カラオケと思い出

ㅤ紡の大声に驚いたのか、脱兎のごとく去っていった灯彩ひいろくんを横目に私は口を開く。


「たまには不真面目になるのも学生の特権ってものだよ。そんなことより、カラオケ行くんでしょ?」


ㅤ自分が真面目に授業を受けている間に私がのうのうとサボっていたのがどうしても気に食わないのか、憤懣やるかたない様子の紡の手を引く。真夏だというのに少し体温の低い手のひらを包み込み、ごめんね。と小首を傾げれば、紡の頬が薄く染まった。紡はわりと私の顔が好きだ。ということを私は知っている。紡は顔を背け、小さく「許……す」と言う。可愛いなぁ、もう。


ㅤ紡とのこの平和な日常を守るためにも、私はゲームをクリアしたい。そのためにも、勝手に決めて申し訳ないが、灯彩くんには私と友達になってもらう。友情エンドだろうがクリアはクリア。そもそも運営がそのルートしか用意していないのだから、文句は無いだろう。そういえば連絡先を聞き忘れたことを思い出すが、裏庭に行けばまた会えるだろう。今度からはチロルチョコを差し入れるのもいいかもしれない。会う度プレゼントをあげて好感度を稼ぐ。なんだかそんなゲームがあったなと思う。そのゲームを真似て毎日カブトムシを捕まえては私の家に連れてきていた紡の姿を思い出す。カブトムシに家を乗っ取られても困るので、丁重にお断りして森に返していた。小学生の頃の思い出だ。


ㅤ小学生の頃の記憶……? なぜそんなものがあるのだろうか。がこの世界に来たのはついこの間なのに。これは、私の記憶ではない。そう、恐らく、主人公というキャラクターに植え付けられた記憶だ。思い出そうとすれば思い出せる。紡との色んな思い出。羨ましいな、と思う。羨ましい。幼馴染として、ずっと幼い頃から共に過した日々が、本当に私のものだったらよかったのに。なんて考えても、過去は過去だ。仕方がない。これから先積み重ねていけばいい。紡との幸せな生活に思いを馳せ、繋いだ手を握り直してカラオケに向かった。



ㅤ紡は歌が上手い。音楽番組で流れているような曲や、親が車で流しているような一昔前の曲まで、なんでも歌える。耳に心地好い歌声を聴きながら、あれもこれもとリクエストしていると、リセちゃんも歌ってよ! と、マイクを差し出された。


「私はいいよ」

「つむぎだってリセちゃんの歌聞きたいもん!」


ㅤぐいぐいとマイクを押し付けられ、聴いてるだけでいいのにな、と思いながら受け取る。満足気に頷いた紡は、端末を操作して曲を入れた。少し前に流行った二人で歌うボカロ曲だ。


「デュエットじゃん」

「一緒に歌お!」


ㅤ紡が立ち上がり、曲が始まる。私も立とうか迷っていると、最初のフレーズを紡が歌い出した。次のパートで促されるまま立ち上がり、口を開く。



「やっぱりリセちゃんの声かっこいい!」


ㅤニコニコと満足気な紡。その目の前の空のグラスを持ち、「取ってくるよ」と言えば、「ありがとう! メロンソーダがいい!」と返される。自分の分のグラスも持って部屋を出た。


ㅤドリンクバーコーナーには、先客がいた。よく見ると、つい先程まで見ていた顔だ。カラオケとか、来るんだ。意外に思いながら、ソフトクリームを作っている灯彩くんに声をかけた。


「さっきぶり」


ㅤ驚いた様子で肩を震わせた灯彩くんは、振り返る。その拍子にソフトクリームが大きく崩れた。


「あ、ごめん! 急に話しかけたから」


ㅤあわあわとバランスを取り直してソフトクリームを作り終えた灯彩くんは、口を開いた。


「いえ、大丈夫です! 偶然ですね」

「ね、びっくりしちゃった」


ㅤ灯彩くんも誰か友達と来ているのだろうか。あたりを見回してもそれらしき人影は無いが、部屋で待っているのかもしれない。あまり足止めをするべきでもないだろう。


「さっき連絡先聞きそびれちゃったからさ、LINE交換しない?」


ㅤ少し急すぎたかと思ったが、灯彩くんは食い気味に「ぜひ!」と言うとソフトクリームを置いてスマートフォンを取り出した。


「カバー可愛いね」


ㅤQRコードを表示しながら言えば、灯彩くんは照れたように頷いた。


「ありがとうございます」


ㅤその手元にはカラフルなチロルチョコ柄のケースに入ったスマートフォンがある。どれだけ好きなのだろうか。でもお菓子柄って可愛いから気持ちはわかる。


ㅤ思わぬ収穫を得て、浮き足立ちながら紡が待つ部屋に戻った。

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