第十四話

 梅本が低い声で言い、大塚は大きく頷いた。

「その第一歩が〈LEPD〉だ。高齢者の不安は健康と経済、それに家庭。最近は未婚あるいは離婚などで独りで生活している人が多いから、孤独のKと言う人もいるが、いずれにしろこの3Kもしくは4Kが不安要素の大部分だ。でも考えてみれば、これって高齢者に限らず若い人だって同じだ。昔のメディアもくだらない言葉で不安を煽ってたからな」

「確かにそうだな。メディアが国のバラ色の未来を紹介したなんて、聞いたことないよ」

「実際、国にバラ色の未来なんて期待できる要素がなかったから、それはメディアのせいじゃないって……なんか話が脱線しちゃったな。で、高齢者の不安の一つに健康問題があって、もう一つが経済問題なんだが、こっちの方は、総額で年金をいくら受給できるかを知りたいわけだ。今、年金の支給は七十五からで、繰り下げ、つまり支給開始時期を遅らせると、年間の支給額が増えるんだが、支給前に死んだら元も子もないのは、小学生にでも分る。だから、単純ではあるが、自分の寿命がある程度分れば、年金の受給額を最大化にする支給開始時期を設定できるようになる、というのが〈LEPD〉を利用するメリットの一つになっているんだが……」

「なんか、からくりがあるのか?」

「いや、からくりっていうわけじゃないけど、〈LEPD〉の精度についての賛否は別にして、寿命予測はか老衰についてだけだ。当たり前だが、その人がいつ頃事故や事件に遭遇して死亡するなんていうのは分からないからな」

「当たり前じゃねぇか。安っぽい占い師じゃあるめぇし」

「だから、〈LEPD〉の寿命予測を基に年金の支給時期を設定しても、狙い通りにいくのかどうかなんて、誰にも分からないんだよ。で、何が言いたいのかって言えば、〈LEPD〉なんてまやかしだ、ってことだ」

「まやかし?出鱈目ってことか!」

「出鱈目ってことが問題じゃなくて、寿命を知りたい人に対して、既に答えは決まっているってことだよ」

「どういう意味だ?」

「だから、国は高齢者を予め選別していて、その人が〈LEPD〉を利用したら、国の都合のいいように寿命を提示するんだよ」

 大塚は苦虫を嚙み潰したような表情で言った。

「あんたは何歳までしか生きられないよ、ってか?」

 呆れたように言う梅本に大塚は頷き、「俺達の推測だけど……でも、確信はある」と言った。

「そう言い切れるだけのデータがあるんだな」

「ああ、モニターにデータを表示しながら説明すれば、説得力があるんだろうけど、会社のクラウドに保管していて、別の場所では見られないようにロックされているから、ここでは無理だ。しかも今は通信手段が使えないしな」

「別にそんな小難しい数字とかは要らねぇよ。でも、お前の言うことも一理あるかも、とは思うよ、昨今の高齢者の事件事故を見てるとな」

「それなんだよ。〈LEPD〉の制度が始まって十年近くになるけど、制度開始前と比較すると、高齢者の事件事故は急激に増加しているんだ。特に自殺者の数が増えていて、昨年度の高齢者の自殺は、制度開始前と比較すると五倍以上だ。どう考えてもおかしいだろ?」

「そんなに増えているのか?」

「その他に高齢者の犯罪も右肩上がりだ」

刑務所ムショが老人ホームって言われてるくらいだからな。もっとも、そのうちの一人が俺だけどよ」

 梅本は苦笑しながら言った。

「刑務所だけじゃなく、生活保護受給者の高齢者の割合が八割を超えているのが実情だ。まあ、年金の支給額は減り続け、逆に医療費の自己負担率や、所得税とか住民税はどんどん上がり続けているからな。俺達が学生だった頃から比べるても、七十歳を過ぎても働かざるを得ない人が増えていたけど、今じゃ八十歳を超えても働くのが当たり前になっているよな」

「しかもそのほとんどが単身者だから、救いようがない感じだ」

「それについては、俺達は何も言えないな」

「俺はこんな前科もんだから、所帯を持ちたかったなんていうのは、死んだって言えないけど、お前は後世に子孫を残しても良かったんじゃねぇのか?」

「俺がか?」

「そうだよ、家柄、って今は言わないか。まあ、でも優秀な遺伝子だろうから、その遺伝子を途絶えさせるのはもったいないと思うけどな」

「遺伝子なんて問題なんじゃないよ。人間の発育環境、もっと言えば教育環境の方が重要だ」

「それも含めての家柄だよ」

「お前のところだって悪くはなかっただろ?」

「まあ外から見ればそうなのかもな。でも、実際はこの体たらくだから、やっぱり本人の問題だな」

 梅本は笑いを交えて言った。

「大学時代にはこんな風になるなんて想像もしてなかったよ」

「それは俺が一番そう思ってるよ。まあ、芯がないから周りに流されちゃうんだよな」

「人が良過ぎるんだよ。昔も今も」

「そんなこと言うのはお前くらいだ。この詐欺師のどこを見て、人がいいなんて思えるんだ?やっぱお前って変だよ、今も昔も」

 大塚の言葉尻を捉えて言い返すと、二人は手を叩いて笑った。

「おっと、相沢さんのいるところで笑っちゃいけないな。話を戻して言い難いことを言えば、国はもう生産性のない高齢者の面倒は看切れないっていう決断をしたんだよ、水面下で」

「面倒を看きれない?」

「コストを掛けられないってことだ。この国の人口ピラミッドは逆三角形で、高齢者がマジョリティだ。だからといって、コストを掛けられないから自分でなんとかしてください、自立できない高齢者は勝手に死んでください、だなんて、国が言えないだろ?」

「当たり前だ!高齢者が全て俺みたいなろくでなしだっていうのなら別だが、お前みたいに真面目に働いて社会貢献をしている人だって沢山いるだろ。若い頃から一生懸命に働いて税金を納め、意欲のある人達に働く場所を提供し、困った人や教育関連への寄付だって相当やってるだろうが」

「俺に怒るな。だからさっき言ったように、国は生産性がなく、コストだけ掛かる高齢者を選別して、合法的に人減らしをしてるんだよ。……姥捨山という大昔の話が、二十二世紀になろうとしているこの国では現実になってるんだ」

「うばすてやま?何か聞いたことがあるような」

「知ってるよな?」

「意味なんかは分からねぇよ」

「年老いて足手まといになった老人を山に捨てる風習があったという、伝説というか民話の類だ。簡単に言えば口減らしだよ。日本だけではなく、老人を棄てると書く〈棄老きろう〉にまつわる話は海外にもある」

「何か身につまされる話だな……」

「でも、今、この国ではそれが水面下で実際に行われているんだ。何度も言うが、国の力が落ちるっていうのは他人事ではなく、最終的に国民、自分に皺寄せが来るんだってことを理解してないと悲惨な目に遭う。近い将来、安楽死を認めるようになり、その先には自殺をし易くするための薬っていうのが正しいのかは分からないが、苦痛を感じることのないなんらかの薬物を配布するようになるかもな。まあ、そうは言っても金持ちにはいろいろと選択肢があるからいいさ。この国がヤバいとなったら、さっさと海外に移住するとかの選択肢はある。独裁国を除いて、たいていの国は富裕層が住んでくれるのは大歓迎だ」

「税収が増えるし、金も使ってくれるからな」

「そういうこと……ん?ドローンの音がしなくなったな」

 大塚は話を止め、静かになったカーテンを降ろした窓の方に視線を向けた。

「そろそろSATが突入か?」

 梅本は強がって笑おうとしたが、頬が硬直してしまい、泣き笑いの表情になってしまった。

「いや、それはないような気がする。今、四時半か。警察は暗くなるのを待って、何かしらの行動に出るんじゃないか」

「何かしらって?」

「それは分からんよ」

「でも、警察はどうして人質……お前の現状を確認したりしないんだ?通常なら俺とコンタクトを取って、お前が今どういう状態になっているのかを確認することが最優先だろうに」

「相沢さんがああいうことになったのは承知していて、お前と俺の関係性から、俺に危害を加えることはない、と考えているんだろう。もっと深読みすれば、俺がお前を何とかして守ろうとしているというシミュレーションをしていて、その対策を練っている可能性もあるな」

「俺を守る?さっきお前が言ってた、相沢に罪を被せて、俺は仕方なくお前の家に手引きをしたっていうストーリーか。そんなことより、とにかく相沢だけでも何とかして欲しい……いつまでも床に寝かせておくのはかわいそうだ」

 梅本の言葉に大塚は頷いて応え、更に衝撃的なことを言う。

「相沢さんには申し訳ないとしか言いようがない。で、もう一つ考えられるのは、警察が俺の病気の事、もっと言えば余命を把握していて、俺を救助する方がいいのか、それとも……」

「病気?余命!一体何のことだ!」

 大塚の話に驚愕し、梅本は思わず立ち上がって大塚に訊き返した。

「俺には〈LEPD〉なんて必要ないんだよ。主治医から既に余命を宣告されているからな……実は癌なんだ。ステージⅣのすい臓癌。今は肝臓や腹膜に転移していて、持って一年、最悪の場合は半年も持たないって診断だ」

「嘘だろ!持って一年って、俺より短いじゃねぇか。見た目は普通だし、さっきだってステーキを残さず平らげてたし、今だって酒を飲んでるじゃねぇか」

 梅本は、俺は信じないぞ、と言わんばかりにまくし立てた。

「ステーキくらい食うし、酒だって飲めるさ。治療の効果が出て、癌が大人しくしてくれてるからな。今のところだけだが」

「治療が効いてるなら治る可能性だってあるんだろ?手術とかで何とかならねぇのか?今は人工細胞とかもあるだろ?」

「治療の効果といっても痛みが抑えられている程度だよ。それに手術をしても根治はしないし、細胞移植もできないんだよ。元々、手術自体が困難な箇所に癌があるし、転移するスピードが速いからな。まあ、まだまだ科学は万能じないってことだ」

「そんな……なんでそれを言ってくれなかったんだ。もっとも俺が知ったところで何の役にも立たないのは分かっているが」

「そう、教えたところで何かが変わるわけじゃないしな。お前と会って、飯を食って、酒飲んで、くだらない話をして、気持ち良くサヨナラをしたかっただけだ」

「分かった、もういいよ。俺に何かできることあるか?って、そんなものねぇよな」

 梅本はそう言って、深く溜息をついた。

「あるよ。金を受け取って、医者に診てもらえ。絶対にお前は二年以内に病死なんかしないはずだ。恩着せがましくなるが、用意してある金額は、普通の暮らしなら五十年はもつはずだ。相沢さんの分もあるから、百年は平気だ」

 そう言って大塚は笑った。

「馬鹿野郎!百六十過ぎまで生きてどうする。しかもダチのいない生活なんて……。そもそも俺が二年以内に死なないなんて保証はないし、お前から金をもらうつもりもない。大体俺みたいなのがそんな大金を持ったら大人しく暮らすわけなんかねぇぞ。女を買いまくり、高級な酒を飲んで、毎日お祭り騒ぎだ」

「それもいいんじゃないか。お前の好きなようにしたらいいさ。悪い仲間と手を切って、周りに迷惑を掛けないんだったら、やりたいようにしろよ」

「ふざけんな!そんな逆マネーロンダリングみたいなことできるわけねぇだろ」

「逆マネーロンダリング?」

「そうだよ。お前がビジネスで必死に稼いだ綺麗な金を、前科モンの俺が汚い使いかたをして、穢すことなんかできるわけねぇだろ!」

「金は金だ。綺麗も汚いもない。人それぞれの使いかたでいんだよ」

「そんなわけにはいかねぇんだよ。お前が稼いだ金は、俺みたいなクズが受け取れる類の金じゃねぇんだ」

「なあ梅本、つべこべ言わずに金を受け取ってくれ。これは、文字通り最後のお願いだ。頼む、この通りだ。受け取った金はどう使おうとお前の自由だ。俺は何も言わないし、世間の誰からも文句を言われることもない。ただし、条件は一つある。もう二度と犯罪に手を染めないで欲しい。世の中に被害者を作らないでくれ。相沢さんの分もあるから、余程のことがない限り文無しにはならないと思うが、万一、ギャンブルか何かで無一文になっても、絶対に人から金を奪うようなことはしないでくれ。それだけは守ってくれ」

 大塚は一気に話し、深く頭を下げた。

「顔を上げてくれ。そんな心配は要らねぇよ。俺はお前の金は受け取れない。絶対に」

 梅本は真剣な表情で言い返した。

「梅本、ここは冷静に考えろ。警察も暗くなったら確実にお前を始末する行動に出るはずだ。それはイコール俺も一緒に始末をするっていうことなんだ」

「は?何でお前を始末するんだ」

「警察が二人の高齢者を始末する現場にいた目撃者を野放しにするわけがないだろ?それにさっき話をした〈LEPD〉のカラクリを、俺が中心になって調べているのは、国側には知られているはずだ。そういう意味でも俺も始末されるべきターゲットかもしれない。本来なら放っておいても一年くらいでいなくなるのは分かっているけど、ついで、といったら語弊はあるかもしれないが、俺も一緒に始末するストーリーを組み立てているのかもな」

「二人の高齢者じゃなくて、ゴミみたいな前科モンだよ。だけど、お前まで始末したら、優秀な秘書さんが黙っていないだろ」

「いや、秘書には俺の病気や〈LEPD〉の調査のことは知らせていないから、警察を追求するようなことにはならないと思う」

「でも、お前が死んだら絶対に騒ぐだろうに」

「警察にとってはそんなのはどうとでもできるさ。俺はお前達に金を奪われた上に殺されたっていう安直なストーリーが、一番無難かもな」

 大塚は笑いながら言った。

「そうかもな。秘書さんを危険な現場近くに待機されるはずはないからな。今頃は安全な場所で警察からの情報を待っているんだろう」

 梅本の言葉に大塚は頷き、「ちょっと薬を飲む」と言って、カウンターキッチンに向かった。

「薬って?痛むのか?」

 梅本は心配そうに訊く。

「いや、今は大丈夫だが、定期的に服用している痛み止めだ。結構強力なやつだけどな」

「痛み止め……ん?だから麻酔が効かなかったのか!」

「ああ、多分それもあるかもなしれないな。一応、麻酔を嗅がされるかもしれないと分かっていたから、お前が背後に迫ってきたときに、呼吸を止める準備はしていたけど、かなり早い時間に意識が戻ったのは、痛み止めの影響かもな」

 大塚はピルケースから取り出したカプセルを、ミネラルウオーターで嚥下した。

「で、これからどうする?俺が自首というか投降しても、射殺されるのは確実だろ?」

「ああ、多分、いや確実にそうなるだろうな」

「そうだよな。でも、俺が撃たれる前にお前が安全な場所……この家にシェルターはあるのか?」

「残念ながらシェルターは設置していない」

「だったらこの部屋を出て、ベランダから大声で助けを呼べばいいんじゃねぇのか。まさか警察が丸腰の人質の助けを無視して、いきなり撃つなんてことはしないだろう?」

「どうかな、お前と見間違えて撃ったとかという言い訳をしそうだけどな」

「そんな子供騙しみたいな言い訳が通用するわけねぇって。さっきの相沢を見れば分かるだろ?ターゲットの情報はインプットされていて、誤射なんてないのは分かり切っているんだから」

「確かにそうだな。でも、俺の事なんかはどうでもいいんだよ。今はお前をどうやってフリーにするのかを考えなきゃいけないんだ」

「まだ言ってやがる。俺はここで射殺されるのは確実で、逃れる術はない。だから、お前が用意してくれた金は受け取りたいと思っても受け取れない。でも、そんな風に準備をしてくれたお前には感謝しかない」

 梅本は椅子から立ち上がり、腰を折って深くお辞儀をした。

「よせ!お前に礼を言われるようなことじゃない。それに射殺を回避する方策はあるはずだ」

「対話型AIに相談でもするか?」

 梅本が茶化すように言う。

「それは無駄だ。警察の方はあらゆるシミュレーションをしているはずで、特にAIを使ったこっちの動きは全て把握されているさ。だからここはアナログで考えなければならない」

「アナログ?」

「そう、自分の頭で捻りだすんだ。馬鹿げたアイデアでも、突拍子のないアイデアでもいいから知恵を出し合うんだ」

「警察のAIに勝てるわけねぇだろ!そんなこと考えたって無駄だって。とにかく俺は投降することにした。玄関を出た所で撃たれるかどうかは知ったこっちゃない」

 梅本はテーブルに置いてあるタバコに手を伸ばし、箱を包んでいるフィルムを剥がして一本だけ抜いた。

「梅本、落ち着け!自棄やけになるな」

「自棄になんかなってねぇよ。人生史上最高に冷静だ。一本喫うぞ。いいな?」

 大塚は小さく頷いた。


「ふーっ。頭がクラクラするな。でも気持ちが落ち着くよ。昔のタバコって香りがいいな」 

 梅本はオイルライターの炎をタバコに移し、大きく深呼吸するように、肺に煙を送り込みながら言った。

「何か懐かしい匂いだ。俺のお爺さんは喫煙家だったから、なんとなくタバコの匂いに記憶があるよ」

「そうか……そうだな、お前の言う通り、ここは生き延びる方策を考えてみるか」

「そうだよ!何か策はあるはずだ。諦めたら絶対に駄目だって」

「タバコを喫って気持ちが落ち着いたら、何か前向きな気持ちになれたよ。誰なんだ、タバコは百害あって一利なしなんて言ったのは!健康は内臓だけじゃなくて、気の持ちようで大きく変わるって見本みたいなもんだ、タバコと酒は」

 梅本は天井に受けて煙を吐き出し、笑いながら言った。

「確かにどんなに身体的に健康でも、精神的な安寧がなければ意味はないよな」

 大塚は、梅本が前向きに考えるといったことに安堵し、梅本と同様に笑顔で応えた。

「そういうことだ。もう一杯バーボンをもらおうか。ついでに何かつまむものとかはないか?長期戦になりそうだから、少し腹ごしらえをしておいた方がいいような気がする」

 梅本は短くなったタバコを、灰皿代わりの黒い小皿にもみ消しながら言った。

「何がいい?サンドイッチとかならあったはずだけど」

「それで構わない。重いものは正直喉を通らない気がするからな」

 梅本は二本目のタバコに火を点けながら言う。

「分かった。水割りは自分で作れるな?」

 大塚は立ち上がり、バーボンのボトルを渡しながら席を立って、冷蔵庫のあるカウンターキッチンの方に向かった。

 梅本はタバコの煙を吐き出しながらバーボンのボトルに手を伸ばし掛けたが、突然、窓に向かって走り出し、カーテンを大きく開け、更にクレセント錠も外して窓の外に、咥えタバコのまま顔を突き出した。

 冷蔵庫の扉を開けようとしていた大塚は、梅本が走り出した足音と、カーテンをはぐる音、そして外気が流れ込んでくる気配に後ろを振り向いた。

 次の瞬間、『シュっ!』という圧縮された空気が解放された音と共に、梅本が後ろに倒れる姿が見えた。

「梅本!」

 開けかけた冷蔵庫の扉を乱暴に閉じ、大塚は窓の方にダッシュをした。

 ダイニングテーブルを迂回するように窓に向かうと、梅本は相沢の遺体に並ぶように倒れている。

「梅本!大丈夫か!」

 梅本の額の真ん中には、小さな射入創があった。

「起きろ!起きろ!梅本!」

 大塚は倒れている梅本の両肩を掴み、小さく身体を揺らしながら叫んだ。

 そこへ開いた窓からドローンが音も立てずに室内に入ってきて、「大塚さん、大丈夫ですか?お怪我はないですか?」と、ドローンのスピーカーから人間の声が訊いてきた。

「いきなり撃つとはどういうことだ!」 

 大塚は、ほとんど無音でホバリングしているドローンを睨みつけた。

「大丈夫のようですね。今、医師を伴って救助の者がそちらに向かいます」

 大塚の抗議は無視し、ドローンから事務的な声が返ってきた。

 大塚は梅本の身体から離れ、ダイニングテーブル向かった。

 ドローンは二人の遺体の上でホバリングしている。

 まるで、生き返るようなことがあったら、直ぐに対応をするぞ、と言っているように……。

 大塚はドローンに背を向けたまま、ダイニングテーブルの上に置いてある梅本の銃を手に取った。

 そして勢いよく振り向き、大塚はドローンに銃口を向けたが、逆にドローンから閃光が走った。

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