第13話 私の初恋の話
「冷静に考えたら俺、人殺したんだよな……」
もう一度パソコンを手に入れるべく非常階段で二十一階から十四階を目指す途中、コレキヨがぼそっとつぶやいた。足を引きずり、ずぶ濡れになった前髪を振りながら私は返す。
「やらなきゃこっちがやられてるんだから仕方ないだろ」
「まぁ、そうか」
ケロッと、コレキヨ。なんだこいつ。繊細に見えてそうでもないのか。私の方はといえばハシバの死体を見せられたあたりから倫理観が吹っ飛ばされていて「やられる前にやるのみ」というアマゾン未開の部族もびっくりの凶戦士的思想に染まっていた。実際殺さなきゃ殺されるんだし、正当防衛だ。思いっきりやる。
濡れた体はとにかく冷えた。体の芯から震える。やばい。体調に影響が出かねない。とは言え、進むしかできないので銃で警戒しながら先に進む。やがて十四階にたどり着いたところで、私とコレキヨはお互いにフォローし合いながらあの新なんとか用の(コレキヨが言うにはシンソツと読むらしい)パソコンがある部屋に向かった。部屋の中に入ると、適当な新品パソコンを開けてセットアップを開始した。この間、コレキヨが周囲を警戒する。
「OK」
パソコンがバッチリ使える状況になると私はネット回線を確認した。繋がる! 無線問題なし! 嬉しくて小躍りし出しそうだった。とりあえず、またシンソツ用のスマホを開封して電話をする。日本で警察を呼ぶ時は一、一、〇を押すらしい。通話をする。「さっき通報した者だけど」と、砕けて言いそうになって、頭の中のパパが口を挟んでくる。「丁寧に!」。私は「さっき通報した者ですが」と言い直して状況を伝える。斎藤製薬のビルにテロリスト。銃を持っている男が複数。
「今どこにいますか」
そう訊かれたので返す。
「十四階です。犯人たちは二十階に」
「そこでじっとしておいてください。すぐに人を派遣します」
やった! これでどうにかなった! 私は嬉しくてまたも小躍りしそうになる。と、通話中の警察が訊いてくる。
「死傷者はいますか」
「死者が最低で三名。怪我人が最低で三名」
死者はハシバと二十一階でくたばっているテロリストの仲間二名。怪我人は私とコレキヨと一階で閉じ込められているテロリスト一名。
「怪我の具合は?」
「どう伝えたらいいか分からないですが銃弾がかすめました。出血がひどいです」
「救急車も呼びます」
状況を把握しておきたいので、通話を繋いだままにできますか。
そう訊かれたので、まぁできなくはないだろうから「はい」と答える。通話先の警察は続ける。
「回線は保留にしておきます。他にも何か分かったことがあったら教えてください」
分かったこと、ね。
私はスマホを伏せてもう一度「誰かいますか!」コマンドを実行した。さっきパソコンが壊れたせいでカード認証も社内放送もエレベーターも防災システムも入り直さないと使えない。反撃するにはこちらも準備をしなくては。それに、ドアのロックは私がいないと開けられない。警察の人たちを呼び込めるようにしておかなければ。
私はパソコンの画面を見ながら手を揉む。現在読み込み中。もうすぐ、もうすぐ……やがて、応答があった。しかしそれはカード認証でも、社内放送でもエレベーターの管理システムでも、はたまた防災システムでもなかった。反応があったのは、なんと監視カメラのシステムだった。
「これって……」
私は新たに手に入れたシステムを見て考える。これってビルのどこでも覗けるようになったってことか? これからドアを開ける時、いちいち向こうに敵がいるかどうかビビりながら開ける必要がなくなる? やがて少し遅れてカード認証やら社内放送やらエレベーター管理システムやら防災システムやらから応答があった。それぞれ入り直して権限を手に入れる。それから、早速監視カメラシステムを使ってこのビル中の監視映像を見ることにした。コレキヨも私の様子を見て何か感じたのか、辺りを警戒しながら私のパソコンに視線を落とす。
「何だそれ。このビルの監視カメラか?」
コレキヨに訊かれ私は頷く。スマホのマイクの部分を押さえて、声が伝わらないようにしながら返した。
「監視カメラのシステムに入れた」
私は画面をスクロールさせる。と、ある監視映像に目が止まった。それは三階の映像だった。
「受付フロア」。映像下にはそう表示されている。受付? 自社ビルなのに受付が三階にあるのか。まぁ、一階はマクドナルドやらセブンイレブンやら店があったし二階は吹き抜けで一階と同じように店舗が入っていたしな。正式な入口を構えるのにはちょうどいいのかもしれない。
さて、そんな受付フロアの映像の中にあったのは。
フロント台の近くに、怯えた表情でしゃがみ込む、一人の女の子……!
進展九:防犯カメラのシステムに入れた
進展十:警察に通報できた
進展十一:もう一人発見?
持ち物:ハンドガン、パソコン、スマホ、トランシーバー
*
「まぁ、見た感じ犯人グループじゃない……っていうかあれだな、これ」
「あれって?」
コレキヨが画面の中の女の子を見てつぶやく。
「受付嬢だな。受付嬢の制服着てる」
「ウケツケジョー?」
「ほら、ビルの入り口のところで客と社内の人間とを取り持つ人だよ」
ああ、そういう仕事か。でもそういうのって現役リタイアしたおばさんとかがやってるイメージだけどな。日本だと違うのか。
ほー。私は画面の中で怯える女の子を見て思う。かわいい制服。こりゃこれが着たくてこの仕事目指す奴もいそうだね。画面の中の女の子は小顔ショートカットで小動物みたいだった。さっき上のフロアで遭遇したペとはまた違った意味でリスっぽい。
「助けた方がいいかな?」
私の問いにコレキヨが眉を顰める。
「そりゃ助けなきゃよ」
「いや、私たちに関係させると必然テロリストどもとの戦いに巻き込むからさ。警察に任せるかなって」
「あー、なるほど」
コレキヨはちょっと考えるような顔になると、やがて一息ついた。
「助けなきゃだろう。警察が来る前にこの子がテロリストに見つかって殺されてみろ。嫌な気持ちになる」
「まぁ、それもそうだな……」
私はパソコンを開いたまま、スマホを手に取り立ち上がる。と、よろけてしまった。脚の怪我が、痛い。
「おいおい」
コレキヨが支えてくれる。
「しっかりしろよ」
「わりぃ」
と、コレキヨがその辺にあったコート掛けを解体し始めた。何すんだこいつ、と思って見てると、コレキヨはハンガーをかける棒のあたりを取り外し、私に差し出してきた。
「杖として使え。もしもの時はそれでぶん殴れ」
「いいねそれ」
サムライソード! なんて言うとコレキヨは笑った。
「今度はお前の話聞かせてくれよ」
「なに、今からおしゃべり?」
「いいだろ。もう警察も来て助かるだろうし」
「まぁなー」
じゃあ。
ということで私は話し始めた。もちろんスマホのマイクは押さえたまま。しかし何を話していいか分からなかったから、とりあえず最初にハッキングをした友達のことと、それからFBIの(ってことは伏せて国の)システムに入り込んで酷い目にあったって話をした。私が「正式じゃないけど逮捕歴あるよ」と言うとコレキヨが「マジかよ……」と何故か目をキラキラさせていた。それから司法取引について話すと「本当にそういうのあるんだな」と感心していた。
そして、そう、それから……。
「一番やばいと思ったハッキングってどんなの?」
そう、訊かれた。
私は黙る。口を閉ざす。だがやがて、こいつとの関係もここまでなのにこんなこと秘密にしてても仕方がないな、と笑えてきたので、素直に話すことにした。パソコンの中の監視カメラ映像をスクロールしながら、そしてスマホに聞こえないよう気をつけながら、私は小さく、だが笑いながらつぶやいた。実際おかしかった。
「初恋の話でも聞く?」
コレキヨが少し居心地悪そうにする。
「お前が話してもいいなら」
「女の子の恋バナなんかなかなか聞けないんだから聞いとけ」
なんて言いながら、私は少し怖かった。本当に、この話、してもいいんだろうか。
体が冷えていた。だからだろうか。体の芯も震えていて、内臓まで凍ってるみたいな気分になった。さっきハシバの死体を見た時に胃の中身を全部吐いてるから、体の中まで空っぽで余計冷たく感じた。
「それがさ……」
そうやって話し出すと、私は何だか体が温まるような気がしてきた。だからだろうか、私はポツポツと、話を続けた。
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