〟ひめちだよ♡」


 きゅるんと声色を甘く変えて、リーダーのあかつき陽芽香ひめか──ひめ先輩は私にウインクを飛ばした。

 

 少し離れたところで椅子に座った零奈は、雪さんにもらった追加のスポドリを啜りながら「うわ、わたし以上の猫被り……いえ、そういう芸風ですか。なるほど」と、不遜に頷いている。


(あっ、あっ……)


 私は、ひめ先輩のウインクを真正面から喰らって、硬直していた。

 私の一番の推しは天音だったけど、当然、エストワのメンバーは全員好きだ。


 グループに自分が加入したとはいえ、仕事の都合とか社長の方針とかで、零奈以外のメンバーとはずっと別行動だったから。


 零奈と私以外の、エストワイライトのメンバーと直接顔を合わせるのは、ライブ以外でこれが初めて。


(本物だ……!?)


 やばい、興奮して、ステージが終わったのに汗が止まらない。

 また零奈に「近寄らないでください」って言われちゃう!


 しかも、ひめ先輩が見に来てくれているなんて、想定外だったから驚いて声が出ない。

 ああっ、実際に会えたらその時は『ひめ先輩って呼んでいいですか』って聞こうと決めていたのに……!

 

 無言で固まってしまった私を、ひめ先輩は訝しげに睨んだ。


「……シカトか? おい、なんか言えや」


 可愛らしい外見とは反対にガラ悪く、ひめ先輩は指で私の胸元を突いた。

 まっ……ボディタッチは許容オーバーだって!

 無理矢理身体を動かして、後ずさると。

 後ろの誰か・・・・・が、私の肩にふわりとタオルをかけた。


「ひめ。その言い方はよくない。君が言うとまるで恐喝だよ。エストワのプリンセスなのに、後輩をお姫様扱いもできないのかい?」

難波ナニワの女がおひいさまの振りできるんは三秒だけや」

「うん、アイドル失格」


 私の背後から、涼し気な声が聞こえる。

 あああ、その声も知っている。


「ごめんね、驚かせちゃって。舞台裏から見てたよ、初ライブお疲れ様」


 後ろの方から、私を覗き込んだのは、背の高い私よりも更に背が高く、亜麻色の髪を後ろで一本の三つ編みに結んだ、まるで王子様のような美女。

 エストワの副リーダー、雨ノ宮あまのみや凪桜なお


 あっあっあっ。待って! 私、今、エストワの姫と王子にサンドイッチされてる!?


 推しグループのメンバー、すなわち準推しで尊敬する先輩方に両サイドから挟まれて、私のオタク心は限界を迎えた。

 ただでさえ、ライブ後で身体があったまりすぎてるのに、


 血がぎゅんぎゅん巡って、目がぐるぐる回って……。


 ……きゅう。


 私は凪桜先輩の方に崩れ落ちた。


「おっと。……重っ!?」

「雪さーん!? もう一人倒れよった!!」

「えええ〜!!?」



 ◇◇



 ——時は少し前。


 金髪の少女・・・・・は、賑やかなアンコールの途中で、ライブハウスを出る。

 足早に坂を下りながら、スマホのコールを取った。


「マネージャー? ……うん、だから、ちゃんとお仕事はこなしてから抜け出したでしょ? 仕事さえきっちりこなせばあたしは自由にしていいって、そういう約束だったよね?」


 ハンズフリーのイヤホンで通話。

 電話口の焦る声をスルーして、彼女はそのまま配車アプリで呼んだタクシーに乗り込む。


「だからって、『ライブを見にいく時間はない』って? もーマネージャー頭が硬いなぁ。あたしは、三秒でもいいから観たかったの。古巣の新しいアイドルを!」


「アンコール、間に合ってよかった〜♪」と、電話を繋げたまま、帰り際物販で一枚だけ買ったランダムチェキを取り出す。


 銀色の袋に入っていたチェキは、宵待茜のものだった。茜はチェキの中で、ハートの片方だけを手で作っていた。


「なに、このポーズ……ああ、そゆこと?」


 彼女は、自らの手でハートのもう片方を作り、茜の写真と合わせて歪な愛の形を作ってみせる。


「あはっ」


 後部座席にもたれかかって。

 金髪の少女──久遠天音は、帽子で目元を隠したまま、茜の写真に微笑んだ。


「……ね、マネージャー。後輩っていいものだね」



「あたし、欲しくなっちゃった」


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