第26話 尖塔の教区街⑨

 店の奥にある部屋に通されたウルィとカナタは驚く。

 身ぎれいな店と言っても下町の食堂である。

 表のフロアの清潔さは、せいぜい参拝通りの中堅の食堂程度であった。

 しかし通された部屋はどうであろう。

 貴族や大商人が小さな晩餐会を開くようなスペースであった。

 調度品は嫌味がない程度に煌びやかであり、ソファーも触ってみると質のいい綿が使われていることがわかる。


「そこら辺の椅子なりソファーなり適当に座っていてくれ、何か飲み物持ってこさせる」


 恐る恐るソファーを触っていたカナタが、若頭の言葉にビクッとなる。

 一瞬、怒られたかと思ったが、座ってもいいと理解したカナタはそれでも恐る恐る座ってみる。

 程よく沈み込むソファは綿を詰めてあるだけでなく、底にバネを入れているようだった。


「うわ、座り心地良すぎて、むしろ気持ち悪い……」


 思わず出たカナタの感想に苦笑する若頭。


「どんな育ち方したら、そんな感想が出てくるんだよ」


 笑いながらカナタのそばのテーブルにグラスを置く若頭。

 グラスの中身はわずかに気泡がはじけている。


「へー、炭酸水なんて作ってるの?」

「まあな、もっとも原料は配送業者おたくらに運んでもらっているがね」


 カナタがまじまじとグラスの中身を見ながら呟くと、それに対しても普通に返す。

 さっきまで一戦交える直前までの状態だったとは思えない状態だった。


「しかし、ここは一体何なんだ?」


 ウルィも疑問を投げる。


「ここは組織の親父や叔父貴上役たちの集会場みたいなもんだ」


 若頭の回答に納得したウルィは、グラスを持ち上げ中身を見る。

 そして、自分から仕事の話しの途中だが、しみじみと昔の事を思い出す。


「なるほどねぇ……。しかし戦場で『飢えた牙』と言われた御仁がこんな所の支配人とは」


 それに対し若頭、いやカイが遠くを見るような目つきになる。


「忘れたよそんな話。……狼も三食昼寝付きの寝床を与えられたら尻尾を丸めるもんだ」


 その答えに対しウルィは「そんなもんか……」とだけつぶやく。

 そしてウルィとカイはグラスを軽く合わせる。キンと透き通る音。

 二人はグラスの中身を一気にあおった。


「ところで、二人は面識があるの?」


 雰囲気良く飲んでいた二人にカナタが問いかける。


「昔、ちょっとな」

 

グラスを通して明かりを見ながら、ウルィがそれだけ答えた。


「さてと旧交を温めるのはこれ位にして、仕事の話だ」


 グラスを置いたウルィは、気分一新とばかりにパンパンと手を叩く。


「なんだ、その教師みたいなノリは」


 思わずツッコむカイ。


「気分転換だよ。ノスタルジックに首まで突っ込んだまま、商売の話するか?」


 ウケなかったことにムッとしつつ答えるウルィ。


「いや、その方が願い下げだ」


 手早くカイが返す。

 おそらく気持ちの切り替えについてはこの場にいる中でカイが一番早いだろう。


「とりあえずだ、お前たちが組織のことを聞いてまわっていた趣旨を聞かせてくれ」


 カイはウルィを見ながら問いかける。

 それに対し、ウルィはこれまでの経緯を話した。

 その間、カイは顔色を変えず聞き入っている。

 基本的にウルィの説明は手短で内容も的確ではあった。

 しかし、それ故に削ぎ取られた箇所も存在しており、それを補完するべく所々でカイが質問を挟む。


「なるほどな、だいたい把握した」


 カイはそう言いながら立ち上がる。

 そのまま、片手を顎にあてながら、椅子の周りを歩きながら考える。


「普通に考えたら、懐中時計を見捨てて王冠を届けるのが正解だな」


 ポツリとカイが言う。

 ウルィもそれは考えていた。

 懐中時計が高価な物とは言え、代替は可能である。

 それを強奪されたからと言って、配送を遅らせるのは相手の術中にハマるようなものだ。

 おそらく相手側も時計については保険程度にしか考えていないだろう。

 その正論にカナタは言い返せない。

 今は仕事の話の場だ、感情的になっては取引を成立できない。


「まぁそうなんだが、ここに相手も想定外のイレギュラーだったのが、その懐中時計よ」


 おもむろにウルィが話しだす。

 思わず驚き顔になるカナタ。

 懐中時計の詳細について、ウルィに話していないのに何故?

 いや、ウルィがを知る訳がない。

 彼はこれから嘘でカイと交渉しようとしているんだ。

 そう思い慌ててウルィを止めようとした。


「そいつには秘密があったんだよ」


 ウルィが言葉を放つ。(間に合わなかった)カナタは心の中で落胆する。

 裏稼業の構成員は嘘なんてすぐに見抜くだろう。

 そうなれば交渉は決裂である。

 後はウルィがどれだけカイを信じ込ませるかだけだ。


「秘密、……ねえ」


 カイがつまらなそうに答える。

 この手の話は散々聞いてきたと言いたげな雰囲気。


「その秘密とやらを教えてもらわなければ、俺もどうしようもないぜ?」


 口の端を吊り上げながら続きを促すカイ。

 ウルィは答えずにいる。


「どうしたんだウルィ。話せないなら交渉はここまでだが?」


 冷徹に告げるカイ。

 その時、ウルィが動く。

 同時にカイも脇に吊るしたホルスターへ静かに手を伸ばす。

 次の瞬間、直立になったウルィが深々と頭を下げた。


「あの懐中時計はカナタこいつにとって重要な代物なんだ、依頼料は支払うんで手助けしてもらえないたろうか!」


 必死な口調で願い出るウルィに、カイは毒気を抜かれたような表情になる。


「な、何いってんだお前?」


 ようやく口にできたその言葉に、ウルィはたたみかける。


「あんたらには大した値打ちもない使い古された時計かもしれないが、カナタにとってはかけがえのない物なんだよ」

がか?」


 思わずカイの口からこぼれた言葉をウルィは聞き逃さなかった。

 バッと上半身を持ち上げると意味有りげな笑みを浮かべる。

 その笑顔はとことん胡散臭い。


「なぁカイ、今『あの時計』と言ったな。って事は知ってるんだな」


 カイはカイで失敗したと言う顔で返す。


「やっちまったなぁ……、ああ知ってるよ」


 観念したのかカイが話し始める。


「昨日上がってきた故買屋のリストに有ったな」

「なら、それ買い取る! いくら?」


 食い気味にカナタが話に割り込んでくる。

 それに対しカイは手の平をかざしつつ「落ち着け」と静止する。


「リストって言っても買取履歴じゃねえよ、鑑定依頼を含めた顧客対応履歴だ」


 カイの言ったことの意味をいまいち理解できなかったカナタは少し考え込む。


「故買屋なんて裏ルートで物を捌こうなんて、普通に考えてヤバメのブツだろ」


 カイはカナタが理解できるように噛み砕いて説明を始める。


「だとしたら、俺たちも顧客対応のリストを用意しリスクを管理しないといけないって訳だよ」

「な、なるほど……」


 そこまで聞いたことで、カナタも話しの意味を理解できた様だった。


「んでだ、そのリストの中に懐中時計を売りに来たヤツが載っていたんだよ。もっとも使用感が強すぎて買い取っても鋳溶かすか、解体バラしてスペアパーツにするしかないんで買い取りは拒否したがな」


 経緯を説明したカイはグラスを手にする。

 既に中身は無い事を確認すると、奥の樽へ注ぎに行く。


「昨日のリストってことは一昨日の取引か……、他の店で売った可能性は?」


 ウルィはカイの背中を目で追いながら聞く。


「今んとこは無いな、物乞いの連中からも拾ったって話しは聞いてないので、そいつはまだ懐中時計を持っている可能性が高い」


 カイは注ぎ終わったグラスを片手にカウンターに寄りかかる。


「俺から出せる事前情報はここまでだ、お前たちは盗んだヤツをどうしたいんだ?」


 ここからが取引だと暗に示すカイに、回答を考える2人。

 先に答えたのは、経験の差かウルィであった。


「それは俺らの答え、つまりは注文で取引金額が変わるって事だろ?」


 探りを入れるように話すウルィに、無言で両手を上げるカイ。

 はぐらかしてはいるが、概ね正解だろうとウルィは踏む。

 ウルィがカナタの方を向く。


「カナタ、盗んだヤツと再び遭遇したても、今度は遅れを取ることは無いよな」


 念を押すような言い方。

 しかしカナタからすれば愚問である。

 前回は機装の操作中だったので、対応が遅れたのだ。

 十分な準備をしていれば負ける気はない。

 カナタはその自信から、ゆっくりと首を縦に振った。

 それを見てウルィは、「ようし、オッケイだ」と片頬を歪めるように笑いながら言った。


「ヤツの始末まで頼みたいが、そこまでやって人的損害が出てはそちらも面白くないだろ?」


 カイの方を向きながら話し始めるウルィ。


「ウチの勢力圏シマの外で起きたことの始末だからな、本来は俺らに全く益のない話だ」


 当然のこととカイが返す。

 確かにカイたちから見れば、他所での揉めごとを自分の庭で続けている他ならない。


「でだ、そちらにお願いしたいのは犯人の居場所の発見、もしくは俺たちの元までヤツを誘導することだ。決着は自分たちでつける」


 それを聞きカイは考える。

 いや、考えるふりをしているだけで、彼の既に答えは決まっていた。

 ただ、どこで落とし前をつけるかだけが問題だ。


[Hello World!]


 突然、緊張感に満ちた部屋に場違いな明るい声が響く。

 カナタはその聞き慣れた声がどこから聞こえてくるのか辺りを見回す。

 それは部屋の片隅に置かれた魔晶版タブレット

 どうやら時間になると自動的に起動するようにセットされていたらしい。


「なんだい、お前さんたちも『アリス工務店』の視聴者リスナーだったのかよ」


 緊張感が吹っ飛んでしまい、思わずウルィも聞いてしまう。


「情報収集だよ。仮にも一国家の王族、今や次期女王がやってる配信だぞ」


 面倒なモノを見つけられたとばかりに、面倒くさそうな表情でカイが答える。


「そんなもんなの?」


 思わずキョトンとしたカナタに「そんなもんだ」とぶっきらぼうに返すカイ。


「まぁいいや、話を戻すが依頼は『犯人の居場所を見つける』、もしくは『犯人をカナタのところへ誘導する』でいいんだな?」


 カイは改めてウルィに確認する。


「ちょ、ちょっとなんでわたしのところ限定な訳?」


 カナタが慌てて異議を告げた。


「いや、ウルィんところに誘導しても取り逃がすか、返り討ちだろうよ」


 当たり前のことをとばかりにカイが告げる。

 横で腕を組んだウルィも「そうだ」とばかりに首を縦に振っている。


「そりゃ、そうなんだろうけど、なんかわたしだけ荒事になりそうな話しになってない?」


 カナタもウルィが荒事に向いていないことは理解はしているが、何か釈然としないものを感じた。


「安心しろって、情報を聞きつけたら俺もバックアップに行くからよ」


 一人納得した風にうなずくウルィ。


「それに、代金はウルィに支払ってもらうからな」


 同調する様に話すカイ。

 その言葉に大きく首を縦に振ったウルィであるが、一瞬考え慌てだす。


「ちょっ、ちょっと待て、なんで俺が金払うことになるんだよ。これはカナタの問題なのに!」


 まくしたてるウルィだが、カイは平然としている。


「なんだよウルィ、お前まさか体張るのも金払うのもカナタに任せて、平気な顔でいる気かよ?」


 ニヤリと笑いながら答えるカイ。

 その笑みの真意を捉えたウルィは頭をかく。


「あ~あ、分かりましたよ、払えばいいんだろ、で幾らだ?」


 金貨を収めた革袋を取り出しながら聞くウルィをカイは静止する。


「今回の件は俺たちも危ない橋を渡る可能性があるからな、そんな小袋に入る程度の金貨じゃ割に合わねえよ」

「じゃあ、どうするんだよ」


 憮然と聞き返すウルィだが、大体検討は付いている。


「その、後生大事に持っている魔導士の杖だよ」


 カイの言葉に思わず顔をしかめる。

 最悪の事態を予想はしていたが、随分と高価な対価だ。

 魔導士の杖と一言に言ってもその種類は千差万別であるが、共通することがある。

 杖自体に体内魔力オドを魔術素子として貯蔵できることだ。

 その魔力を使えば通常では使用できないような、大量な魔力を必要とする魔術を行使する事も可能である。

 ただこの魔力の貯蔵については複雑な手順を踏み、長い時間を必要とする。

 その為、高い魔力を封じた魔導士の杖はそれだけで高価な代物となる。

 ウルィの持つ杖もまたかなりの魔力を封じている。

 それに目を付けたカイは、対価として杖を要求してきたのだった。


「確かに俺たちにはこの杖か、カナタの機装が最も高価なものだな」


 憮然と呟くウルィに、当然とばかりに肩をすくめるカイ。

 完全に足元を見られているのだ。

 仮に機装を対価とした場合、王冠を期日までにアリアスのもとへ届けることが日数的に不可能になる。

 同じく、取引を諦めたらカナタが仕事をボイコットする可能性がある。

 そうなればウルィの信用は一気に落ちる。

 小国とは言え王家の依頼に失敗したとなれば、今後大口の案件を任されることはなくなるだろう。

 つまりは交渉すると決めた時点で詰んでいたのだ。


「汚ねぇことするな……」


 絞り出すようなウルィの声に対してカイは涼やかに返す。


「こちらも命がかかるかもしれないんだ、当然だろ」


 言い方は違えど、先ほどと同じ答え。

 自分の中の損得勘定を量りに乗せ、しばらく苦悶の表情で悩むウルィ。

 しかし他に選択肢がないこと以外に答えはない。

 ついにウルィは大きく肩を落とした。


「分かった、取引に応じようじゃないか」


 ウルィの言葉にカイは笑みを浮かべる。

 その笑みは邪悪だが、人を引き付けるような魅力がある。


「それじゃあ取引成立だ」


 しょげ込むウルィの肩に手を回し楽しそうにバシバシ叩きながら言うカイ。

 しかし、その手を邪魔そうに払いのけ、ウルィはカイの方を向く。


「ただし、杖を渡すのは懐中時計が戻ってからだ。本当に命がかかるかわからないからな」


 普段の彼からは想像もできないほど、厳しくまじめな表情にカイも思わず後ずさった。


「了解した、こちらの命がかかってなければ確かにフェアじゃないな」

「なら頼むぞ」

「ああ明日には足取り掴んで報告するさ、それにアフターケアも十分にやってやるさ」


 部屋を立ち去るその背中に、カイはそう宣言した。

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