第3話 リサーリアの境遇②

 蔦を分けると錆びついた一枚の扉が現れた。

 かつて、勝手口として使われていたのだろうか。


「開けばいいのだけど…くっ!」


 取っ手を回したがびくともしない。


 鍵は掛かっていないようだが、錆びついた取っ手は固くてなかなか回らなかった。


 一旦油を取りに家に戻り、それを取っ手にかけてなじませた。

 布を巻いて、もう一度取っ手を回した。

 ゆっくりゆっくりと回り始め、鈍い音を立てながら扉が開いた。


「やった!」


 扉の向こうは川が流れており、壁伝いに人ひとり通れるくらいの足場があった。


 そっと降りて、右側に歩いてみた。すると階段があった。

 階段を上った先には鬱蒼とした雑木林が続いており、そこを抜けると街を見下ろす高台に出た。


「これで街に行ける!」


 私はそこに一筋の光を見たような気持ちになった。


 それから私は刺繍をした品物をもって、街に売りに行くようになった。

 当時の私はやっと10歳になったばかりだった。

 けれど、街の人たちはそんな子供の私を受け入れてくれた。


 子供相手でも作った品をきちんと査定し、それに見合った対価を払ってくれる雑貨店の店主さん。

 いつもおまけをしてくれるパン屋のおかみさん。

 少し傷んで売り物にならないからと、高い果物を無料でくれるおじさん。

 

 私は街で働く平民の人たちの優しさに救われた。

 私たち親子を助けてくれたのは実の父親でも伯爵家という貴族の身分でもなく、何の肩書もない平民の人たちだった。


 ところが私が18歳になったばかりの時、母が突然亡くなってしまった。

 元々病弱な人だったけれど、連日の雪の寒さですっかり体調を崩してしまっていた。

 何とか父に頼み込み、医者を呼んでもらえたけれど間に合わなかった。


 その時の父の一言が忘れられない。

「無駄な事をさせやがって…」


 私は家を出ようと決心した。

 母がいなくなった場所に未練も何もなかったから。

 街に出て、平民として暮らしていこうと。

 

 しかしその前に、私の結婚が決まってしまった。

 その相手がグリフォンド伯爵家のご令息モートン様だった。


 父としては持参金を払ってでも、私を家から追い出したかったのだろう。

 だから、家を出る時に釘を刺された。


「たとえ離縁されたとしても、戻ってくることは許さん。持参金を返してもらい、それで生きていけ」

 

 もちろんです。たとえ離縁されたとしても、こんな家に戻る気は毛頭ございません。


 そうして私は、国の最北端にあるグリフォンド伯爵家に嫁いできた。


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