第44話 ドタキャン
梨那は申し訳なさそうな顔でおずおずしている。
「あれ? どうしたの?」
「実は……、えっと……」
涼は穏やかに笑顔を浮かべながら言う。
「話しにくいこと? でも、言わないといけないことなんだろ?」
「うん……」
「良いから言ってみなよ」
「ありがとう……」
梨那はようやく重い口を開く。
「実は……、ドーリッシュが体調を崩してしまって」
「え? 昼営業の時は元気だったのに……」
涼は驚いている。
「店長でさえ今日は体調を崩したって、キルシーに聞いたの」
「うん、店長は軽い熱中症だって言ってたけど……」
涼は仕事の途中で急に体調が悪くなったジーンを思い出す。
冷房をガンガンにかけた部屋で、水分や塩分補給をしてから幾分かは体調が回復していたようにも思えたが。
「ドーリッシュも急に体調が悪い、って言ってて……」
梨那は本当に心配そうだ。
「うーん、熱中症かな? 今日は特に暑いから」
「だから、涼には夜釣り中止でごめんって伝言を預かったの……」
「ううん、仕方ないよ。教えてくれてありがとう」
「そういえば、涼……」
「うん、どうした? 夜のシフトのヘルプ?」
「ううん、それは大丈夫だってキルシーが」
涼は不思議そうに首を傾げた。
「ドーリッシュを責めないであげて」
「それはもちろん、そんなことしないよ」
涼は笑って言う。
一方でドーリッシュは部屋で寝込んでいた。
「暑さにやられたかな……」
苦笑いしつつ、ペットボトルの水を飲む。
氷をスプーンで砕いて入れただけあり、水はひんやりと冷たかった。
「少し塩分もとらんといけないな……」
ドーリッシュは体を起こす。
だが、軽いめまいのような感じがある。
「日が当たる場所でずっと煙草吸ってちゃダメだったな……」
涼がきっと心配しているだろう。
ドーリッシュは水に少し食塩を入れてペットボトルのふたを閉め、シェイカーのように振った。
そして、その水を一口飲んだ。
こんこん、とノックの音がする。
「ドーリッシュさん」
「おー、涼か……」
ドーリッシュはドアを開ける。
「差し入れです」
「気持ちだけでいいよ」
「俺も早く良くなってもらいたいんで! 受け取ってください!」
涼は強気にグイグイ押す。
ドーリッシュは袋をちらっと見る。
「俺、高校の時に熱中症で思いっきり倒れちゃって。その時に先生や親からもらって嬉しかったものを入れときました。救援物資には充分でしょう?」
涼は笑って言う。
ドーリッシュはその得意げな顔に、思わず軽くデコピンを食らわせた。
「……ありがとう、嬉しい」
「それは良かった」
涼はデコピンされた額を撫でながら言う。
「じゃあ、俺はこれで」
「ああ、助かった。ありがとう」
「元気になったら、ちゃんと夜釣りに連れて行ってくださいね!」
涼はいたずらっぽい笑顔で部屋に戻る。
ドーリッシュは部屋に入って袋を開ける。
そこに入っていたのは……。
塩タブレットに経口補水液、吸入するタイプのゼリー、プリンだった。
「なんでプリンまであるんだ……?」
ドーリッシュは不思議に思いながら、プリンを口にする。
甘い風味が口に広がった。
「疲れてる時ってわけでもないけど……、のど越しがいいからか?」
ドーリッシュは少し明るい気分になる。
「ちゃんとお礼しないとな。そのためには、早く寝るか……」
ドーリッシュはプリンを食べた後、吸入ゼリーを冷蔵庫にしまい、塩タブレットと経口補水液、普通の水を枕元に置いてゆっくりと眠ることにした。
朝、ドーリッシュは起き上がる。
「もう大丈夫そうだな」
ドーリッシュは窓から朝日を浴びつつ、煙草に火をつけた。
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