第35話

 あれから一週間が過ぎた。


 崖から落ちたリュオディス殿下は、命にこそ別状はなかったものの、ずっと意識は戻らないままだった。

 っていうか、あの高さから落ちて表面的には無傷で済むって…殿下ってばどんだけ頑丈なんだろうか??いや、まあ、意識不明なんだから、まったくの無事ではないんだけども。


「お嬢様…」

「ああ…ミィナ。ありがとう」


 殿下のベッドの側へ置かれた椅子に座り、目を開かない殿下の顔を見詰めていると、部屋のドアが控えめにノックされてミィナが入ってきた。その手には簡単な食事と、温かな湯気を立てる紅茶。

「少しはお食べにならないとお体に毒ですよ…」

「あ…うん……解ってはいるんだけどね…」

 私はあの日からずっと王宮に詰め、意識の戻らぬ殿下の看病をしていた。まあ、一応、まだ婚約者だしね。それに、私を助けようとして崖から落ちてしまったことだし。


 ただの義理。

 そのつもりだった。


 なのにここ数日、私はろくに眠れてないし、食事も出来ずにいた。

 なんでだろう??お腹は空いてるけど、喉を通らないんだよね。

 それに、寝ている間に殿下に何かあったらって、無性に気になってしまってさ。


 まあ、いくらクソゲーとはいえ、メインヒーローの殿下が死んだりはしないと思うけど。


 それなのに…解ってるのに、それなのに、私は。

「一口でも良いですから…無理にでも食べないと、身体が持ちませんよ」

「うん。ありがとう」

 心配そうなミィナの顔に促されて、私はサンドイッチに手を伸ばした。

 私がそれを一口、口にすると、ミィナはやっと少し表情を緩める。そんな彼女の様子を目にして、私は心配かけていることを改めて心に刻んだ。


 そうだよね。

 私まで倒れたら本末転倒。

 食事と睡眠は健康のパラメーター!!


 そうは思ってもなかなか喉を通らなかった。だけど、私は無理矢理紅茶で流し込んで、サンドイッチを完食した。よし!!ちょっと気力湧いてきた!!


「あれからキャスリーナ嬢から連絡は?」

「うーん…それが、あの日に別れたきり、なんだよね…」

 殿下が崖下の湖から救出された後、キャスリーナ嬢は困った顔で言った。

「ホントならここで私と殿下が湖に落ちて、私は神女の力に目覚めるはずだったんだよね…」

 その力で意識不明のリュオディス殿下を治癒し、彼女と殿下が結ばれてハッピーエンド……というのが、王太子ルートの本来のストーリーであるらしい。

「じゃあ…キャスリーナさんは、もう、神女の力を得られないの?」

「うーん……難しいわね…」

「え………ッ」


 だったら殿下はこのまま??

 意識不明のまま??

 まさか死んでしまったりするの??


 さーっと血の気が引いた私を見て、キャスリーナ嬢はどんっと胸を張った。

「大丈夫!!親友!!この私にまかしておいて!!」

 そう言い放つと彼女は物も言わず、ものすごい勢いでどこかへ走り去ったのである。

「え……親友?」

「いつからお嬢様は、彼女と親友に?」

 冷静なミィナの突っ込みに私は、首を傾げるしか出来なかった。

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