第14話 俺達の選択

 演習場での激しい訓練を終え家に戻って来た。休憩がてら今は皆で囲炉裏テーブルに座り、キンキンに冷えた麦茶を飲んでいる。


 「かぁ~旨い。訓練後の麦茶は格別だぜ。暫く先生は家に帰って来ないんだよな?」

 「そうだよ。ユリアン。先生は今、街の外へ軍と共に遠征中だよ」


 ロミーがユリアンの質問に答える。


 「俺達けっこう強くなったと思わないか?」

 「どうしたのさ。急に」


 タリアがすぐにユリアンに聞き返した。

 

 「まぁ……そりゃあ。毎日あれだけやって、全く強くなってないとか泣いてしまうでござるよ」

 「そうだよな。俺達は強くなった……。試したくないか?」

 「試す……でござるか?」


 皆が一斉にユリアンへ視線を向ける。


 「そうだ。俺は自分の力を試してみたい。そして、強くなって一刻も早く先生の助けになりたいんだ」

 「そりゃ僕達も先生の力になりたいさ。でも――」

 「街の外に行かないか? 俺達だけで……。ロミー。皆で行こうぜ」

 「先生も居ないのに危ないよ」


 ロミーの言葉に皆も頷く。


 「居ないから行くんだよ。もちろん危険なことはわかっている。俺達は一秒でも早く強くならないといけない。そう思わないか?」


 「思うけど……外は危なすぎるよ」

 「俺達にはこれがあるだろ」


 ブーストギアを見せる。


 「危なくなれば逃げれば良い。これがあれば可能だろ? 俺達は先生に甘えすぎなんだよっ!! 先生が俺達にどれだけ貴重な時間を割いているか……。お前らも分かってんだろ? 毎日のように日本語や勉強、稽古……生きていく上で必要であろうものは、何から何まで全てを教えてくれている。先生は優しいからな……そんなこと気にしないだろう」


 「「「……」」」


 「俺達はいつまで先生に甘えるんだ? もう十分に育ててもらっただろ? 特別にこんな最新装備まで与えられて……まだ守られる側にまわるつもりか? 違うだろっ!! 助けるんだ。先生はこの国全てを守っているんだぞ? 俺達で少しでも先生の負担を減らしてあげようぜっ」


 いつになくユリアンは必死だ。

 何かあったのか?


 「この街の外では多くの兵士達が今も死んでいる……。戦っているんだ! 思い出せよっ!! 俺達は強くなる必要があるだろ? その為に……皆で一歩進もう。『俺達はもう大丈夫です』って、先生を安心させてあげようぜ。……お前らが反対ならそれでも良い。俺は明日一人でも行くぜ」


 そう言うとユリアンはどこかへ行ってしまった。


 「どうしますか?」ロミーは皆に尋ねる。

 「どうするって一人で行くなんて危なすぎるよ」


 心配そうな声で必死に訴えるアカリン。


 「あんな勝手な奴、放っておけ」

 

 「あんの馬鹿……。何急に熱くなってんだか……。そんなこと……あんたに言われなくても……チッ」

 

 「アイスベルもタリアも少し落ち着くでござる。拙者はユリアンの言ってることも一理あると思うでござるよ」

 

 「僕、ユリアンの気持ち分かる。でも先生に内緒良くない。この手を見て。皆も同じ。やらされて来たんじゃない。僕達は強くなりたくて小さい時から毎日稽古してきた。先生の力にも早くなりたい」


 剣だこで硬くなった傷だらけの手を見せるアベル。


 「でも、一人で行くなんて絶対駄目だよっ!!」

 

 「じゃあ皆で行くのか? 桃香。皆が危険の中に飛び込むことになるぞ? 無事に帰ってこれるなんて保証なんか無い。怪我で済めばまだ良い。下手をすれば待つのは死だ。全員死ぬかもしれない。そうなっても良いのか?」

 

 「そ……それは……良くない……けど、一人で行くなんて絶対間違ってるっ!!」


 アイスベルの問いに、普段は声が小さい桃香が声を荒げた。

 

 街の外に行くと聞いた時、俺は真っ先にこの街に来る前に襲われた機械の巨人のことを思い出した。

 あんな怪物にもしも襲われたら……俺達だけで何とかなるのか……?


 「俺達の選択肢は三つだ。『一つ目は、このまま一人で行かせる』『二つ目は、行かせない。何とか説得するか、力尽くでも止める』『三つ目は、皆で行く』だ。多数決でも取ってみるか?」

 

 俺は指を三本立てて皆に聞いてみた。


 「「「……」」」

 

 「さっきのユリアンの『甘えている』という言葉……正直効いた……。自分に言っているのかと思った。俺は六十歳を超えているのにな。一緒になって十三さんに甘えてしまっている……。でもだからと言って、街の外に俺達だけで行くのはどうなんだ? とも思った。アイスベルの言うとおり危険すぎる」


 俺達だけで街の外なんて本当に可能なのか?

 下手をしたら死人が出る。

 そんなことになったら――。


 「ユリアンをもう一度説得してみるよ」 

 「説得に応じない時はどうするんだい? あの調子じゃあ、あの馬鹿は何言ったって聞かないよ」

 「その時は俺が一緒に行く。皆は残ってほしい」


 確かにタリアの言うとおりだ。

 ユリアンの説得は……難しいかもしれない。

 それぐらいの気迫を感じた。


 「私も付いて行くっ!! 二人で行かせるなんて出来ないかな。一人より二人、二人より三人、でしょ? えへへ。ユリアンは一緒に来てほしいと思ってるよ絶対っ!!」

 

 「拙者もアカリンに賛成でござる」

 

 バルが賛成すると他の皆も同じように続いた。


 「僕も行くっ!!」

 「私も」

 「僕も行きます」

 「しょうがないね。うちも行ってやるか」

 「……。わかったよ。俺も行く」


 最後にアイスベルが観念したように答えた。


 「アイスベル。本当に良いのか?」

 「ああ。二言は無い」

 「皆も分かってるのか? 死ぬかもしれないんだぞ?」


 皆の顔を一人ひとりしっかりと確認する。


 「朔太郎。心配しなくてもわかっています。僕達はずっと一緒に生きて来ました……。辛い時も楽しい時も……。一人だけ危険な所へ行かせるなんて、やっぱり出来ません。ユリアンも悩んだ末に出した答えだと思うんです。ユリアンの言っていることもわかりますしね。だったら一緒に乗り越えるだけですよ」


 ロミーの言葉に皆が頷いた。


 「それに、一人で行かせて帰って来た時、何言われるか分かりませんからね。『実戦を積んだ俺の方がお前らより強い』とか言い出しますよ絶対」

 「うわ~。それ言いそうでござる……」

 「ほんとそれな。言いそうだわ~」

 

 バルとタリアがそう言うと、ドッと笑いが起きた。


 「皆の気持ちはわかった。では明日から街の外に出るつもりで、各自準備をしておいてほしい。ブーストギアの燃料は持って行けるだけ持って行こう。何があるか分からないからな。俺はユリアンと話して来る」

 

 家の中を探索すると、薄暗い道場の後ろに立つユリアンを、すぐに見つけることが出来た。


 「これ良い写真だよな?」


 気づいていたのか。


 「ああ。ブリしゃぶの時の写真を見ていたのか……。俺もその写真すごく好きだな。あの時写真を撮ってここに飾ってくれた桃香に感謝だな」

 

 「桃香は良い仕事したぜ。皆楽しそうな顔してやがる」


 写真を本当に楽しそうに見るユリアンに、俺も自然と笑顔がこぼれた。


 「ユリアン……最後にもう一度聞いておく。今、行かないといけないのか?」

 「……俺は行くぜ。一人でも」

 「死ぬかもしれないぞ」

 「それでも行く。そう決めた。……外ではみんな命をかけて戦っているんだぜ? 命の保証なんて誰もしてくれない。先生に一生守ってもらうのか? 違うだろ? 命を賭けて戦うのが早いか遅いか……だろ? なら俺は早い方がいい」


 やはり駄目か……。

 覚悟を決めている。


 「ユリアン。明日全員で行こう。『一人では行かせられない』というのが皆の意思だ」

 「……。 そう……か……」


 嬉しそうな顔をしているように見えた。


 「ユリアン。分かっていると思うが、皆を危険にさらすことになるんだぞ? それで良かったのか? 俺にはわからない。正直……今でも迷っている」

 

 「皆が傷付くのは……良くねえ。でもこのままじゃ駄目なんだよ。先生が常に俺達全員を守ることなんて出来ないんだ。俺達は早く強くならないといけない。いざ何かあった時、頼れるのは自分だけだ。そうだろ?」 

 

 ユリアンの真剣な瞳がじっと俺を捉えた。

 確かにユリアンの言う通りかもしれない。

 俺の考えは甘かったようにも思えた。

 この世界はいつ何が起きたって不思議ではない。

 

 「そうだな。ユリアンが正しいのかもしれないな」

 「あいつらは俺が死んでも守るからよ……」


 本気でそう言っていると感じた。

 少しはにかんで明るく振舞ってはいるが、その瞳には覚悟が宿っていた。


 「でも、何か考えはあるのか? 街の外とは言っても広いからな。この島を探索するのか? それとも海の下へ潜るのか――」

 

 「知ってるか? 朔太郎。つい最近だが、そう遠くない所に新たな島が発見されたんだぜ。けっこうでかいらしい。まだ調査は全然進んでいないらしいんだがよ。滅びた街があるって噂だ。沈んでいない街があるなんて凄くないか? そこへ行こうと思ってる」

 

 「近くでそんな島が発見されていたなんて知らなかった。分かったそこへ行こう。何だか少しワクワクして来たよ。とても興味が湧いた。じゃー準備もあるから俺は戻るぞ」

 

 「ああ。俺はもう少しここに居る」


 道場の出ようした時だった――。


 「朔太郎っ!!」


 俺は無言で振り返った。


 「お前のこと……頼りにしてるぜ」


 数秒だったが、真剣なユリアンの眼差しから目が離せなかった。


 「ああ……任せておけ。この天才に任せておけば何も問題はない。大船に乗ったつもりでいろ。フハハハハ」

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