煤土vs美國

サビヌキ

第1話


天都某所。




「ぬぁ……分かってる、分かってるに決まってるだろう。少しだけ待っててくれ」


「早くお願いしたいのです。琥子は動いて、お腹がペコペコにございます」





小さな影を少し離れた所から見つめる大きな影が二つ。


「……」


「……」


隠密術式。対象一つの気配を遮断する陰陽術である。


小さな影が離れていくのを見守った後、上水流美國は口を開いた。


「覗きとは趣味が悪いぞ、烏丸」


「覗き終わった後に言う台詞じゃないねぇ」


烏丸煤土はしゃがんだ状態のまま隠密術式を解き、悪びれる様子もなく言葉を続ける。


「見た目こそちびっ子達だが、最年少と次点で陰陽姫の式神になった異例の2人だ。何か参考になるかもしれないだろ?」



白銀琥子と栗花落重。それぞれ6歳と4歳で陰陽姫の式神に抜擢された異例中の異例。


齢13歳にして形式だけでなく、陰陽術や戦闘の能力を認められ、単身で怪異討伐に赴くことなったのは彼女達だけである。



「何の参考だ?術式の性質も、武具の種類もお前とは全くの別物だろう」


「そりゃあ、四象陰陽姫同士で潰し合いになった時とか──」


煤土はそれ以上言葉を発するのをやめた。


巨大なナタのような双剣が首元に添えられているからだ。


「怖いねぇ。あれぇ玄武のとこの式神はそんな歳下思いのやつだったっけか?それとも先輩思いかなあ?」


「分かったように話すな」


美國は無表情のまま双剣を握る力を強めた。


「お前が姫に仇をなす気ならこのまま振り下ろしても良いんだぞ」


「それじゃあ今からでも──」


言い終わる前に双剣は煤土の首を真っ直ぐに切り落とした。


「──」


切り離された筈の煤土の頭と胴体は、刃の通った場所から大きく揺らいで影も残らなくなった。


「陽炎か」


地面に刺さった双剣を抜きながら美國は呟いた。


陰陽師は基本的に術を使う際に何かしらの言葉を口にする。


『言霊』の様に言葉にする事で効果を発揮する物を除けば、術式を汲む工程の短縮化、いわゆる詠唱破棄の為だ。


その他にも伝承の為に名前があることや、気分が上がるからなどの例もあるがここでは割愛する。



「正解、正解」



煤土は自分の居場所を示すかの様に手を叩く。








烏丸煤土は陰陽術を使う際に口に出さない。


故に誰かが勝手に名付けたものが、煤土の術式の名前になっている。


『陽炎』

実体のないものをあるように見せる隠密術式の応用技。それを煤土は呼吸の様に行う。


「私が見ていたのは少し前のお前だった様だ な」


「怖いなぁ。分かってて切り落としたんだよねえ?」


言葉とは裏腹に余裕ありげに煤土はヘラヘラと笑った。


「……しかし何のつもりだ?あからさまな挑発をして」


それを見て美國は一呼吸置き、淡々と疑問の言葉を口にする。


「いやー、安心しきってるんじゃないかなと思って」


「安心?」


脈絡のない言葉に美國は眉を顰めた。


「式神に就任したての頃は俺以上の戦闘狂だったお前が、最近はどうも腑抜けてる気がしてねえ」


「馬鹿を言うな。私は常に姫と公務の為に技を磨いている。猫又1匹に苦戦しているお前と一緒にするな」


朱雀の式神が猫又1匹に苦戦していた。

そんな話を耳にしていた美國はそう言い放った。


胸中に確かな苛立ちを覚えていたからだ。


「良いんだよ、別に。ツマラねぇ相手だとやる気も出ないだけさ」


「……」


言い訳の様な言葉を並べる煤土を見て美國は少し冷静になり、そして客観的に煤土を見ることが出来た。


実力は申し分ない。チャラチャラしている風貌にしては人の輪を大事にする男。


しかし最近では格下相手に手こずったり遊ぶ様に戦ったりするという噂しか耳にしない。


美國は煤土に対して失望する程の期待はしてないが、それでも心を同じく天都も姫を守る同世代の式神としては面白い話には思えなかった。


「いつもビービー言ってたチビちゃん達もいつの間にか、自分達の足で立ってるしよぉ」


美國の若干呆れた視線にも気付かずに呑気に話を続ける煤土を見て、美國は小さく会釈をしてから口を開いた。


「では……」


「ちょちょい!待てって」


帰ろうとする美國の進路を遮る様に煤土は手を広げた。


「邪魔だ、離れろ。私は姫の式神だ。公務の時以外はお側に──」


「姫、姫、姫ってさぁ、惚気るのも良いけどさぁ、お前俺達の使命忘れてるんじゃねぇのか?」


「何?」


「だから俺よりも弱いんだよ」


「私がお前よりも実力が劣っているだと?」


煤土は美國の質問に言葉を返さず、肯定するかの様に微笑んだ。


そして2本持つ日本刀のうち童子切安綱と呼ばれる名刀を抜いて、手の上で踊らせる。


「良いだろう。安い挑発だが、上下関係ははっきりさせた方がいい」


普段玄武以外に対しては、必要最低限の会話しか交わさず表情を顔に出さない美國だが、いつも以上に饒舌になりながら双剣を構えた。


「それに私は常々思っていた。死合に快楽を。戦いに楽しみを求めるお前には一度指導してやる必要があるとなる」


今彼女の原動力になっているのは恨みではない。

怒りでもない。


突き詰めてしまえばここに居るのは戦闘マシーンと戦闘狂。


二刀流という酷似したスタイル。


高揚。


手合わせしたいという純粋な気持ちと、それ以上の使命感が彼女の双剣を煤土に向けさせる。


「やってみなあ。剣戟に於いては、俺は朱雀を凌駕する」




「では、行くぞ」


先に飛び出したのは美國。


正面に駆けながら双剣を横薙に振るい、煤土は刀を構えてそれを受けようとする。



キィンっ!──と甲高い金属音は鳴らず、代わりに双剣は煤土の影をぬるりと切り裂いた。



「いきなり首狙い?怖いねぇ!」



『陽炎』を使い斬撃を避け、変わらずおちゃらけた様子の煤土に向けて美國は言葉を投げた。



「正面からやり合うつもりはないか?」



「無いねぇ。勝たないと意味ないからなあ」



「そうか。正面からやり合うつもりはないんだな。────私もだ」




ドゴォンッ!!!




双剣を地面に突き刺すと美國を中心に衝撃波が広がる。


同時に舞った土埃が陽炎の揺らぎに反応して、煤土を戦場へと引き摺り出した。



「!!」



キィンッ!!!



美國の振るう双剣は遂に煤土を捉え、煤土は斬撃の威力を殺せずに後方へ跳んだ。




「こと力比べに於いては私の方が上らしいな」


「はは。意趣返しかよ」



余裕の表情は崩れて、だが嬉しそうに煤土は笑う。


「格の違いを教えてやろう」


それを見て美國は術式を展開する。


風土ふうどノ壁』


地面の土や石に魔力を纏わせて操り、対象を包み込む攻撃術式の応用。

魔力を纏った石や土の礫は触れた対象を傷つけることが可能。



「良いねぇ攻撃術式!俺も使いたいなあ!?」


外が見えない砂の籠に閉じ込められた煤土は声を荒げながら不平を口にする。


それに対して返ってきたのは言葉ではなかった。


「!」


──カァンッ!!



双剣の片方が『風土ノ壁』を貫通して現れ、咄嗟に出した日本刀と接触して、砂の籠の中で音を響かせた。


弾かれた剣は、もう片方の剣に括り付けられた紐によって引き戻される。



(紐付きの双剣での投擲。一方的に嬲るつもりか。格の違いを示す為に)


音で場所を悟られていると気付いた煤土は口を閉じて思案する。


(決めた)


刀を鞘に収め、弓と矢を取り出して弦を引き絞りながら煤土はその時を待つ。


三百六十度、どこから飛んでくるかを分からない双剣を、静かに、耳を澄ませながら。



カンッ



土の礫と双剣が擦れる音が煤土の耳に届く。


右脚を軸に身体を回転させながら音の方に鏃を向けて、さらに待つ。


(ッ!)


ギリギリで躱す事が出来ずに剣は煤土の脇腹を捉えた。だがそうまでしても待つ必要があった。


伸び切った紐の先、そこに必ず美國は居る。



(頼むぜ付喪ちゃん達)



煤土は動物からは好かれるが、武具からはあまり好かれない。


以前、魂魄に働きかける付喪術を使う朱雀から言われたのだから間違いがない。


2本の名刀。童子切安綱、小烏丸曰く喋り方が気に食わないそうだ。


だが、この弓と矢だけは煤土に明確な意思を持って力を貸す。



弦から指を離す。

煤土の魔力を纏った一撃が放たれる。


その直後、煤土は童子切安綱、小烏丸を構えて『風土の壁』を抜けた。



そこにあったのは剣を握り驚いた様子の美國の姿──ではなく。岩に差し込まれた双剣の剣とそこから伸びた紐のみだった。


(くそ!やられ──)



──ドゴォッ!



腹部の傷口を美國の拳が捉えた。


不可視の一撃。隠密術式を使えるのは煤土だけではない。


「こんなものか?」


美國の武芸は剣技ではなく。己の肉体に作用させるもの。


強烈な一撃を受け、煤土の身体はゴロゴロと地面を転がり修練場に血の道を作った。


「立て。治癒術式があるだろう。……だか、降参は認めよう」


右手に付いた血を手首を振って払いながら美國は言う。


淡々と。冷静に。


いつの間にか手には双剣が握られており、微塵の油断も無かった。








「ククク……くふクフフ、はっはっハッはっはっはっはッ!!!!」


口から流れる血を拭って煤土は立ち上がる。


「馬ァ鹿言うなよ。まだ俺はやられてねぇだろお?」


「あまり無理はするな。これ以上は加減が出来ない」


「お行儀良くって羨ましいねえ。由緒正しき家柄だからかあ?降参しろぉ?舐めるなって、はははははッだからお前は弱いんだよ」


目に見える速度で煤土の傷口が塞がっていく。


治癒術式の応用、『灰神楽』

細胞をコントロールする事による自動修復が煤土の魔力を消費しながらその傷を癒していく。



「頭の打ち所が悪かったか?言わせてもらうが、私はまだ手の内を幾つも持っているぞ」


「わーッてるよォ。でも使えるかな?」


「何?」


怪訝そうに眉を顰める美國。


ドスッ!!


少し遅れて鋭い痛みが右肩を捉えた。


「ぐっ!」


痛みの正体は煤土の放った矢。


矢は時間差で落ちてくるように上空に放たれていた。それも隠密術式を纏って。


肩を抑えて煤土を睨む美國に向けて煤土はこう告げる。


「はぁい、美國さぁん。まだ踊れるかぁ?」


「フッ、お前が武具から嫌われていると噂を聞いたが、理由が分かったぞ」


「俺には分かんねぇけど」


「そうか。ではそれがお前の敗因だ」


美國は地面に両の手を置いて術式を唱える。


荒瘠こうせきノ波」


大地が大きく揺れる。揺れて崩れうねったそれは波のように形を変えながら煤土を襲う。


「全方位攻撃、好きだねぇ」


「結界術式も攻撃術式もないお前には辛い攻撃だろう?」


「ハハッ!大正解!!」


煤土は笑い、土の海を前にしながら2本の刀を構えた。


『灰神楽』


煤土は自己修復を盾にして、身体が壊れない様に設けられているリミッターを強引に外す。


「ほぉらよッ!!!」


2本の刀を土の海に突き刺して上に振るう。魔力を纏った斬撃は海を裂き、美國へと続く道を作った。


だがそれは美國に誘導されたに過ぎない。



「……は?」



開けた視界。宙に巨大な土の塊が浮いていた。



碧羅へきらりゅう



美國が左手を前に突き出す。


魔力で硬質化された質量の怪物は龍の形を成して煤土に襲い掛かる。



「なんで魔力尽きないのぉ?」













4歳と6歳。これは重と琥子が式神に選ばれ、そして修練に励み始めた年齢。


彼女たちは10年未満で歴代の式神と遜色無い実力を手に入れた天才である。



しかし上水流美國はスケールが違う。



陰陽師の家系だった美國は、2歳になったその日から洗脳に近い暗示と、比喩ではなく血の滲む特訓を重ねてきた。


美國は重と琥子2人程の天賦の才能を持っているわけではない。


だが、紛れもない天才の1人だった。


間違いなく最高位の実力を持ち、発展途上の重と琥子とは違い、既に完成された強さを持っている。


存命最強の式神。


鍛え研ぎ澄まされ、魔力ロスのほぼ無い攻撃術式は、他の陰陽師と比べることすら烏滸がましい程に強大だった。







一方、烏丸煤土は。


血の滲む努力をして、血の中に生きた獣だった。


そんな獣は、今。



「はっはぁッ!!最高だねぇ!!」



全速力で逃げていた。



「お前!言動が一致していないぞ!」



美國の言葉に耳を貸さず背中を見せながら煤土は脱兎の如く走る。


彼の意識は自身を追尾する土の竜ではなく2本の刀に向いていた。



「力貸せよ小烏丸、童子切安綱。このままじゃあ俺死んじゃうよぉ〜?」



カッテニシンドケ


クタバレー



「俺はお前らの声は聞こえねェけど多分悪く言われてるねぇ」



力を貸す気のない2本の名刀。


『陽炎』で認識を遅らせて左右に避けようと、土の竜が巨大が故に当たるのは必然。



(さあどうする?)



これは美國の思案。


彼女は煤土の事を陰陽師としては認めていた。


認めているが故に僅かに期待していた。煤土の起死回生の一手を。



(さあどうする?)



これは煤土の思案。


彼の辞書に諦めの文字はない。だが、この攻撃に対する絶対的な答えもない。


相殺する攻撃術式も、防ぐ結界術式もない。そんな彼が選んだのは──


「フードノカベ!」


腕力と強引な魔力操作で巻き上げる不完全な砂の壁。


「見様見真似で私の攻撃術式を防げると思うのか?」



落胆の表情で美國は前に突き出した手を閉じた。



ドゴォンッ!!!



土の竜は質量の暴力で轟音と共に煤土を押し潰した。











筈だった。




「……あー、死ぬかと思ったぁ」



土煙の中、ふわりと不規則に宙を舞い、重力と喧嘩する様に空中で身体を揺らす煤土の姿がそこにはあった。



「それは『浮雲』か?」



『浮雲』

自身の重さを羽毛程に変え、宙を舞い、敵をいなす技。

栗花落重の得意とする術の1つ。


煤土の『浮雲』は重のそれには遠く及ばず、不完全で、タイミングをズラさないと躱せない程度の練度。


「『陽炎』だけでは不可能と思っての『風土ノ壁』か」


特に驚いた様子も見せず、納得した様に頷く美國。だが思う事もあった。


不完全な『浮雲』。『風土ノ壁』と同じく見様見真似で行った術であろうと悟った美國は少し口調を強めながら語りかける。


「猿真似も良い加減にしろ。お前にはプライドが無いのか?」


「これでも朱雀の式神なんだ。飛べないなんて笑い草だろ?」


地面に降り立ち、煤土は鷹揚の表情を見せる。


「猫又に苦戦する時点で笑い草だろう」


「それはほら、朱雀って分解すると雀だからさぁ!」


そんな表情は直ぐに崩れた。


「…………」


敵に対して会話。こと戦闘に於いて良しとされないものだが、美國はそれを行わないといけない理由があった。


「分かるよぉ。あんなどデカい陰陽術使って疲れないわけないもんねえ」


美國の肩が僅かに揺れるのを目敏く暴いた煤土は、してやったりの表情で刀を美國に向けた。


一方の煤土は肉体を常に治癒されていた。


だが精神的なものは如何だろうか。


常にギリギリの状況で、死と隣り合わせの技を捌き続けるのは。


「最ッ高だ」


煤土は狂っていた。


彼にとって死ななければ擦り傷。


「フフ」


そんな様子を見て美國は笑う。


「んん?」


状況的にも性格的にも、こんな場面で笑う美國に対して煤土は違和感を覚えた。


「先に言っておこう。恐らく、もう私に『陽炎』は意味を成さない」



陽炎の様にゆらりと一歩前に踏み出し、双剣を構える。



「忠告したぞ。覚悟は良いか」


「……なーんの?」


口角を少しだけ上げる美國に煤土は言葉を投げた。


「──斬られる覚悟だ」



「!」


言葉と同時に魔力で強化した爆発的な蹴りと、魔力で地面を動かし、距離を一気に詰める。



(『陽炎!』)



「タイミングは掴んだ。ここに居るんだろう?」



隠密術式は、透明になる術式ではない。

あくまで視覚的にや音、匂いを認識しづらくする術式。


一般的な隠密術式は多対1ならともかく、普通は1対1で、認識された後に使っても意味がない。


『陽炎』はあくまで認識をずらす術。過去の自分の姿を囮にして今の自分の気配を消す技。


幻術ではなく認識を遅らせるだけなので、美國程の武人なら先の動きは容易に予測がつく。



キィンッ!!



振り下ろされた右腕の剣は甲高い金属音を修練場へ響かせた。


音がするということはそこに実体があるという事。


残った左腕の剣が煤土へ迫る。



カァンッ!



強引に割り込ませた小烏丸が数メートル後方へ弾き飛ばされた。



「はぁー、こりゃあ駄目だ」


カランっ──と2つ音が鳴る。


降伏を示すかのように煤土は手を開いて日本刀を地面に転がした。



「手も足も出ねぇ」



煤土は諦めたかの様に振る舞う。



「…………」



あまりにも素直な煤土の態度に違和感を覚え美國は双剣を再度構えなお──




──ドンっ!!




突如、激しい衝撃が美國を襲う。


「ぐぅッ!?」


数メートル弾き飛ばされ、空中でその正体に目をやる。



「手も足も出ない。でも、馬なら出る」



「馬だと!?まさか!」



「そう。隠密術式。こうなる事は初めから予測していた」


「お前!式神の──それも陰陽師同士の戦いに馬を持ち込むなど!」


あまりにも卑劣な振る舞いに、美國は声を荒げた。


「上水流さま、まさか任務中でも敵に騙し討ちする事が卑怯などと仰るつもりでございますか?」


煤土先程見た少女のやり取りを真似ながら日本刀を拾い上げ、土埃を叩いた。


「冷静になれよ。格上相手にはまず煽るもんだろ?」


「意味が分からない」


煤土に軽蔑した表情を向け、美國はギリギリと錆びたネジ巻き人形の様にぎこちなく立ち上がる。


「と、まあ精神的揺さぶりはここまでにして、ここからは俺の本音を話させてもらおうか」


そんな様子を気にせず煤土は言葉を続ける。


「敵は知能の低い奴らだけとは限らない。俺より狡猾な人間だって、ごまんと居る」


「先に言っておくよ。美國、多分お前が式神最強だよ……今の所な」


「だから困るんだよ。煽られて冷静さを失ったり、卑怯なやり方に屈されたりしたら。朱雀うちの姫と玄武そっちの姫は仲良いんだ。死んだら姫さんが悲しむ」


「それにお前が死んだら俺は少し悲しい」


煤土はそんなことを言った後、長く開いた口を閉じた。


最後までそれを聞いた美國は少しだけ柔らかい表情で口を開く。


「……フッ。それは、私が他の人間に敗れたら最強の名を奪えないからだろう?」


少しの間の後、煤土は笑った。


「……勿論」


「では此処で奪ってみろ。まあ、渡す気はないが」


闘志を一切失わない双眼を煤土に向けながら、美國は言葉を続ける。


「だが、今私は魔力が切れ掛けていて肩には矢が刺さり、酷い打撲もしている」


「だから恐らく単純な攻撃しか出来ない。ただ愚直に前に突っ込むだけの、単純が故に最強の技だ」


剣を前に突き出す様に構えながら、なおも言葉を続けた。


「『陽炎』を使って逃げれば煤土、お前の勝ちは揺るがない。だがそれは最強から逃げると同義だ」


長々と説明する美國に対して「まどろっこしいねぇ」と笑い、煤土は刀を地面に刺し、代わりに弓を拾って構えた。


「良いぜ、互いの最強をぶつけ合おう」


煤土は真正面から美國を見据える。美國は最初から分かっていたかの様に表情を変えず、改めて双剣を前に構えた。


「信じていたぞ。乗って来てくれると」


「当たり前だろ。俺は勝てる勝負はするんだぜぇ」


2人の式神は改めて向かい合う。


互いの奥の手最強をぶつけ合い。その称号を得る為に。



「『王道楽土おうどうらくど』」



先に術式を展開したのは美國。


攻撃術式を自身に纏う事で擬似的な結界と破壊力を生む。


剣先を中心に巨大な一本の槍になって、空気の抵抗を最小にしつつ、身体能力を最大まであげた状態で放たれる突進は、最速且つ最強の攻撃。


美國の奥の手。


「はははっ、ヤベェ。大気が揺れてるねえ」


「勘違いじゃないか?震えてるのはお前の膝だ。無理と思ったら躱しても良い」


「いやぁ、これは武者震い」



誰がどう見ても強がりに見えるが、煤土は躱す気などさらさらなかった。


寧ろその反対。真正面から迎え撃つ為に弓を構えて矢を握る。


「絶対に約束しろ。俺がこれから何を言っても笑うなよ」


「この局面で何か笑うことでもあるのか?」


互いに最後の一撃と分かっているのだろう。無駄とも思える会話でも美國は応じた。


「こいつら細かい奴らでよぉ。ちゃんとした詠唱を言わないと本気出してくれねぇんだ」


煤土はそう言いながら握った弓と矢を見せた。


「成る程。付喪術特有の条件か」


「そーゆうこと」


「大丈夫だ。ならば私も口にしよう」


「相変わらず、冷たそうなのに優しい気遣いだねえ」


「じゃあ行くぞ」と小さく呟き、煤土はひとつの咳払いの後、真面目な面持ちのまま詠唱を始める。


燦然天道さんぜんてんどう

薪尽火滅しんじんかめつ、面ァあげて前を見ろ。お前らは神をも貫く古のおおゆみ


煤土の詠唱と魔力に呼応しながら弓と矢は形を歪ませる。


「阻み遮るものは何も無く、在るのは一筋の軌跡のみ」


貫き破壊する概念に特化したその弓と矢は、『灰神楽』を用いて人間の縛りを置き去りした煤土によって限界まで引き絞られる。




互いに準備は整った。




あとは、敵を貫くのみ。





「『神文鉄火しんもんてっかァ!!!!』」



「『双竜ノ刃そうりゅうのじん!!!」





同時に口を開く。




それぞれの最強が飛翔する。












「霊符・龍鱗五重奏」



凛とした声が戦場に響く。


同時に強力な五重の結界が美國と矢の間に割って入る様に展開される。


「なっ!?」


「貫けぇ!!!」


驚きと興奮、対照的な反応をしながらも2人の最強は止まらず、結界を破壊していく。


五重の結界は残り1枚。勝負は一瞬で決着がつくと思われた──が


「八熱地獄ッ!!」


「げっ」


煤土の放った『神文鉄火』は『切折刀』によって切断される。


バキンッ!


ほぼ同時に最後の結界が美國によって砕かれる。


彼女の『双竜ノ刃』を遮るものはもう何もなく、死を届ける為に煤土へ迫る。


「避けろ!!」


「躱せ!!死ぬぞ!!」


美國と切折刀を携えた姫が叫ぶ。


「ハハッ無理ぃ魔力切れぇ」


へらへらとした表情のまま膝をつく煤土。


(止められない!!!!)






「『弾けろ』」


「『蓮葉氷』」






少女の声とともに美國の足下が突然パンっという音と共に弾ける。


それと同時に煤土の身体を持ち上げる様に結界が展開された。



ゴガァッ!!!!



狙っていた対象がズレつつと勢いは止まらず、結界を抉りながら進んだ美國は数メートル先で足を止めた。











「……姫。お手を煩わせてしまいましたね」


振り向いた美國の第一声はそれだった。


「そこぉ?俺の心配が先じゃなぁい?」


「いえ。先ずは煤土さまが感謝の言葉を述べるべきでございます。命の恩人である私達に対して」


「全くだ。それに一体を何をやっているんだ。こんな天都のど真ん中で」


淡々と言葉を並べる琥子と呆れながら荒れ果てた修練場を眺める重。


「ありがとなぁチビちゃんズ。死ぬかと思ったぜ」


煤土はよろよろと立ち上がりながら2人に向け感謝の言葉を述べた。


「チビちゃんズという呼称に些か立腹ですが、此処は口を閉じることにさせていただきます」


琥子がスッと身を引く。代わりに怒気を纏った声が煤土の耳に届いた。


「ああ。そうして貰えると助かる」


切折刀を納め、肩をグルグルと回しながら朱雀は煤土へ近付く。


「なあ、煤土。お前のドンパチで今私は持ち場を任せてここに居るんだが、それに対してどう思う?」


回りくどい言い回しに、煤土は脂汗を顔に浮かべながら言葉を返す。


「天都を守護するという御勤めに従順だなぁ思います」


「だよな。じゃあ聞こうか。天都を外部から守る私達が、何故天都の中心に出動する必要がある?


「優秀過ぎる式神を持つと苦労するって──いてぇ!?」


ゴスッと鈍い音がする。正確には朱雀の拳骨が煤土の頭を殴った音が。


普段は朱雀に対しても飄々とした態度を貫く煤土だが、今日ばかりは身体的にも状況的にも不可能だった。


「ほら、あっちの姫見てみろって!優しい言葉掛けてるし、なんなら治癒術式使ってる!!なぁ!?俺も魔力がスカスカでふらふらしてるし、何ならお前が俺の矢ぁ斬ったから死にかけたんだけどなぁ!!」



「もう。あんまり心配かけちゃダメよ?」


「はい。ありがとうございます」



「ほぉら優しい!!」


煤土が声を大にして言うが、2人は自分達の世界に入っており煤土の言葉は届かない。


「私にあれを求めるな。それに煤土、どうせお前から吹っ掛けたんだろ」


「……」


「図星だな。あと玄武は言う時はちゃんと言う。多分、彼女は帰ったらこっ酷く叱られるだろうな」


「えー?ほんと〜?」















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






 









【後日】



天都茶屋前。



「おっ」


「……」



偶然美國と煤土は出会う。


特に互いに避ける理由もなく、ただ話す理由もない。


「では……」


美國は軽く会釈をしてから通り過ぎようとした。


「えー?よそよそしくない?一緒に刀振るった仲じゃん?」


「フン。もうお前とは2度と刃を交えてはやらない」


「あれー?もしかして怒られたー?まっ、俺もそう願いたいねぇ。ていうか頼まれてもごめんだねえ」



「「……ただ」」



2人の言葉が被る。


互いに驚いた様に目を見開いた後、先にどうぞと向けられた手のひらを見て、煤土が口を開いた。


「ただ、いつかお前になら背中を預けても良いとは思ったぜ」


改めて言うので少し気恥ずかしそうに煤土は言った。それに対して美國は。


「いや、お前の背中は私にとっては役不足だ。私の身体は姫を守護する為にある」


淡々と言葉を並べた。


「はいはい、相変わらずブレないねぇその忠義。じゃあなんて言おうとしたんだよ」


煤土はきっと美國も同じ事を考えていると思っていた。意見の相違に少々眉間に皺を寄せながらそう言った。


「お前から教わった事があるのは事実だ。だから、もし天都を揺るがす何かがあった際には朱雀の姫も私が守ってやろう」


強者故の自信か、最強故の振る舞いか、美國のそんな言葉を聞いて煤土は茶化す様に聞いた。


「俺は守ってくれないのぉ?」


そんな問い掛けに対し、美國は真っ直ぐに煤土を見つめながら言葉を返す。


「大丈夫だろう。私達は、最強の式神だからな」


「それもそうかァ」


ククッと嬉しそうに笑い、2人はその場を後にする。

それぞれの姫の元へ向かう為に。



天都の空は今日も澄み渡り、平和を告げるかの様に1羽の雀が2人の頭上を通り過ぎた。



















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