6話 抱え込む前に、誰かに相談することをお勧めする。


時は清水宏介の死を目撃した時点まで戻る



(柳瀬大雅視点)

部屋に戻ってからも、吐き気は止まらなかった。

死体が沢山出た。

しかも同じクラスの人間だ。

その全員と言葉を交わしたことがあるにも関わらず、その存在がもう二度と動かない存在となった。


首元に触れる固い装置の感触が、常にナイフを突きつけられている感覚にさせてくる。


「なきり、そろそろ部屋戻っとこうぜ、外いるの危ないし!」

友人だった宏介は死んでしまった。また死体が自分の前に転がっている。

最初は死体を見てすぐに吐き気に襲われていたのに、今はそんなことはない。

慣れたといえば嘘になる。でも気づいてしまった。


僕は人が死んだという事実を恐れているわけじゃないんだ。


「そうだね!心配してくれてありがとうだけど、大雅も危ないのは同じだから!」

「僕は男だから大丈夫だって〜!」


嘘だ。大丈夫じゃない。僕が怖いのは、自分自身が死んでしまうかも知れないということだ。


ここに来て、自分がどれだけ自分のことを愛していて、自分しか見えていないかに改めて気づいた。誰かに想いを向けられても、受け止めきれなかったのは、多分僕が僕しか見えていなかったからだ。女子にモテるなんて言っても、僕には辛いことでしかなかった。


「やっと気づけた。僕はここでなんとしても生き残るしかないんだ。」

そんな事をブツブツ考えながら、歩いていると地下の運動場に向かう日向と、その後ろをコソコソとついていく麗、陸斗を見つけた。なんだか様子がおかしい。


「なんだろう…。」

僕はそのまま3人の様子を入り口の物陰からこっそり見ていた。


「椎名〜、ここにいたんだ」

そう言って麗が日向に突きつけたのは包丁だ。

日向は一瞬驚いた顔をしたものの、冷静に包丁を交わし反撃に出る。


ものの一瞬で後ろにいた陸斗まで簡単に日向に殺されてしまった。

日向は死体を眺めながら、笑みを浮かべている。


「日向、アイツ最初はカウンターしただけかと思ってたけど、日向自身も二人のうちどちらか、いやあるいは両方を殺したいって思っていたかのように見えるぞ…。」


しばらく死体を見ていた日向だが、我に返ったのか、包丁をその場に捨てると急いでこっちに走ってきた。僕は焦って逃げようとするが、サッカー部の足の速さを舐めていた。


「大雅じゃん…。」

「よ、よお。」


言葉に詰まる。今の状況を見ていた上で味方をするという意思表示をするべきか、はたまた通りかかっただけで、何も見ていなかったことにするか。


無理だ。この状況で、もう嘘は通用しない。

僕には武器はないし、抵抗することはできない。


「今の見てただろ??」

「え、」

「見てたんだよな??」


日向の目が怖かった。いつものように周りに振りまいているあの細まった目ではなく、僕を敵だと認識すれば確実に排除するという意志のこもった目だった。


「うん…。」


蛇に睨まれた蛙のように、ごく自然に首を縦に振ってしまうと、死体の横に置いていたと思っていた包丁を胸元から取り出した。


「俺は自分で殺しをした以上、他の誰かに殺される可能性だった考えてる。」

「うっ…。」


喉元に包丁が突きつけられて、身動きがとれない。

下手に動いて装置に触れでもすれば、包丁での傷で死ななくとも、この装置の誤作動で死ぬかも知れない。


「言うなよ。誰にも。そんで、大雅、お前は俺の味方をしろ。いいな??護衛だよ。何も人を殺せとは言ってない。守ればいい。」

「わ、わかったから…。」


息が詰まって咳き込んでしまう。包丁は降ろされた。


「じゃあ、俺はもう行くから。お前もここは離れといたほうが良いぜ。見られると色々と厄介だしな。」

そのまま日向は包丁を再度自分の服の胸元に隠すと、そのまま行ってしまった。


「誰かに殺される可能性、か…。」

それは日向だけではなく、僕自身にもあることだ。僕はすぐになきりの部屋へと向かった。




日向に半ば強制的に協力を強いられてしまった。

日向にここで殺されない代わりに、この先の日向の身の安全を確保する。

それはつまり日向のペアである小杉桃花も同様に守る必要がある。


「このことは、流石に僕のペアのなきりにも、言っておくべきだよね…。」


なきりは普段は天然だけど、かなり努力家で優しい、可愛らしい女の子だ。僕はなきりがペアだったことがこの異常な空間の中での唯一の救いだったりする。

自分が生き残れば、必然、なきりも生き残る。


このシステムが僕となきりの存在を同化させもしていた。


「なきりにはなるべく、何も隠さないでおきたいし!」


今、この異常事態において僕は、なんとなく、なきりのことも自分と同じくらい大切に思っている。もちろん自分が死なないためでもあるが、もしそうでなくとも、なきりの存在を失うのが嫌だという感情がある。


多分今は部屋にいるだろうし、なきりの部屋の前まで行けばきっと会えるだろう。

少し跳ねる足取りで彼女の部屋の前に行く。


「なきりー!!」


ドアをノックして呼び出すが、中になきりがいる様子はなく返事もない。まさか何か事件に巻き込まれたんじゃないだろうか。


「あ、大雅じゃん。」

「梓。何してるの?」

「今から鈴のところに安否確認行くとこだけど、その部屋の前ってことは大雅もペアの安否確認?」

「まぁ、そんな所。」


さっきまでの一瞬で起きた一連の殺人を、梓は何も知らない。だからこそ、この僕が日向を護衛する身であり、もう普通ではないことすらも知らない。


「なきりなら、さっき悠仁に呼び出されてたけど、まぁ、あの様子だとあれだろうね…」

「あれって?まさか殺人!?!?」

「はぁ??なに言ってんの?普通に告・白・だ・ろ!悠仁はなきりのこと好きっぽ渇したなぁ~。けど、どうだろうな、うまくいくとは…」


梓の言葉が頭に入ってこなかった。


告白…。


こんな異常事態に一体悠仁は何を考えているんだ。前から確かになきりが気になっているとずっと言ってはいたけれど、まさか今告白するなんて。


こんな状況だ。なきりはどう返事をするのだろうか。なきりは悠仁のことを好きなのだろうか。もし、なきりが承諾したら?僕は悠仁をも守らなくてはいけないのか?


いやそれ以上に、なきりと悠仁が付き合ってしまうのは、なんだか嫌だ。



きゃあああああああ!!!!



断末魔のような、空気を切り裂くような叫び声が聞こえて、僕は急いでその声の鳴り響くところに行った。梓も後からついてくる。もしこれがなきりのものだったら、どうしよう!!


「鈴!!!大丈夫なの!!!?」


梓が焦ったように鈴の部屋に呼びかけている。

叫び声はどうやらここから聞えてきていたらしい。


鈴の部屋のドアは開いていて、そこから見えるのは、赤い血…。


「梓!!!」

もしここで鈴が死んでいるなら、梓もこの瞬間に血を吹き出して死ぬ。

「大雅!!早く手伝って!!鈴が立てないって!!!」

梓はしきりに自分の腕に手を当てて、平常心を保とうとしている。


「鈴は生きているのか。じゃあ、この血は…。」


そこで死んでいたのは琴葉だった。首もとから血が吹き出しているように死んでおり、その手にはハサミが握られている。この状況からみて鈴が殺したとは考えにくい。むしろ琴葉の方が鈴を殺そうとしていたように見える。


「あ、ありがとう…。」


鈴は腰が抜けて立てず、血の海に座り込んでいたらしい。


僕は鈴の肩を支える形で鈴を救出した。

梓は血にまみれながら、鈴の部屋で首から血の吹き出した琴葉の死体を廊下に引っ張り出す。


「はぁ…。鈴が無事で良かったけど、この死因を見るに、ペアが殺されたってことだ…」

琴葉のペアは、そういえば悠仁だった。

でも、悠仁は梓の話によればなきりのことを呼び出して、二人で話しているはず。

それも告白をしようと…。


「僕ちょっとなきりが心配だから探してくる!」

「お、おう!鈴は動けるなら、自分の部屋掃除しちゃいな…。これは別に鈴が殺したわけでも、鈴のせいでもないから。」

梓が鈴を慰める中、僕はその場を足早に後にした。



なきり!なきり!

悠仁が死んでいる可能性が高い今、その場にいるなきりもきっと危険な目に遭っている。でも、僕が死んでいないということは、なきりはまだ生きてる。



「なきり!!!」

「あああぁ…。あああああ。」


自動販売機の前でなきりは怯えたような声を出していた。そこには悠仁の死体が落ちており、なきりの右腕からは大量に出血している。


「悠仁…が…。」

「それより腕の傷!!!」


誰かの襲撃だろうか。悠仁は確実に殺されており、なきりは腕を切りつけられたている。おそらく、犯人は僕が来たことで殺しきれず、逃げたのだろう。


「ごめんね、大雅…。私の不注意で、まさか理沙に狙われるなんて思わなくて…。」


理沙。


そういえばあいつは食堂で死んだ二人の第一発見者としてみんなに報告していた。この状況からみても、なきりと悠仁を殺したのが一番最初ってわけじゃなさそうだ。

ペアでもない二人を同時に殺すことはリスクの方が大きい。

そう考えると今までの殺人とも結びついてくる。


「紅井理沙、あいつがどんどんみんなを…。」

そうだ。なきりはまだ、麗と陸斗の死に関して知らない。

日向の犯した殺人について。


「いや、今は応急処置が先だ!」

頭の中に浮かんできた不安、それらを誰かに言ってしまうことで楽になりたかった。

けれど、今は腕の傷の方が深刻だと、気を取り直すことができた。



「これ、包帯!」

「ほんと、鈴は絆創膏もそうだけど、包帯まで持ってるんだね…。修学旅行でどんだけ大けがすると思ってたの?」


荷物は回収されていなかった。だからこそ、修学旅行のつもりで持ってきた荷物、着替えだったりタオルだったり、そういうものは自分の物を使うことができた。

むしろ、自分の物以外は何も配給されないから、使えるのは食堂の食器類のみといったところだ。


「ありがとう…。」

なきりは涙ながらに、包帯を受け取ると、ここで出血しても困るから、部屋の洗面所でつけると、部屋に戻っていった。


「大雅、あんたも顔色悪いし、もう戻りな。」

梓に言われて、我に返る。そうだ。ペアの相手に、言いたかった。日向のこと。

「梓、鈴…。」

二人が息をそろえて、こちらを見る。


「理沙には気を付けろ。」


二人のことを信用しないわけじゃない。それでも、やはり何が起こるかわからない。ペアの相手じゃない、そんな二人には日向のことは言えなかった。


「理沙?」

「これまでの殺人、今回のなきりのことも、全部理沙なんだ。」


戸惑ったように二人がこちらを見ている。僕は、そんな二人を後に、なきりを追った。ケガをしたなきりであれば、ゆっくり歩いているだろうし、今ならまだ間に合うだろう。




「なきり!!なきりに話しておきたいことが、あったんだ…」

案の上、なきりはゆっくりと部屋までの道をたどっていた。

「真剣…。わかった。何か事情があるんだよね?一瞬だけ包帯まくから、その後、あの自動販売機の前で話そう…。」

僕は肩に背負っていた重いものが少しだけ軽くなった気がした。話せばきっと、もっと軽くなるはずだ。


なきりはすぐに来た。包帯がぐるぐると巻かれ、痛々しさが増していた。そうだ。痛いはずだ。それなのに、なきりはそんな様子は一切見せない。

「ごめん。」

「大丈夫だよ。」

僕はなるべく簡潔に、それでいて完全に、現状をなきりに説明した。




自分が好き。自分が愛おしい。だからこそ、みんなにも自分を愛してほしい。


愛されキャラという素敵なポジションを、この僕が欲しがらないわけがなかった。そんな時邪魔だったのは、日向だ。男女別け隔てなく接する日向の態度、一軍女子の一人である中井桜と付き合うことになり、充実した毎日を送る人気者。正直言うと、クラスの男子はみんな心の底ではアイツが羨ましくも、妬ましかった。



「だから、あのアンケートが配られた時、日向以外の全員は日向の名前を書いてたんだ。後で話しているときにそんな話が出た…。複数回答したってやつもいたみたいだけど。」

「へぇ…。」


僕の話になきりは曖昧な返事を続ける。


「日向のことが嫌いだってみんな思ってるけど、今の僕は立場上日向を守らなくちゃならない。これをなきりにも伝えておこうと思って…。」


「…ょわ…。」

「なに?」

なきりは小声でいった言葉を僕は聞き返す。




「弱すぎぃぃぃ!! 何ビビってんのダッサぁああ!! は??嫌いなやつの護衛??殺されるのが怖いからぁ??? ペアとして恥ずかしいんですけどぉおお!!」




「え…。」

あの大人しくて、優しくて、天然で、女の子らしいかわいい女の子、なきりが、なきりが、なきりが。

「私さぁ???お前みたいな偽善者気取ってるやつ、一番キライなの。嫌いなやつすら殺せないような意志弱いやつは、


――死んじゃえば??」



なきりがそこまで言ったときには、すでに僕は自分の脚では立っていられなくなっていた。周りに笑顔を振りまく日向は、殺人にも慣れて、その上人を服従させるのも厭わない。優しくてかわいいと思っていたなきりは、罵詈雑言を自分に向ける。


「もう…わけわかんないよ…」


自分の信じていたものが、一気に崩されていく。

なきりに話して楽になろうと思っていたのに、むしろ苦しくなるばかりだ。


「はいこれ。楽になりたかったら、これを首に当てるだけでいいんだよ…」

手渡された包丁を首に沿わせる。しかし、いざ自分の首を切ってみようと思うと手が動いてくれない。それより、なんでなきりは包丁を持っているんだ?

「む、無理だよ…。僕には自殺、なんて怖くて…」

何も頭が働かない。まぁいいや。楽になれればなんでも。

「大丈夫。ちょっと力入れてみてよ。」


ギュッ


言われるがままに、包丁を持つ手に力を入れる。それを、なきりがそっと押す。それだけで、とても簡単に、首の大事な血管は裂けた。


ブシュッ



「あ、飛んだ。あーあ、トマトケチャップに本物の血が混ざっちゃった…。」




本日の死亡者))

柳瀬 大雅:大柄な体格に比例するように大らかな性格だった。色んなことに寛容な彼が本当に愛していたのは自分自身だけで、人にも優しくできる自分という存在に自惚れていたらしい。





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