第3話 愛ゆえに

隠すのが上手いのか、それともまだ大丈夫なのか。俺が奏斗の余命を知ってから、5ヶ月が経った。あんなに過酷な夏の暑さも、今ではあの暑さを求める程、風がすっかり冷えきっている。あれから1度も奏斗は仕事を休んだり体調を崩すことなく、普段通りに仕事をこなしていく。

本人に聞いてみたところ、激しいダンスは苦しくなるが、だからと言って止める程でもないらしい。流石にマネージャにはもう病気の事を話したのか、薬や病院の管理はマネージャーがしてくれているという。

好きな人の余命が迫ってきているというのに、俺たちの関係は何も変わらずにいた。変わらなさすぎる日常は、これが永遠に続くのだと錯覚させるから嫌になる。実際には永遠なんてなく、この日常さえ、いつか壊れてしまうというのに。

年末年始は音楽番組が多くなり、自然と奏斗に会う機会が多くなる。今日も大きな番組で、沢山のアーティストが集っていた。その中に、奏斗のグループもいる。

俺たちのグループと奏斗のグループは仲が良く、出演中も休憩中も隣にいた。周りが気遣っているのか、俺と奏斗はよく2人きりになる。最近薬が増えたと聞いて心配だったが、先程アーティストたちに挨拶して回っているのを見ると、その不安もただの杞憂に終わる。

「次、出番でしょ。行っておいで」

「はーい。いってきます!」

笑いながらステージへ向かう背中を見送り、待機席から離れ、舞台袖の方へ向かう。人が多い為、背筋を伸ばし、つま先で立って周りを見渡す。すると、隅の方で手帳のようなものを見ている奏斗のマネージャーを見つける。見失わないように早足でかけより、声をかけるとすぐにこちらを向いた。

「渡海さん。どうしたんですか?」

「最近の奏斗の様子を聞きたくてさ」

「そうですね・・・あまり変化とかはないんですけど、ちょっと心配なんですよね」

「心配?なにかあったの?」

「いえ、何もないんです。ただ、夢野さんって隠すじゃないですか。信頼されてないわけではないと思ってるんですけど、自分の不調とかを悟られないようにするし。夏とかは身体が細くなったりとかで分かりやすかったんですけど、今の夢野さんってオーバーサイズしか着ないので・・・」

マネージャーの言葉に、なるほど。と呟く。たしかに奏斗はどれだけしんどくても言わないし、1人で抱え込む。どんなに注意しても、もうそれが癖になってしまっているのか、なかなか直らない。

それに、奏斗は忙しい。それに伴って、マネージャーも多忙の日々を送っているだろう。メンバーには伝えていないと言っていたから、普段から様子を伺えるのはマネージャーしかいない訳で。

2人で眉間に皺を寄せて、困ったように唸っていると、奏斗たちがパフォーマンスを終えた音がした。ステージの方を見ると、披露し終えた奏斗たちがこちらに戻ってきていた。未だに悩んでいるマネージャーに、俺も考えとくよ。と伝えて、奏斗たちの方へ駆け寄る。

段々近寄ることにより、ある異変に気付いた。

いつもはセンターでほかのメンバーより少し前にいるのに、今日は少し後ろにいて、タオルで顔を拭きながら歩いている。真っ直ぐ歩けているが、その歩幅はいつもより狭く、慎重に歩いているようだ。周りにいるメンバーも、心配そうに見ている。

早足で駆け寄り、奏斗の肩を掴む。踊ったあとだというのに、その身体は冷たく、微かに震えている。俯いて浅く呼吸する奏斗の頬に手を当て、名前を呼びながら上を向かすと、焦点を失ったような空虚な眼差しと目が合った。

横にいたメンバーに、マネージャーを呼んでこいと指示する。すぐに駆けつけてきたマネージャーに、容体を伝えて薬を飲ませる。離れ難いが、この後は自分たちの出番であり、もうステージの方に移動しないといけない。

マネージャーに後のことは頼み、不安にさいなまれながら、俺は奏斗から離れた。


パフォーマンス中も、頭の中にあるのは奏斗のことばかり。それでも必死に笑顔を作り、なんとか出番を終えた。

奏斗たちのグループのメンバーに聞くと、奏斗は病院に運ばれたらしい。今すぐ駆けつけたいが、最後のエンディングが終わるまではここからは離れられない。もどかしさに舌打ちをして、スマホを取り出す。奏斗のマネージャーからの連絡はなく、何か分かったらすぐに教えて欲しいとメールで送った。

エンディングまであと30分以上ある。未だに困惑し、不安そうな奏斗たちのグループメンバーには申し訳ないが、そこに気遣ってやれる程の余裕はない。その雰囲気を察しているのか、あちら側も俺に何も聞いてこなかった。

待機席の方へ戻る気力もなく、隅にあった椅子に座る。心の中の拭い切れる影が、雨雲のように広がっていくようだ。音沙汰ないスマホの通知を何度も確認していると、少し離れた所で2人のスタッフの話す声が聞こえてきた。

「夢野さん、病院に運ばれたらしいぜ」

「まじで?今日披露してたやつってそんな疲れるのか?」

「知らねー。ってか、年始そうそう病院送りとかやばくね」

「プロ意識足りてないんじゃね。さすが、何やっても周りからチヤホヤされるアイドル様だわー」

馬鹿みたいに大声で話す内容を聞いて、氷が裂けるように、表情にゆっくりと亀裂が入る。持っていたスマホが軋むほど強く握り、顔は動かさず、スタッフ達に目だけを向けた。俺に聞こえたということは、俺の近くにいた奴らにも聞こえている。奏斗と同じメンバーの顔には、こめかみに青い癇癪筋を走らせていた。

俺たちの様子に気付かないのか、奏斗を侮辱する発言は止まらない。猿のようにゲラゲラと笑っている2人に、とうとう我慢が効かなくなったのか、メンバーの1人がスタッフたちへ1歩足を進めた。それを手で制止し、立ち上がる。

そのままスタッフの方まで向かって行くと、近付いてくる俺に気付いたのか、2人は慌てた様に俺から離れようとする。だが、言いたいことだけ言って終わりだなんて許さない。

「随分楽しそうに話してたじゃん」

「あっ、えっと、渡海さん、さっきのは、」

「ん?なに?」

「本心じゃないっていうか、その・・・」

どう言い訳することも出来ず、狼狽えている姿はもはや滑稽だ。こんな奴らに蔑まれる奏斗が可哀想でならない。目の前まで行き、2人の胸ぐらを掴んで引き寄せる。

「二度と言うなよ。次は殺す」

怒りを凝縮して、すごみさえ感じる低音に自分でも驚く。耳に2人の歯のガクガク鳴っているのが聞こえ、かすかな冷笑に似た奇妙な笑みが唇の端に浮かんだ。手を離し、少し前へ押すと力が抜けたように後ずさり、座り込んだ。

「公共の場では口を慎んだ方がいいよ」

2人に背を向け、時計を確認する。あと数分でエンディングだと分かり、前にいた奏斗のメンバーたちに声をかけて待機席の方へ向かった。

「渡海さんって怒ると怖いんですね・・・」

「そう?別に普通でしょ」

「悪魔みたいでした」

「それ悪口だよね?」

軽く言葉を交わしながら、ギリギリエンディングに間に合う。無事に番組は終わり、急いでスマホを確認すると、奏斗のマネージャーから2件来ていた。

内容は、なんとか助かった事と、病院の場所と病室の番号だった。自分のグループには軽く伝え、奏斗のメンバーを全員連れて病院に向かう。道中、不安そうにこちらを伺いながら何があったのか聞いてくるメンバーに、後で奏斗に直接聞きなさいと告げた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

笑って、泣いて、生きて 夢噺 @kurumi0822

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ