第8話
飛鳥が目を覚ますと、視界いっぱいにマギウム原虫の白い光が飛び込んできた。
「っ京子君!」
急いで身を起こす。だが泥に手を取られて転んでしまった。
「京子君!」
おかげで、自分のすぐ横にいた京子の姿に気が付く。口に手を当てると、小さくではあるが呼吸をしていた。
「……よかった」
飛鳥は胸をなでおろし、改めて自分のいる場所を見た。
そこはシダ植物に覆われていた。シダの下は深い泥で、下半身が埋もれている。5~6メートルほど上には、ぽっかりと黒く丸い穴が開いていて、そこから水がしたたり落ちているのが見えた。穴の奥は見えない。
「あそこから落ちたのか……」
幸い、怪我はない。京子も見たところ、外傷はなかった。
「京子君。京子くーん!」
飛鳥はそっと京子をゆすった。
「ん……んん……」
京子は小さく声を上げて、やがてゆっくりと目を開ける。その目は焦点があっておらず、ぼんやり天井を見つめていた。
「大丈夫かい、京子君」
飛鳥が声をかけると、京子は小さく呟いた。
「死んだんですか?」
「死んでないよ。ここは特環の中だ」
「…………」
京子は目を閉じる。飛鳥はその頬にそっと手を触れて尋ねた。
「なんで飛び出したんだい?」
「……ここで死にたいと、思ったからです」
「それは……。……そうか」
それ以上、飛鳥は聞かなかった。
「私は自分の事を変わり者だと思っていたけど、君の方が相当だったみたいだね」
京子は何も答えない。
「まあいい。生き残ったんだ。せいぜいあがこうじゃないか」
「このまま死なせてください」
「そう言うわけにはいかないよ。私は君の上司だからね」
「でも」
「上司命令だ。一緒にここを出るよ」
飛鳥は立ち上がると、京子の手を取った。京子はしばらく動かなかったが、やがて諦めたように、飛鳥に体を預け立ち上がった。
「さ、ここはどこかな? 下の階層か、通路か……」
背の低いシダが、延々と地面を覆っていた。時折ヘゴのような背の高い植物の姿も見える。地面は目立った起伏はなく、平らだ。
「ふうん」
飛鳥は泥にまみれた手を空に掲げた。風が背後から前面にかけて吹いていた。
「あ!」
それから声を上げた。反響が帰ってくる。
「あ! あ! あ!」
何度か叫び、自分がそれほど広い場所にいるわけではないことを悟った。
「大広間に付属している閉鎖部屋みたいだね」
飛鳥は笑みを浮かべる。
「風があるということは出口もあるはずだ。植物も繁茂しているしね。良かったよ」
「……そうですね」
京子は無気力な調子で答えた。
「とはいえ、しばらくの間はサバイバルだ。まずは持ち物の点検と行こうじゃないか」
幸い二人とも、リュックサックを背負ったままだった。防水性のものなので、中身も濡れていない。
とはいえ、元々短期の探索予定だったこともあって、大したものははいっていなかった。
リュックサックの中身を覗いた飛鳥はため息をつく。
「ライトにライター、エマージェンシーシートにロープ、雨具、信号弾。食料は非常用ビスケットに飴玉と羊羹、水はこれだけか……」
そして京子のリュックもごそごそとあさった。
「君も似たようなものだねぇ。あとはこいつか」
腰のホルスターに入った、護身用の拳銃を叩いた。
「マグナム弾装填のデザートイーグル、とはいえ怪獣には効かないだろうな……」
デザートイーグルは強力な拳銃で、特異環境保安庁の制式装備の一つだが、実際の駆除の現場で活躍することはほとんどない。駆除銃以上にお守り的な存在だ。
胸ポケットに差していた無線は、水損したのかうんともすんとも言わなかった。捨てていこうかとも考えたが、一瞬考えて差したままにしておく。
「まあ、これだけでも2,3日は生き残れるだろう。せっかくだから、特環奥地の探索と意気込もうじゃないか」
飛鳥はそれにフンと鼻を鳴らして笑うと、京子と腕を組んだ。
「ただこの泥だ。動くのは大変だし、体温も取られる。こうやって慎重に進もう」
京子を離さまいと、飛鳥はぴったり身を寄せた。
「さ、歩くよ。二人三脚だ」
飛鳥が足を出す。泥から足を出すのは一苦労だった。そして踏み出すと、足は再びずぶずぶと泥の中に沈んでいった。
「んー。これは大変だぞ……」
そう言いながらも、飛鳥は軽い口調を崩さなかった。
「…………」
京子は何も言わなかったが、飛鳥について足を踏み出す。
それから二人は、ゆっくりと移動を始めた。
「しかし、京子君もアグレッシブだね。急に怪獣の前に飛び出すなんて。なにか気に入ったのかい?」
「…………」
「ひとまず帰ったらお風呂に入りたいな。それから冷たいビールで一杯やってさ。私はつまみには唐揚げが好きなんだけど、京子君は揚げ物は好きかな?」
「…………」
「水留は怒ってるだろうなぁ。それよりも市原が怖いな。水留はなんだかんだ許してくれるけど、市原はそう言う優しさがないんだよ。付き合ってるんだし、水留のそういうところを見習ってくれてもいいんじゃないかと、私は思うんだけどね」
「…………」
飛鳥が一方的に喋るばっかりで、京子は一言も口を開かなかった。それでも、飛鳥は京子に話しかけ続ける。
「付き合ってると言えば、佐倉と北はどうなんだろうね。あの二人、最近仲がいいと思わないかい? ……っと、おしゃべりしてたら日が暮れそうだね」
周囲が少しだけ薄暗くなった。
「まったく、夜営したいとは言ったけど、まさか本当にすることになるなんて思わなかったな」
飛鳥はそう愚痴ると、近くに生えていたヘゴの一つによじ登る。
「さあ京子君、来な」
京子に手を差し伸べる。京子はしばらくじっとそれを見つめて、手を取った。
「うん」
飛鳥は満足そうに頷いた。
上までよじ登り、枝の一つに座ると、自分と幹をロープで結ぶ。そして同じように京子の体と自分、そして幹を結んだ。
「今夜は寝相よく頼むよ? 一蓮托生だからね」
そう飛鳥がおどけたころには、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
「特環にも夜があるっていうのは、知識では知っていたけど、実際に体験するのは初めてだな。実に興味深い」
飛鳥はちらりと京子を見た。京子は空を見上げていた。
特異環境の光源であるマギウム原虫は、12時間ごとに活動と休眠を繰り返す。休眠中は光らないので、結果として特環内に『夜』というにふさわしい暗闇がやってくるのだ。
「まるで星のようだね」
ほとんどが暗闇に包まれた中、まだ光っているマギウム原虫が、星のように瞬いている。
「綺麗だね。こんな景色が見れるんだったら、落ちてきた甲斐もあったってもんだ」
京子の表情をうかがうことは出来ない。それでも、飛鳥は京子に語り掛ける。
「君には言うまでもないが、マギウム原虫の発光は日の出から日没までの時間とほぼ連動しているんだよ。一説には地磁気や太陽風の影響によるものだとも言われている。京子君はどう考える?」
「…………。飛鳥さん」
声はかすれていた。京子は一度咳払いをしてから、もう一度口を開いた。
「飛鳥さん」
「君に飛鳥さんと呼ばれるのは、なんだかくすぐったいね。でも好きだよ」
「ありがとう、ございます」
「どういう心境の変化だい?」
「……そう、呼びたくなったので」
京子はそう言うと、静かに頭を下げた。
「……本当に、申し訳ありませんでした」
「……一体何があったんだい?」
飛鳥が優しい口調で問いかける。
「君ともあろう人があんなことをするなんて、私には信じられなかったよ。少しは理由を聞く権利もあると思うんだけれども」
「……私は、ずっと死のうと思ってたんです」
京子は消え入りそうな声で言った。
「特環に入った時に、強くそう思いました。ここで死にたい。この営みの一部になりたいって」
「その気持ちは……、少しだけ同意できるよ」
「地上で死にたくなかったんですよ。私は」
京子は自嘲気味に笑った。
「ずっと地上が嫌いでした。煩雑で、無意味で、無価値で。地下の煌めきに比べれば、まるでごみのように感じていました」
「……。特環の研究をしていたのも、それが理由だったのかい?」
「はい。地上にない神秘と、美しさに、少しでも近づきたかったんです」
京子は続ける。
「ずっと特環に入るチャンスを待っていました。それが今回巡ってきて、ようやく夢がかなうと思ったんです。そしたら勝手に足が動いて……」
「私に助けられたというわけだね」
「……他の人を巻き込むのは心外でした。特に飛鳥さんは……」
京子の声が沈む。
「貴女には、他の人にはない煌めきを感じていましたから。特異環境のような、そんな雰囲気があって」
「それは照れるね」
飛鳥が微笑む。
「って言うことは、君は私を好いてくれていたのかな?」
「……わかりません」
京子は俯く。
「ただ、貴女だけは死んでほしくない。そう思っただけです」
「そうかい」
飛鳥は大きく息を吐いた。
「私も君には死んでほしくないんだ。部下だから、というのもあるが、それだけじゃない」
京子は何も言わない。だが飛鳥は続ける。
「大切な存在だと思っているよ。……日本の特環研究を支えるうえで、君の頭脳を失くすのはあまりにも惜しい。だから、生きていてほしいんだ」
「…………」
「まあ、今日はもう寝ようじゃないか。体力を使ったことだしね」
そう言うと、飛鳥はエマ―ジェンシーシートを頭からかぶった。
「おやすみ、京子君」
「…………」
返事は帰ってこなかった。
翌朝。
マギウム原虫が再び活動を始め、洞窟が明るく照らされ始める。
「眠れたもんじゃなかったねぇ」
飛鳥は大きなあくびを一つするとぼやいた。
「京子君の方も大変だったんじゃないかい?」
一つ隣の枝にいた京子も、目の下に大きな隈が出来ている。
「死にたがっていても眠気には勝てない。不思議なもんだね」
飛鳥はケラケラと笑った。
それから二人は、朝食に羊羹を一つ口にして、水を二口だけ飲む。京子は最初、何も食べようとしなかったが、飛鳥に促され、しぶしぶと言った様子で食事をとっていた。
「さて、今日は出来ればここの出口を見つけたいところだけれど……」
飛鳥は枝の上に立つ。
見渡す限り、同じような景色が広がっていた。出口らしきものはない。遠近感がつかめないせいで、広大なサバンナの真ん中に取り残されたようだった。
「ふうん……」
風は相変わらず一定方向に吹いている。飛鳥は風の吹く方に目を凝らすが、何も見つけることが出来なかった。
「これは長丁場になるかもだねぇ」
そう言いつつ、木から降りる。
「さ、行こうか」
飛鳥と京子は、再び腕を組んで歩き始めた。
地面は昨日よりは乾いたのか、ひざ下まで埋まるということはなくなっていた。だがまだドロドロで、足を取られやすくなっている。
「さて、今日は何を話そうか。特環研究の今後について語り合うかい? むしろそれを話したいまであるんだけど」
「飛鳥さん」
京子が唐突に口を開いた。
「なんだい? 語らいたいことが出来たのかい?」
「昨日の晩ずっと、私はどうやって死のうかという事ばかり考えていました」
「……まだそんなこと言ってるのか」
飛鳥は不愉快になって口を尖らせた。
「悪いが京子君。私の目が黒いうちは、君を死なせたりはしないよ。絶対にだ」
「なぜですか?」
「なぜって。それは君が大切だから……」
「それだけで、なぜ私にそこまで構うんですか?」
「それは、君の研究が……」
一歩、また一歩と踏みしめながら、飛鳥は考え込む。そこへ京子が畳みかけるように言った。
「私の研究は、確かに院生としては珍しいものだったかもしれません。でも、それだけです。貴女にそこまで構われるほど、良い出来だったとは思っていません」
「……特環研究を題材に選ぶ学生は本当に珍しいからね。だから」
「それは、自分の命を懸けるほどに?」
「…………」
泥をかき分ける音だけが、洞窟の中に響いた。
なぜ、自分は命がけのこの目の前の死にたがりを助けたのか。
飛鳥には理解することが出来なかった。理解することに、向き合うことが出来なかった。
「それを知って、どうするんだい?」
ゆえに逃げる。
「知りたいと思ったからです。貴女のように他人に執着する感情を」
「執着……」
「私には、なかったものだから」
「……ま、生きて帰ったら存分に悩み考えたらいいんじゃないかい?」
飛鳥はそう言うと、京子を引っ張ってまた一歩進んだ。
こまめに休憩を取りながら、二人は前に進む。飛鳥はもう何もしゃべらなかった。京子も、何も言わない。二人分の足音だけが、空間に響いた。
「ここが端か……」
二時間ほど歩いて、ようやく広間の端にたどり着く。光る壁を、飛鳥は撫でた。
「壁沿いに歩いていけば、どこかに出入り口があるはずだ」
探り歩くこと数十分。壁に入った亀裂を見つけることが出来た。
「ようやく見つけた」
亀裂は人一人がようやく入れる程度の幅で、天井まで貫いている。マギウム原虫のおかげで暗くはない。風がごおごおと吹き込んできていた。曲がりくねっているのか、奥まで見通すことは出来ない。
「さ、行こうか」
飛鳥が先頭を行く。京子も黙ってその後ろについて言った。
細い道は、しばらく進むと途切れていた。風は吹き下ろすように上から吹いている。
「京子君、ボルダリングの経験はあるかい?」
「……ないです」
「奇遇だね、私もだ」
そう言いながらも、二人は崖を登っていく。
幸いおうとつが多く、登りやすい。丈夫なマギウム層なため、崩れる心配もほとんどしなくてよい。
しばらく上ると、再び平らな場所に出た。先ほどの亀裂よりも広い通路で、細い道路程度はある。下草が生えていて、周囲は苔むしていた。風も今はやんでいる。
見上げれば、かなり高いところに天井があった。
「上の階層についたかな?」
飛鳥の言葉通り、通路はどんどんと広がっていき、やがて広間と呼んでも差し支えないような空間に出る。
目の前に、樹状シダが生い茂る森が広がっていた。第一層とほとんど変わらない景色だ。だが、本当にここが第一層かどうかの判別はつかない。
「さて、これからどうしようか」
休憩がてら、飛鳥は適当な岩場に座り込んだ。京子もその隣にちょこんと座る。
「かなり広いから、風を頼りにすることも出来ないし、現在位置がわからないからコンパスも頼りにならない。無線も水損していて使えないしね」
そういうと、リュックサックから信号弾を取り出した。
「1発撃ってみようか。もしかしたら、救難隊が来てるかもしれない」
飛鳥は上に向けて信号弾を撃った。音と光とともに、赤い煙が撃ちあがる。
だが、待てど暮らせど返事は帰ってこない。
「こりゃだめだな」
煙が完全に消え、飛鳥は肩を落とした。そんな彼女に、京子が声をかけた。
「飛鳥さん」
「なんだい」
「飛鳥さんは、どうして生き残りたいんですか」
「ここんところの君はなんだか唐突だね」
飛鳥は苦笑する。
「ストレスチェックを受けたことがあるだろう? 自ら死を望むのは決して健全な状態じゃないらしいよ、人間は」
「それは、思考の停止ではないですか?」
京子が言う。
「私は、生き残りたい理由を聞いているんです」
「…………」
飛鳥は天井を見つめた。
「知りたいんだ。この世界の事が」
空に向かって手を伸ばす。
「怪獣の事、特異環境の事。まだまだ分からないことだらけだ。それを知らないまま死ぬことなんてできない」
「……飛鳥さん、らしいですね」
「君にもわかると、思っていたんだけどな」
「私にはわかりません」
京子もまた上を見上げる。
「この世界に魅かれて、この世界で死にたいと思った。私にはずっとそれだけでした」
「……今は違うのかい?」
「…………」
京子は黙りこくる。そしてぼそりと言った。
「わからなくなりました。貴女のせいで」
「そうかい」
飛鳥は体を起こした。
「まあ、大いに悩むが良い若者よ。悩むのも苦しむのも、生きている人間の特権だからね」
「いらない権利ですね」
「ゆえに新しい光が見つかるんだよ」
飛鳥は京子の背中を叩いた。
「さ、行こうか」
そんな彼女に、京子が問いかけた。
「飛鳥さんは……、見つかりましたか?」
「さあね」
飛鳥は肩をすくめた。
それから二人は壁際に沿って進むことにした。
「あ」
京子が足を取られて転ぶ。
「大丈夫かい!?」
飛鳥が受け止めるが、飛鳥もまた京子を支えきれずに転がる。
「うおっと」
どさりと倒れ込み、そのまま息を吐いた。
「さすがに、体力的にしんどいものがあるね」
「…………」
飛鳥は頭を押さえた。すでに二日間歩き詰めだ。食糧も水も少ない。限界が迫りつつあるのを感じていた。
「持って一日二日ってところかな」
「死ねますか?」
「このままだとね」
自分を見上げる京子を、飛鳥はそっと撫でた。
「だけど、そうはさせないよ。私たちは二人で生きて帰るんだ。少し休憩したら、また出発しよう」
体を起こし、リュックサックからチョコレートを取り出す。それを京子と二人で分けた。
「帰ったら来々軒のラーメンが食べたいねぇ。さして美味しくはないけど、妙に思い出すんだよあそこは」
そうぼやいた瞬間、
「伏せて」
京子を地面に押さえつけ、自分も体を倒した。
「動くんじゃないよ、絶対にだ」
地面が微かに振動していた。ドスン、ドスンと一定のリズムを刻んでいる。木々が倒れる音がした。
少しだけ顔を上げると、ゾウのような太い灰色の足が目に入った。そっと上を見上げる。
「ハイイロリュウ……」
前傾の二足歩行型爬虫類で、顔はワニのようにとがって、鋭い牙が生えそろっている。手はそのまま巨大な翼となって、体の後ろまで伸びている。背中から尾にかけては、三角形のヒレが生えている。
体色は灰色。ゴツゴツとした肌感だ。
体長は40メートルほど、体高20メートルはある。全体的に、巨大な恐竜といったフォルムだった。
ハイイロリュウはじろりとあたりと睨む。そして二人を見つけた。
「グュルルルルルルル」
喉を鳴らし、顔を近づける。
飛鳥は必死で京子を押さえつける。生暖かい呼気が、前髪を撫でた。
一瞬のような、永遠のような、緊迫した時間が過ぎた。
ハイイロリュウはしばらく二人を嗅ぎまわしていたが、やがて興味を失ったのか、翼を広げて飛んで行った。
飛鳥の体から力が抜ける。
「いやぁ、こいつはまずかった……。良かったよ無事で」
ハイイロリュウは肉食性で、凶暴な怪獣だ。過去、何度も地上に来襲しては、甚大な獣害を引き起こしている。元和2年渡良瀬獣害を引き起こしたのも、ハイイロリュウだ。
「しかしあいつがうろついているなんてね。うかつには動きづらいな……」
それから京子の方をふと見上げた。
「動かなかったね」
「…………」
「私はいつ君がまた走り出すか、内心ヒヤヒヤしていたんだけれども」
皮肉を込めて言う。京子は俯いて答えた。
「今私が動いたら、飛鳥さんも死んでしまうと思ったんです」
「……そうだね」
「それは、嫌でした。だから、じっとしていました」
「そうかい。それはありがたい話だ」
飛鳥はなんだか照れ臭くなって、視線を京子からずらす。
そして京子を引っ張って立ち上がった。
「さ、行くよ。ここがハイイロリュウの縄張りなら、早く出たほうが得策だ」
すると、京子が飛鳥に抱き着いた。
「……まだしんどいかい?」
「貴女は」
京子は飛鳥の耳元でささやく。
「死なないでくださいね」
そう言って、さっさと離れる。
「……勝手なもんだね」
一瞬で心拍数が上がったことを自覚しながら、飛鳥は一人呟いた。
行けど進めど、景色は変わらなかった。ここがどこなのかもわからないまま、二人は特環をさ迷い歩く。
すでに空は薄暗くなっており、二度目の夜を迎えようとしていた。
「今日はここまでかな」
夕暮れほどの光量になって、飛鳥は夜営の準備を始めた。
怪獣がうろつく特環の中だ。昨日のように、適当に良い場所で、というわけにはいかない。一旦森に入ると、幹の太い木を探す。
「幹が太いということは、長くそこに生えていた証拠。つまり怪獣の通り道ではないってことだよ」
飛鳥は解説しながら、目当ての木を見つけた。二メートルほどの直径の杉の木で、中にはちょうど二人が入れる程度の洞が開いている。
「まさにこういう木だよ。これはまるで、ここに止まってくださいと言っているようなもんじゃないかい?」
中をライトで照らし、異常がない事を確認すると、二人は洞の中に入った。そして入口をシートで被う。
「さ、今日は一枚で寝ることになりそうだね」
二人で一枚のエマージェンシーシートにくるまりながら、飛鳥は楽しそうに笑った。
「昨日よりは快適そうだ。よく眠れるんじゃないかな?」
「そうですね」
京子が答える。
「なあ、京子君」
飛鳥がふと言った。
「私は、君に死んでほしくないと言ったろ?」
「はい」
「その時は、その……、君の研究に魅かれたからだと言ったが」
それから、飛鳥はすこし言いよどむ。だが、諦めたように力を抜いた。
「君自身にも魅かれたんだよ。それは認めなくてはいけない。未知に挑む君に、特環に憑りつかれた君に魅かれたんだ」
飛鳥は昔を懐かしむ。
「君と一緒に、この世界の事を解き明かしたいと思った。そうだよ、ほかならぬ、柏京子君だから、私は君を選んだんだ」
「…………」
暗いせいで、京子の顔は見えない。それでも飛鳥は続ける。
「私の夢は、君なしじゃ叶えられないんだ。どうかな、私のわがままに付き合ってくれないかい?」
「……、私は、まだわかりません」
京子は小さく言う。
「飛鳥さんの気持ちも、自分の気持ちも。どうすればいいのかも」
「こんな状況さ。後悔しないように、正直なればいいと思うよ」
「……じゃあ」
京子はくるりと体を回して、飛鳥と向き合った。そして唇にキスをした。
「……っ!?」
飛鳥は目を見開く。京子は平然とした様子だった。
「こうしたいと思いました。貴女ともっと近づきたいと」
「……そうかい」
「初めてです。こんな誰かに執着するのは。何でなんでしょうか」
「わからないよ。この世はわからないことだらけさ」
興奮と緊張が飛鳥を襲う。だがそれを上回る疲労が、すぐに眠気とともにやってきた。
「無事に戻れたら、私も……」
飛鳥はそれだけ呟くと、すうすうと寝息を立て始めた。
翌朝。
二人は簡単に朝食をとった。羊羹が一つとビスケット二枚。それだけだ。食料は残り少ない。
水の方はもっと少なくなっていた。途中湧水で補給は出来たが、それでも広い特環を歩き回るには心もとない。次にいつ補給できるかもわからなかった。
昨日のことを、飛鳥はぼんやり思い出していた。
誰かとキスをしたのは初めてだ。それも、同性の部下。
そっと唇を押さえる。見ると、京子は何事もなかったかのように無表情だった。
「……飛鳥さん」
「な、何だい?」
「昨日の事、意識してます?」
図星を当てられる。心臓が跳ねあがった。
「い、いや別に。私は大人の女だからね。キスの一つや二つで動揺するような人間じゃないさ」
そう見栄を張るが、今の京子にはすべて見透かされているような気もした。
だからさっさと話題を変える。
「今日も特環の端に沿って歩こう。なあに、昨日も一日歩いたし、今日こそ何か見つかるさ」
飛鳥は明るく言う。
そう、今は非常時だ。キスごときに動揺している場合ではない。
そう言い聞かせると、だいぶ平静が戻ってきた。
「私は意識してますよ?」
だが京子が平然と言い放ったので、飛鳥の顔も一気に赤くなるのだった。
「人間の一歩がおよそ70センチ。この階層に来てから半日歩いたとして、もうかなりの距離は歩いているはずなんだけど……」
朝から歩き出した二人だが、森が延々と続いていた。水場も見つからず、さすがの飛鳥からも弱音が口をつく。
「北総特環第一層の面積が23区と同じぐらいと言われているぐらいだからね。第二層三層に至っては正確な面積すら判明してないわけだし……」
そんな飛鳥に、京子が言った。
「正直、私はこのままでもいい気がしてきました」
「なんだって?」
「このまま飛鳥さんと2人きりで過ごせるなら、それでもいいかなって」
「ふふ、……本当に訳が分からないことを言い出すね、ここに来てからの君は。前までの素直で従順な京子君は何だったんだい?」
飛鳥がからかように笑った。
「大方作ってたんだろう? 君は元々空気を読むのが上手だったからね」
「そうです」
京子は頷く。
「人から求められる自分を演じてました。後輩の前でも、家族の前でも、……貴女の前でも」
「道理でなんだか物足りないと思ってたよ」
飛鳥は笑った。
「私は今の君の方が好きだよ。見ていて気持ちがいい。やっぱり人間正直に、素直に生きないとね」
「そうですか……?」
「無事に帰れても、せめて私の前では素直なままでいてくれよ」
「……善処します」
京子の腹に大きな爪が突き刺さったのは、その時だった。
「え?」
京子は首を傾げる。飛鳥は反射的に京子の手を掴んだ。
「京子君!!」
空に引っ張られそうになる京子に、飛鳥は必死で抱き着いた。
「この!」
飛鳥も共に引きずられる。しかし体全体を使って、京子を何とか取り返す。飛鳥が空を見ると、一羽の怪獣が空を舞っていた。
「コカクチョウ……っ!」
全体的に丸いフォルムに、女性の髪のように黒く長い尾羽。全長は5メートルはある。古来より妖怪としても恐れられてきた怪獣、コカクチョウだ。
「キャキャキャキャキャ!」
コカクチョウは幼児の笑い声のような、甲高い鳴き声を上げながら、空に弧を描く。そして再び京子に狙いを定めると、こちらに向かって舞い降りてきた。
「させるか!」
飛鳥は腰の拳銃を抜くと、撃った。反動で肩が外れそうになる。だがそれも構わずもう一発。
当たりはしなかったが、コカクチョウは進路を変え、再び空の高いところへと戻る。
「京子君!」
倒れた京子の体の下には、すでに血だまりが出来ていた。
「京子君! しっかりするんだ! 京子君!」
返事はない。飛鳥はコカクチョウに目を向けつつも、必死で京子を揺り動かす。
「こんなところで死ぬんじゃないぞ! 私の命令だぞ!!」
飛鳥は自分の作業着を脱ぐと、京子の傷口をきつく縛った。しかし、血は止まらない。
「キャキャキャキャキャ!!!」
気が付くと、コカクチョウが再び舞い戻ってきていた。飛鳥はほとんど狙いも合わせないまま発砲する。当然、弾は当たらない。
今度はコカクチョウも避けずに突っ込んできた。
「くそ」
飛鳥は反対の腰から信号弾を取りだすと、コカクチョウに向けて撃った。煙弾が煙と光を放ちながら上空に打ちあがる。
煙が視界を遮ったおかげか、コカクチョウはひと鳴きするとどこかに飛んで行ってしまった。
「京子君!!」
飛鳥は銃を放り出し、京子にすがる。
「息をしろ! 動け! 死ぬな! 京子君!」
京子の顔面は蒼白としていて、呼吸も浅い。危険な状態だった。
飛鳥は叫ぶ。そしてリュックサックとひっくり返すと、救急セットの中をぶちまけた。
震える手で消毒液の蓋を開け、京子の傷口に振りかける。そして包帯を拾うと、胴体ごと巻き始めた。当然、救急セットの包帯では足りない。すぐになくなって、赤く染まる。
飛鳥は悟ってしまった。
もう、京子を助ける術はない、と。
「京子、君」
京子の胸に顔をうずめる。
心臓の鼓動は小さくなっていた。飛鳥はもう、どうしたらよいのかわからなかった。涙があふれる。
泣いたのは何年ぶりだろうか。
人の事を思って泣いたことなんて、初めてじゃないだろうか。
こんな時にも拘らず、頭の中のどこか冷静な部分が考える。
泣いてばかりじゃいられない。この後、私は、京子君を……。
その時、茂みががさがさと動いた。飛鳥は慌てて銃を掴むと、そちらに銃口を向ける。京子の血の匂いに誘われて、怪獣が来たのかもしれない。だが、ここから離れる気は飛鳥にはなかった。
がさり、と飛び出てきたのは、飛鳥の知らない生き物だった。
「なっ……?」
スライム、という呼び名が最もふさわしい見た目だ。直径にして1メートルほど。透明な緑色をした、クラゲのような生き物だった。
だが、スライムはあくまで西洋の空想上の生き物だ。特環に生息している怪獣にはいない。
スライムは体を震わせながら、こちらに向かって跳ねてきた。
「こ、こら!」
飛鳥は撃った。だが弾はスライムの体を貫通し、地面をえぐる。肝心のスライムは、一切ダメージがないようだ。特に気にした様子もない。
「来るな!」
飛鳥が叫んでも、スライムは止まらない。それどころか、京子の体にのしかかろうとした。
「こ、この!」
京子を食べる気だ。
飛鳥は直感的にそう感じる。だがどけようと手を伸ばすと、スライムの体の中にずぶずぶと飲み込まれてしまう。
それでも、何とかして京子を守ろうと、飛鳥は京子の体に覆いかぶさった。
「食べるなら、私ごといけ!」
その言葉通り、スライムは飛鳥ごと二人を飲み込む。
ああ、このままこいつに溶かされて食われるんだな。
飛鳥はぼんやりとそんなことを考えた。ふと隣を見る。京子の青白い顔が、目の前にあった。
綺麗だな。
自身の意識も急激に薄れゆく中、ただそれだけが頭をよぎった。もう、何をすべきかも、何が出来るかもわからない。唯一わかるのは、やりたいこと。
飛鳥はそっと、京子に口づけをした。
何かが横に立っている気配がしたが、もう振り返ることは出来なかった。
「大丈夫よ」
そんな声が、どこからか聞こえた気がした。聞き覚えのある声だった。よく、日常を共にしたような、そんな気配。
「私たちが使う医療用の生物だから。京子ちゃんは無事。貴女もゆっくり眠って頂戴。地上へは、私が連絡してあげるから」
『こちら市原。要救助者二名を発見しました。はい。意識を失っていますが、生きています。目立った外傷はありません。場所はポイント……』
飛鳥が目を覚ました時、そこは病室だった。
「目が覚めましたか?」
「京子君……?」
枕元の椅子に、病院服姿の京子が座っている。訳が分からなくなって、飛鳥はもう一度目を閉じた。
「飛鳥さん、起きたのなら起きてください」
「……夢じゃないのかい? あるいは死後の世界とか」
「飛鳥さん、死後の世界とか信じてるんですか?」
辛辣な物言いの京子に、飛鳥は大人しく体を起こした。窓の外には穏やかな夏の街並みが見える。
2人部屋に収容されていたようで、京子の奥にはもうひとつベッドが見えた。今は空のようだが、使用している痕跡がある。おそらく、京子の病床だろう。
空は青い。特環ではなく、外の証だ。
「……ここは?」
「北総記念病院です。私たちが救助されて、もう二日はたったみたいですよ」
北総記念病院は、北総市にある総合病院だ。北総特環から最も近い病院でもある。
「ナースコールを押しました。もうすぐ看護師と、おそらく統括官あたりが来られると思います。ここに詰めているらしいので」
そう言うと、京子は自分のベッドに戻っていった。
入れ替わるようにドアが開き、医師と看護師が入ってきた。その後ろには制服を着た百合の姿も見える。医師は矢継ぎ早に質問を行い、飛鳥の体を調べる。十分ほどの診察で、ひとまず異常がない事が告げられた。
「お前は本当に……。よかった……」
医師たちが退出すると、百合が大きなため息とともに掃き出し、そのまま椅子に座り込んだ。
「心配をかけて悪かったね」
「ほんとだっての。マジで死んだと思ったからね」
「そりゃ思う。私ももうダメかと思った」
「いやでも……。二人とも怪我もなく無事で本当に良かった」
その言葉に、飛鳥は違和感を覚えた。
「……怪我がない?」
「ああ。傷一つないって言ってたよ。脳にも異常はないって」
「そんな馬鹿な」
飛鳥は飛び起きると、京子が寝ていた掛け布団をひっぺはがした。
「失礼するよ京子君!」
京子の服を剥ぐ。そこには、まっさらで、傷もない綺麗な腹があった。
「な、何するんですか、野田主任!」
京子の声が響く。
「……、あ、え。うん。すまない……」
その様子を、百合は呆れた様子で見ていた。
「お前もか。飛鳥」
「どういうことだ……?」
「柏も、自分がコカクチョウに腹を突き破られたと言ってたんだよ。もしかして飛鳥もそれを見たのか?」
「見たも何も! そのせいで京子君は死んでしまうかと」
「検査をしたけど、内臓はおろか皮膚も全くの無傷だったそうだ」
百合の言葉に、飛鳥は眉根を顰める。
「何だって?」
「だから無傷だったんだって。全く異常なし。しいて言えば軽い脱水を起こしていたぐらいだけど、それぐらいだって」
「……嘘だろう」
「……向こうで体験したこと、聞かせてもらえる?」
百合の聴取に、飛鳥は一瞬京子を見た。京子は少し戸惑ったように、首を横に振った。
「わかった。何でも聞いてくれ」
「起きたばかりで悪いね」
百合は軽く頭を下げた。
飛鳥は、おおむね見聞きしたことをそのまま話した。
水流に巻き込まれたこと、閉鎖特環に落ちたこと、脱出したのち、コカクチョウに襲われたこと、そして謎のスライムのこと。
ただし、京子が抱えていた願いは話さなかった。
百合は記録を取りながら、興味深そうに話を聞いていた。
「どうだい? 京子君の話とは整合性は取れているかい?」
「おおむね合ってる。誤って転落した柏を助けに行って、泉に落ちたんだろ」
百合は頭を掻いた。
「そう言うことにしておいてあげる」
「多謝多謝」
飛鳥はおどけて肩をすくめた。
「で、そっちでは何か変わったことはあったかい?」
「そうだねぇ。東山首席官の首が飛びそうになってる」
「……それは申し訳ない」
「冗談よ。責任は追及されてるけど、こうして無事に帰ってきたんだ。じきに納まるさ」
二人の上司に当たるのが首席官だ。この騒動では、首席官の責任問題にまでなっていたらしい。
「後はあの泉だな。今はもう泉跡だけど」
泉は完全に水が抜け、干上がってしまったらしい。
「詳しい調査は出来なかったが、おそらくモンゴリアンデスワームの巣穴が上のため池とつながったんだろう。そこを通って、ヤマトハリトカゲの幼体は地上へと来襲した」
「問題はなぜ、だね」
飛鳥が言葉を引き継ぐ。
「ヤマトハリトカゲは産卵後、子育てを行う怪獣だ。特に母親は、子供に強い執着を見せる」
百合も俯く。
「……そして幼少期はコロニーを作って生活する。つまり、一匹が上に行ったせいで、母親が上がってきて、他の子供たちもそれに続いた……」
「それは考えられるね。……もし、もしだよ」
飛鳥は顎に手を当てて俯いた。
「すべて、仕組まれていたとしたら?」
「すべてって?」
「今回の獣害が、だよ。あれが、自然災害じゃなくて、何らかの意思を持った行為の結果だとしたら」
「バカバカしい。怪獣人類って言いたいのか? 都市伝説じゃあるまいし」
特異環境内知的生命体。通称怪獣人類の存在は、それこそ有史以来囁かれてきた都市伝説の一つだ。特環内はほとんど調査できていないため、完全にオカルトと切って捨てることは出来ないが、それでも宇宙人と同列の存在のように思われている。
「『何か』がモンゴリアンデスワームを使って、地上に穴をあける。そこに一匹だけハリネズミの子供を紛れ込ませて、あとは母親と他の子供を地上へと誘導した」
「それこそなぜ? 『何か』はなんでそんなことをした?」
「……実験」
飛鳥はつぶやく。
「可能かどうか実験した。怪獣を操ることが。若しくは、地上の怪獣駆除の能力を見たかった。威力偵察ってやつ。すべてを偶然で片づけることも出来るけど、……この可能性も、あるんじゃないだろうか」
「……考えられない、というよりは」
百合は深く息を吐いた。
「考えたくないな」
二人は窓の外を見る。
空はすっかり秋模様で、子供たちが横の公園で遊んでいるのが見えた。いつもの、平和な街並みだった。
「私はとりあえず戻るよ。仕事も溜まってきてる頃合いだし」
「世話を書けたね、水留。本当にすまなかった」
「生きてるだけで儲けものだよ。二人はもうしばらく入院になると思う。大人しくしときなよ。じゃ」
百合も職場へと戻り、病室は、飛鳥と京子の2人きりになった。
京子は二人きりになったのを見計らったように、再び飛鳥の枕元に座ると、頭を下げる。
「ありがとうございます。私のこと、黙っていてくれて」
「どうせ君も喋ってないんだろう? ならつじつまを合わせたほうが色々楽じゃないか。それに」
「それに?」
「本来の君を表に出したくない。私の前だけで充分さ」
「それは、独占欲というやつですか?」
「勘違いするんじゃないよ。めんどくさいからさ。特環で死にたいだなんて言って、本当に死のうとするような人間、私じゃなきゃ御せないだろう?」
飛鳥はやれやれと首を振る。
「それに私は出来る上司だからね。部下のメンタリティをむやみに開示することはしないよ」
「ありがとう、ございました」
京子は再び、深く頭を下げた。
「それで、今は死にたいかい? お望み通り死にかけたわけだけど」
「今は……」
京子は表情のない顔で、そっと飛鳥を抱きしめた。
「貴女と一緒にいたいです」
「……それは」
「貴女の行く末を一番近くで見届けたいです。死ぬのはそれからでもいいかなって」
「じゃ、せいぜいおばあちゃんになるまで長生きすることだね。私は簡単に死ぬつもりはないよ。そして君を逃がすつもりもない」
「はい」
誰ともなしに、二人はついばむような口づけをした。
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