十月 コーヒー牛乳とチョコレート

第22話 陽炎祭

 季節は移ろい十月中旬。早いもので僕が陽炎橋高校に入学してから半年が経った。

 今日は陽炎橋高校の文化祭、「陽炎祭かげろうさい」の当日だ。一般のお客様も多数来場される都合上、一年で最も学校という場所が最も活気に溢れる日になることは間違いない。


 陽炎祭という名称だけを見たら地域に古くから伝わる伝統行事のようだが、意外にも市内に類似の名称の祭事は存在せず、本校だけのオリジナリティであるそうだ。


 晴天にも恵まれ人出は上々。僕が在籍する一年C組も例外なく、仕事に追われていた。


「ありがとうございました。また遊びに来てね」


 ボーリングで高得点を出した小学生の女の子に、同級生の岩垣いわがき麻耶まやさんが景品の駄菓子をプレゼントしている。女の子は満面の笑みでそれを受け取り一緒に遊びにきた友達と分け合っていた。楽しんでもらえたようで何よりだ。


猪口いぐちくん。再設置お願い」

「お任せあれ」


 だいぶ作業にも慣れて来たので、岩垣さんから指示される前にはすでにボーリングのピンの再設置を始めていた。


 僕たち一年C組は、二階の空き教室を丸々利用し、ちょっとした遊びが楽しめる遊技場を開催している。遊戯は輪投げ、ボーリング、ダーツの全三種類。輪投げはホームセンターで買ってきた材料で、工作が得意なクラスメイトを中心に手作りし、ボーリングは小さいお子さんでも楽しめるように、ゴム製のボールとプラスチック製の軽いピンを、スポーツ用品店の子供用コーナーで揃えた。無地のピンに個性を出すため、ピンはカラフルにペイントしていろどりを与えてある。ダーツは先が尖っていないマグネット式の安全な物で、これは岩垣さんの私物だ。


 基本的には誰でも自由に遊べる空間として解放しているけど、ゲーム性を持たせるために、それぞれの遊戯に目標得点を設定し、クリアした人には景品として駄菓子をプレゼントしている。


 僕は一日目の午前中の担当として、岩垣さんら数名のクラスメイトと一緒にこの遊技場の運営を行っていた。当日は部活関連の催しに参加している生徒も多く、あずまさんは午後から演劇部の公演が行われるので、第一体育館で最後のリハーサル中。映画研究会の尾越おこしくんは上映会を行うために視聴覚室に詰めており、複数の部活を掛け持ちしている風雅ふうがに至っては、忙しくなく校内を駈け廻り、今どこで何をしているのか見当もつかない。


 人手不足という程でもないけど、前述の理由でクラスメイトもフルメンバーではないので、帰宅部の僕にクラス展示の担当が回ってくるのは必然だった。もちろん自分の役目はしっかりと果たすつもりだ。


「少しお客さんが落ち着いて来たね」

「ここまで盛況だとは思わなかったよ。あっという間に時間が過ぎた」


 開場から二時間ほどが経過した午前十一時。開場以来、来客の絶えなかった遊技場の客入りが少しずつ落ち着いてきたので、椅子に腰かけ、岩垣さんとゆっくり話す余裕が出来た。

 岩垣さんはショートボブの黒髪と白いカチューシャが印象的な女子生徒だ。リーダシップがあって、文化祭の企画段階からクラスを引っ張ってくれた。それまではあまり話したことがなかったけど、文化祭の準備期間を通して交流が深まり、今は大切な仕事仲間として一緒に遊技場を運営している。


「確か十一時からモノマネ大会だから、そっちに人が集まっているみたいだね」

「そういえば、さっきから中庭が賑やかね」


 中庭でモノマネ大会が始まったタイミングなので、今は一階にお客さんが集まっているようだ。十一時を過ぎて早めの昼食を採る人も増えてきたので、今の時間帯は一階の模擬店や屋外の屋台が盛況なのだろう。胡桃くるみも今は中庭で、定時制の伝統だという、焼き鳥の販売を行っているはずだ。普段から比古ひこさん食堂で接客をこなしている胡桃のことだからテキパキと仕事をこなし、看板娘としてさぞ売り上げに貢献しているに違いない。


「中学生の頃にも何度か遊びに来たけど、うちの文化祭ってけっこう手広くやってるよね。今年もホラーハウスは手が込んでるって評判だし、B組のメイド&バトラーカフェも本格的だし」


 僕と岩垣さんは文化祭中のフロアマップが記載された冊子を眺めていた。在校生には前日に配布され、来場者向けには入口に入って直ぐの受付に、同じ物が置かれている。


 陽炎祭では一階から三階、体育館や部室棟など、校内のほとんどの施設を活用している。各種クラス展示はもちろん、各種部活動の催し物も充実しているので、回れる場所は非常に多い。二日間の開催期間では全てを回り尽すことは、よっぽど効率良く動かないと難しいだろう。


「猪口くんは午後からは?」

「定時制の幼馴染と一緒に色々と見て回る予定。尾越くんにも映研の上映に招待されてるし」

「映研の作品って確か、蜥蜴人間みたいのが登場するやつだっけ?」

「そう。タイトルは『怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る』」

「よくタイトルまで覚えてるね」

「蜥蜴男とはちょっと因縁があってね」


 夏休み前に胡桃が目撃したリザードマン……じゃなかった、蜥蜴男が登場する「怪人蜥蜴男陽炎橋高校に現る」の上映会。真相を確かめるために映研所属の尾越くんに事情を聞いた際、是非とも胡桃と二人で見にきてほしいとお誘いを受けた。胡桃もあのスーツがどういった映像作品になったか興味津々らしいので、陽炎祭をどう回るかはノープランだけど、映画は絶対に見に行くことだけは決まっていた。


「そういう岩垣さんは午後からは?」

「所属先の漫画研究会に顔出す予定。私の担当は明日なんだけど、初日の盛り上がりがどんなものか気になるじゃない。忙しそうなら手伝ってこようかな」

「漫研は何をやっているの?」

「この日のために各部員が仕上げたイラストの展示と、オリジナルの短編漫画をコピーしてじた同人誌を希望者に配布予定。完全に手作りだから数はごく少数だけどね。もしよかったら後で見に来てよ」

「うん。映画の帰りに寄らせてもらうよ」


 フロアマップによると、映研が上映会を行う視聴覚室と、漫画研究会が活動する空き教室は同じ三階にあるようだ。岩垣さんがどんな漫画を描いたのか興味があるし、後で顔を出してみることにしよう。

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