第9話『繋がってさえいれば』
「よし! 今日は久々の休日だし、遊びに出掛けようか!」
下宿所に来て約一週間が経過した。
休日だからと普段よりも遅く起きたホノンがそう言う。
寝癖が現代アートみたいになってるな。
ホノンはクルクル巻きの寝癖を5分で制圧し、リタを懐柔する。
意外なことにリタも乗り気らしく、直ぐに出発の準備に取り掛かった。
俺も街で出歩けるような格好に着替える。
そういえば、俺は転生した時は既に服を着ていた。
あれはつまり、転生した後に誰かが着させたということだろう。
一体誰が......ていうか、そう考えると怖いな。
「早く早く! ボクたちはもう準備出来たよ!」
扉を開けると、普段よりも整った格好をした2人が立っていた。
リタは黒を基調とした服、ホノンは白と水色だ。
一週間経っても相変わらず、ホノンの性別は分からない。
エトラジェードの中心市街地に着いた。
ここは太陽が出ている時間ならばいつも祭りのように賑わっている。
この都市にも少し慣れてきたが、やはり壮観だ。
この世界では珍しいガラス張りの服飾屋、魔術の道具店。
カフェで新聞片手にコーヒーを嗜む小洒落た奴、給仕の店員。
噴水の近くでは何やらタロットを切るピエロが......って。
「あれ、この前いた大道芸人じゃないか?」
「ホントだ! でも、今日は大道芸じゃなさそうだね」
俺がこの街に来た時に芸をしていたピエロが、今日は少し様子が違う。
黒いシルクハットと赤い蝶ネクタイを身に纏い、まるでマジシャンのようだ。
ホノンは躊躇うことなくピエロに近づき、声を掛けた。
「こんにちはー! 今日はマジックですか?」
「おや、君は先日のリトル......ボーイ、ガール?」
「どっちでもいいさ!」
先日も感じたが、このピエロは独特な雰囲気を放っている。
笑顔や笑い声を見せるが、どこか品というか、丁寧さを感じる。
目が思わず引かれるような所作にはカリスマ性があるのだ。
ピエロと少しばかり話し、マジックを見せてもらい、拍手を送る。
ホノンが手持ちの銅貨を1枚シルクハットに入れると、ピエロが無駄に恭しい様子で礼をし、銅貨をつまむ。
銅貨を手のひらで包むと、銅貨は不意に消える。
「本当にスゴいマジックだね! タネが全然分かんない!
世界一のマジシャンなんじゃない?」
「アハハ、お客さんはお世辞がお上手だ。
私の本職は占い師。ピエロやマジシャンなんてのは他にいくらでもいますからね。
銅貨1枚で何でも占いますよ?」
「ホント!?」
商売が上手いというか、話術がテクいというか。
このピエロが悪人だったらホノンは直ぐに騙されそうだな。
ホノンは結局、2枚目の銅貨をピエロの手の上に乗せた。
「ではでは、ご覧あれ!」
ピエロはタロットを取り出し、華麗な手捌きでシャッフルする。
カードが宙を舞い、弧を描き、唐突に消え、現れる。
最終的に1枚のカードが弾き飛ばされ、ホノンの手に収まる。
剣を持った男が阿呆面で空を仰ぎ、何かを見上げている。
左右に生えた木は緑だけでなく赤や紫など変な色で塗られている。
剣に付着した赤紫の液体が血のように見えて不気味だ。
「これは......ふむ、あまりよろしくない」
「どーゆー占い結果なの?」
「"軽率"、"弛緩"、"発見"。
日々油断なく生きよ、という運命からのメッセージでしょう」
真面目腐ったおどろおどろしい声でホノンに哀れみの目を向けるピエロがそんなことを言う。
ただホノンを怯えさせてるだけだなコレ。
余興の一環だと悟ってしまうと一気に熱が冷める。
「ボっ、ボクは油断なく生きてるから、シンにあげるよ!
きっとコレはキミへのメッセージなんじゃないかなぁ!?
そうだよね! そうだと言ってよ! なんで無言でカードとボクを見比べるのぉ!?」
今の涙と鼻水でぐちょぐちょになったホノンの顔とタロットの阿呆面、結構似てるかもな。
リタが適当にホノンを宥め、恭しく礼をするピエロのいる噴水広場を後にする。
魔法のある世界でなぜ、あれだけの"摩訶不思議"を演出できるのであろうか。
あれがエンターテイナーというものなのだろう。
===
それから3人組でいくつかの店を巡った。
1軒目は砂糖菓子の露店。笑いジワの目立つおばさんの店。
多種多様な果物が砂糖でコーティングされた串を3本買う。
甘さに甘さを重ねた、品からズレた露店らしい味だ。
2軒目は魔法雑貨店。魔道具や魔法陣描図用のインクなどが売っていた。
面白いことに、魔導具と魔道具は違うものであるらしい。
術者の魔力を伝達させて稼働させるのが前者、後者は魔力が内部に貯められている道具のようだ。
3軒目は服飾店。洒落と実用性を分けて両方売っている店だ。
ホノンが俺にワンピースを着させようと近づいてきたので、急いで店から逃げる。
リタは静かに黒の帽子を買い、被ったまま店から出てきた。
4軒目は本屋。この世界のありとあらゆる情報の宝庫。
俺が本にしがみつき、ホノンがお腹空いたと
リタはため息を吐き、俺とホノンを抱えて本屋から出た。
5軒目のカフェで茶を嗜みながら食事をした。
ホノンが肉のたっぷり入ったトルティーヤを大口開けて
俺はチーズのバゲットに齧り付き、リタが綺麗な所作でガレットを食する。
「はい、チーズ!」
俺がバゲットに夢中になっている時、唐突にホノンが自撮り写真を撮った。
魔法雑貨店で手早く買った
満面の笑みのホノンに、咄嗟のピースを掲げるリタ。
ただただ食事してる俺が食いしん坊みたいで解せぬ。
俺がカプチーノを、リタがエスプレッソを嗜む間、ホノンはカメラマンになっていた。
やたらと細かい恰好の指示を出し、笑いながら写真を撮るホノン。
ヨガのポーズを拒否したら、俺がヨガをするホノンを撮るはめになる。
絵になるほど優雅なリタにカメラを向けると、こちらに向かって自慢げに帽子を掲げる。
ホノンがリタの帽子をくすねると、鬼の形相でリタが襲い掛かる。
俺はそんな2人を写真に収め、仲裁もせず眺めていた。
普段は鋼鉄のように固い俺の口角が、少し緩んでいる。
そんな漠然とした感覚に浸り、この一時の楽しさを噛み締める。
そして心惜しくも思う。
この感情と表情が繋がってさえいれば......と。
===
黄昏時、まばゆいオレンジ色の光がエトラジェードを照らす頃。
3人それぞれが休日土産を携え、下宿所に戻ってきた。
何やら下宿所が騒がしい様な気がする。
「何かあったのかな......?」
ホノンはそう呟き、トトッと家に駆け寄る。
俺とリタがホノンに倣って駆け足になった時、下宿所からエドナおばさんが顔を出した。
彼女はホノンと目があった瞬間、声をあげた。
「ホノン! それに2人とも!
ついに来たわよ!!」
その顔は喜びの皺を浮かべ、その手はなにかの紙を掴んでいた。
ホノンとリタが形相を変え、エドナの持つ紙を見た。
俺は後ろから2人に近寄り、覗き込む形で内容に目を通した。
まだ文字を完全に読むことはできないが、こう書かれている。
【
「砂塵の塔主デシエルト=アクィルス」
「常闇の塔主ジルターヴァ=ヴォワイアント」
上記2名の後継者を選定する選定戦を10日後に開催する
塔主後継を志願せし者は以下の当該期日に会場へ参加の意を表すること
開催日時:統國暦611年4月13日及び翌14日
選定会場:ケミスティア国立エラス=マグニカ大闘技場
参加資格:4/14時点で満13歳以上の竜族
選定者:全主の塔主リディオ=ヴァレンス、常闇の塔主ジルダーヴァ=ヴォワイアント
】
ホノン、リタ、そして俺。
下宿組が塔主になるチャンスが、訪れた。
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