第2話 懇願

 ――――ッ!!


 は?

 西暦二三〇〇年の未来から俺を殺すためにタイムトラベルして来ただと……!?

 この爺呆けているのか?

 そんな馬鹿なっ!?

 ありえない……。

 

 「信じろとは言わない。ただ事実を受け止めろ。……これを作る技術が今の世界にあるのか? これは未来のスマートフォンとでも言えばいいか。他にもいろいろな機能が備わっておる」

 

 爺は左手の人差し指を耳に向ける。

 銃口は俺の額に向けられたままだ。


 「この小手は力を上げ、防御シールドを展開できる。こっちのブーツは瞬発力やジャンプ力、水上を滑ることも可能だ。こんなものが現代に存在するか?」


 確かに洗練された未来的な金属のような何かが、肘から下と膝から下に装着されている。


 「今日お主が彼女を起動させることを知っていた。これが一番の証明になるのではないか? まぁ、今から死ぬお主に信じてもらう必要は無いのだがな」


 そう言って爺はいきなり拳を地面に叩きつけると、物凄い音がしてコンクリートの床が陥没した。

 

 ――――ッ!!


 「……か、仮にだ。爺さんが未来から来たと仮定して。爺さんは彼女と話したことがあるのか? その時のことを教えてもらえないか?」


 「悪いが話したことも会ったこともない」

 

 「そうか……。彼女が人間を虐殺したのか!? さっき見せてもらった映像には一度も映っていなかった。……映像があるなら見せてもらえないか?」


 「悪いが映像もない。彼女が直接虐殺したという話も聞いたことがないな」


 「なら……何故だ!?」


 彼女は殺していないと聞いて少し安堵した。 


 「お主の研究成果は、ある日、ある人物に盗まれる。それから人工知能の開発は急激な進化を遂げる。彼女が虐殺に加担していたのかは分からない。でも、彼女を起動しなければ人類の未来は変わると儂は思っておる。ついでにお主を殺しておけば、更に安心できるというものだ」


 爺が眼光を鋭くし、銃口をこちらへ構え直した。


 「そ、そんな……。け、研究データは全て処分する。もうロボットは作らない。彼女にも人類を虐殺なんてさせない。誓う。俺には彼女がなんだ!! それを奪わないでぐれ……頼む。アイと……アイと話しをさせてぐれ……お願いします」


 俺は泣きながら懇願した。

 爺さんはじっと俺を見ている。


 「…………。残念だがお主は何もできない。例え今、儂がお主を殺さなくてもな」

 「何故だ!」

 

 「お主は、三ヶ月後に…………死ぬ運命だからだ」


 ――――ッ!!


 俺が三ヶ月後に死ぬ……!?

 笑えない冗談だ。

 ……事故死か?

 ……まさか彼女に?

 ありえない。


 「俺は殺されるのか?」

 「そうだ」

 「そいつに研究データを奪われるのか?」

 「そうだ。お主はそいつに何もかも奪われることになる。研究データはもちろん……お主の後ろにいる大事な人形もだ」

 「……だ、誰か教えてもらっても……良いですか?」

 「……まあ良いだろう。そいつの名は――――」


 あいつがっ…………!!

 知っている名だった。

 ありえない話ではないと感じた。

 俺のそいつの印象は、いけすかない奴。

 怒りがおさえられない。

 どうにかなってしまいそうだ。

 アイが奪われるっ!?

 そんなことは断じて許容することはできない。

 

 殺されるぐらいなら……。

 アイを奪われるぐらいなら……。


 殺してやる——。

 

 これだけで良い。

 この言葉だけを頭に深く刻み込んだ。


 「爺さんの言っていることを全て信じます。彼女がとても危険な存在であるということも理解しました。……それでも……それでも彼女を起動することを許してほしい……です。彼女自体が人間を虐殺したわけでも、ロボット達を先導したわけでもないじゃないですか。俺には彼女が悪いことをするとは、どうしても思えない」


 「駄目だ。その人形はここで壊し、貴様もここで殺す。この場所も燃やしデータも全て破棄する」

 「アイは人形じゃないっ!!」


 アイのことを何度も『人形』と言われ無性むしょうに腹が立った。


 「三ヶ月で良い……三ヶ月でも良い……。頼むよ。待ってくれないか!? 猶予は三ヶ月あるはずだろっ? 俺達が何をしたって言うんだよ! 悪いのは奪って悪用する方じゃないのか!? 殺すならそいつを殺してくれよ!!」


 爺さんに向かって泣き叫んだ。 


 「……」


 俺は爺さん近寄り縋りついた。


 「俺はどのみち三ヶ月後には死ぬんでしょう? ……一度で良いんだ!! 死ぬ前に、彼女が動いているところを……。笑っているところを……。どうしても見てみたい! 彼女と話してみたいんだよ……。そのために俺は生きて来たんです……! そのためだげに……。彼女は俺の全てなんでず! 俺の命を分けた子なんでず! このままでは死んでも死にきれない! このまま諦めることなんて……できない。起動させることを許してほしい。……どうか……どうかお願いしまず——」


 嗚咽を上げ泣き崩れ、額を強く床に押し付けながら爺さんに土下座した。ただひたすらに土下座し続けた。

 

 「…………」


 沈黙が続く中、爺さんは黙って俺の前から動かなかった。

 


 「はぁ……やめだ」

 

 五分くらい経っただろうか。

 爺さんが大きくめ息を吐き出した。

  

 「儂も年を取ったということか……。こんな小僧にほだされるとはな。儂の言うことには絶対従ってもらう。絶対にだ。従わない場合はすぐに殺す。分かったな小僧? 土下座はもう良い。立て」

 

 「ありがとう……ございます」


 爺さんが初めて銃を下ろした。

 

 「武田たけだ十三じゅうぞうだ」

 「青風あおかぜ朔太郎さくたろうです」


 十三さんがかすかに笑ったように見えた。

 気のせいか?


 「それで? どうするんだ? すぐに起動するのか?」

 「……起動します。いですか?」

 「好きにしろ」


 「小僧。肝に銘じておけ。お主が開発した技術を元に、遠い未来、人類がほぼ壊滅まで追い込まれたということを。お主やそこの嬢ちゃんにそんなことをする意思が無くとも、お主の技術を奪い悪用した奴がいる。そのことをよく考えろ」


 「はい……」


 「儂は奴らと永いこと戦ってきた……。奴らは強い。儂の仲間も家族もほとんどが殺された。ロボットがロボットを作るんだ。人間を殺すためのロボットをな。そして弱い所があれば改良し、無限に量産される。恐ろしいぞ本当に。このままでは、遠い未来そんな世界がやって来る」


 「……」

 

 俺の技術の所為せいで……世界が滅ぶなんて……考えもしなかった。

 十三さんが言ったような未来には絶対してはいけない。

  


 十三さんは、研究所の隅まで歩いて行き、腕を組んで壁にもたれかかった。

 『邪魔はしない』ということかな。

 

 俺は端末画面の前に行き、起動コマンドを今度は躊躇なく実行した。

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