第6話 お礼は必ず

 しばらくして、廊下の方からドタバタと音がして慌ただしい様子がしてくる。

 すると、『バン!』と勢いよく扉が開かれると少し小太りなご婦人が息を切らして、宰相にノシノシと近付く。

「あなた! どういうことですか! 説明はしてもらえるんでしょうね。もし、嘘なら、こんな性質たちの悪い冗談を言うあなたとは離縁させてもらいますからね! いいですわね! そこで見ているナキも……って、ナキ? 本当にナキなの?」

「相変わらずですね。お母様……お久しぶりです」

 宙に浮かぶナキの顔を見て、宰相の妻も最初の勢いはどこへ行ったのか呆然としてしまう。そして、ナキの顔に話しかけ、その顔だけのナキからお母様と呼ばれたことで、目の前の娘にそっくりな顔だけの存在を娘であるナキなのかと問い掛ける。そして、宰相に対し説明を求めるが、落ち着けと言われるだけだった。

「え? 本当に? あなた、どういうことですか?」

「だから、少し落ち着きなさい。それでナキの衣服は?」

 興奮する妻を宥め、使いの目的であるナキの衣服はどこなのかと確認すると、使いに出したメイドが持って来たことを伝える。

「それなら、こちらにご用意しています」

「ああ、ありがとう。では、ノーラと一緒にナキの着替えを手伝ってもらえるかな」

「はい。分かりました。ですが、どうやって?」

「ああ、それもそうか。申し訳ないが、お願いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、いいよ。じゃあ、ナキさんは、ちょっと一度引っ込んでもらえる?」

「ええ。分かりました。では、お母様、後ほど」

「え、ええ。五年も待ったんですもの。いくらでも待ちますわ」

「じゃあ、メイドさん達はこっちに来て」

「「はい」」

 想太は部屋の隅に行き、他の人達から死角になる位置で亜空間部屋の扉を開ける。

 すると、そこには布一枚を見に纏ったナキが立っていた。

「「ナキ様!」」

 メイド達はナキを見るなり、亜空間部屋に躊躇することなく飛び込んで行く。

「じゃあ、後はよろしく。それと、出来るだけ早くね」

「は、はい。分かりました。ぐすっ……お任せ下さい」

 ノーラと呼ばれたメイドが涙を拭いながら想太に答える。

 想太はそれを確認すると、亜空間部屋の扉を閉める。


 想太の側に朝香が近寄ると、少し話しましょうかと言ってくるが、宰相の妻にそれを遮られる。

「あなたがナキを助けた方なの?」

「ニキ、よしなさい。その方に失礼なことをしてはならない」

「でも、お礼くらいは言わせて下さい。ナキを生き返らせて下さりありがとうございます」

「いえ。ほんの気まぐれですから、お礼を言われることではありません」

 ニキと呼ばれた宰相の妻は宰相が遮るのも聞かずに想太に対し、深々と頭を下げる。そして、それに対し想太もそこまで礼を言われるほどのことではないと答える。

「そうよ。お母様。お礼ならこれから私がタップリとする予定ですから。ね?」

「ナキ、それはどういうことかしら?」

 着替えを終え、亜空間部屋から出て来たナキがニキに対し、ナキ自身もお礼ならこれから自分自信がしていくからと伝えるとニキは怪訝な顔になる。娘が自分でお礼をすると言うのであれば親なら、喜ばしいことなのだが、と言われたことが引っ掛かりを覚える。

「どういうって、私がこの方の妻となり、ずっと添い遂げるということです。ね?」

「な、ナキ! あなた、自分が何を言っているのか分かった上で言っているの?」

「ええ、そうです。だって、私の何もかも裏の裏まで全てをじっくりと見られたのですから、当然です」

「全てを見られた?」

 ナキの言葉にニキは想太を射殺すほどの目付きに変わる。それを見た宰相が慌てて、想太とニキの間に割って入ると、事細かに説明する。

「……そういうことでしたか。なるほど、確かにそういうことなら、ナキの言う通りですね。失礼しました。もう少しで助けて頂いた方に対し失礼をはたらくところでした」

「もう、お母様までお父様と同じ意見なのね」

「当たり前です! 第一、そんなことで婚姻するのなら、世の中のお医者様はどうなるのですか」

「でも、私は本当に中まで見られたのよ」

「関係ありません。それに意識がない時の話でしょ」

「そうだけど……」

 両親の説得にも中々納得出来ない様子のナキに宰相も辟易しているようなので、想太はそっと助け船を出す。

「宰相さん、ナキさんも帰ってきたばかりでまだ落ち着いてないだろうし、お腹も減っているだろうし、まずは家に帰って落ち着いてもらったらいい」

「はい。そうですね。では、ニキ! ナキと一緒に屋敷に戻りなさい」

「はい、分かりました。では、失礼します。お礼は必ず致しますが、この場は失礼します。ナキ、帰りますよ」

「え~そんなぁ~」

「ナキさん。今は、帰ってきたばかりで色々と混乱しているんだと思います。しばらくはお家でゆっくりと静養してはどうでしょう」

「そう言われると何も言えません。分かりました。今は、家に帰りますが、必ずお礼はさせて頂きますね」

 そう言ってニコリと笑うナキだが、その瞳の奥に猛禽類を思わせる輝きをは見逃さない。


 ニキとナキの二人を見送ると想太は宰相に対し、準備が出来たらまた来るとだけ言って、放ったらかしだった、獣人三人と朝香を伴い、エルフの国から転移する。


「行ったか……」

「ええ、行きましたね」

「それにしても今日起きたことが、本当なのか、まだ夢の中にいるのでは思うことばかりだよ」

「そうですね。私も最初は怪しい者だと訝しげに思っていましたが、蓋を開けてみれば私達には恩しかありません」

「ああ、そうだね。でも、大きな問題も残していったと言うか、露見させて放ったらかしというのはな」

「陛下、それは元々私達の問題です。顕在化して頂いただけでも嬉しい限りじゃありませんか」

「そうは言うがな、後始末の方が大変な場合もあるぞ」

「それこそ、王となったばかりの陛下の働きどころでしょう。期待していますよ」

「……分かったよ」

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