第二話

「何素っ頓狂な声を出してんだよ」

 亨は笑いながら言い、ハムカツの残りを口に放り込んでから、話を続けた。

「この先AIとかが更に発展したら、寿命だって分かるかもしれんぞ」

「何で?」

「日本だけでも一億人以上……将来的には人口は減少するんだろうけど、世界ではどんどん人口は増えるだろ?」

「アフリカとかは増えるだろうからな」

「二千百年、二十二世紀には世界の人口は百億人を超えるのは確実だからな」

「今の人口は?」

「八十億人くらいだろ」

「そうなのか?良く知ってんな」

「以前、グローバル展開のプロジェクトで、各国というか各地域の人口推移を調べたことがあったからな」

 亨は当時のことを思い出すように、少し遠くに視線を向けた。

「日本は?」

「多く見積もって七千万人、下手すると五千万人を切ってるかも」

「そんなに減っちゃうのか?」

「先進国で人口が増えていそうなのはアメリカくらいだよ。東アジアは、中国や韓国が日本以上の減少率だったような記憶がある。一番人口が多くなると予想されているのはインドだ」

「へぇ、そうなのか。……で、なんで人口の話になったんだ?」

「またか!AIの発達で寿命が分かるようになるかも、って話をしてんだよ。お前、マジで認知症の検査を受けてこい。完治はしないけど、進行を遅らせることはできるらしいからな」

 亨はハイボールを舐めるように口にし、早川の弛緩した顔を心配そうに見た。

「放っておけ!お前の話がまどろっこしいから、何を話しているのかが分からなくなってんだよ!」

 早川は、怒ったように表情を引き締めて反論をした。

「そうだったな。つまり、この先世界中で病気に罹患した経緯や、その病気によって死に至ったりする過程のデータが蓄積されて、そのデータを各国で共有できるようになると思うんだ。そうすると、ある病気に罹った場合、人種や年齢、性別などをベースに、罹患した経緯や既往症の有無、両親兄弟、親類、数世代前の血縁者の病歴や死因などをAIが分析して、この場合はあと〇〇年で死に至るとか予測できる時代が来ると俺はみているんだ」

 一気に話をして、亨はハイボールをガブリと飲んだ。

「ん?ちょっと何を言ってるのか分からん」

 早川は、亨の熱弁を冷ややかなコメントで返した。

「なんで分かんないだよ!だからお前はボケが始まってるんだって言うんだ」

 一所懸命に話をしたのに反応が薄い早川に立腹して、亨は面罵する。

「ごちゃごちゃとお前のくだらねぇ妄想を聞かされたって、こっちは面白くもなんともねぇんだよ」

「はぁ?くだらねぇだと!」

「ああ、くだらなさ過ぎて酒が不味くなる」

 そう言って、早川は徳利から猪口に移した酒を、カパッと口に放り込んだ。

「この野郎!……って、まあ、確かに妄想だわな、ははは」

 亨はハイボールを静かに口に運び、乾いた笑いで自嘲した。

「でも、確かにお前が言うように遠い未来には寿命が分かるようになるかもな。このまま個人のデータが勝手に抜き取られて蓄積され続けば、いろんなことが予測できるようになる可能性はあるよな」

「ああ、出生した瞬間から親や先祖のデータと紐づけされて、どんな家系に生まれたのかが分るし、学校に行くようになれば、学業の成績の他に、運動能力や健康状態のデータ。仕事に就けば、給料や勤務態度と、健康診断の結果も分かっちゃうしな。普段の行動は監視カメラがそこら中にあるし、買い物や交通機関の利用状況、通院歴も丸分かりだ」

 早川が興味を示し始めてくれたので、亨は機嫌を直して話を続けた。

「そういうデータを総合的に分析すれば、ある程度の確率で寿命が分かるようになるかもな」

「まだまだいろんなデータがあるけど……で、お前は自分の寿命って知りたい?」

「寿命!俺の?」

 亨は確認するように言う早川にゆっくりと頷き、氷の音を立てながらハイボールを飲み干した。

「うーん、どうだろうな。知りたいような知りたくないような」

「どっちなんだよ!」

「そういうお前はどうなんだ?」

「俺か、もちろん……でも、なんか怖いような気もするな」

「お前が言いだしたんだぞ!何だそりゃ!」

「真面目にというか、真剣に考えると怖くねぇか?寿命が分っちゃうっていうの」

「だから、お前が言いだしたんだよ!お前こそボケてんじゃねぇのか」

 早川は猪口に酒を注ぎ、カパっと口に放り込んだ。

「単なる思い付きだけどな。でも、娘たちの時代は無理かもしれないけど、孫の時代には寿命が分るようになってるかもよ」

 亨は早川の空いた猪口に徳利から酒を注いであげながら、上目遣いに友人の顔を見た。

「孫の時代って?」

「まあ、孫が俺たちくらいの歳になって……今世紀末辺りかな」

「七十年以上も先の話か」

「そんなに先の事じゃないかも知れないけどな。五十年なんてあっという間だったじゃねぇか。五十年前の俺たちだって高校に入ったくらいの頃だろ?そんなの遠い昔じゃねぇだろ」

「そうかなぁ、俺からすれば遠い昔だけどな。こんなに腹は出てなかったし、髪の毛だってリーゼントだったのに、今じゃバーコード一歩手前だ」

「アホ!容姿のことを言ってんじゃねぇよ。大体、五十年以上も前のことだって、いまだに憶えてることなんていくらでもあるだろ?」

「五十年前かぁ。俺は漫画ばっか見てたな」

 早川は手酌で猪口に酒を注ぎ、すするように一口だけ飲んだ。

「漫画なら俺だって読んでたよ。それこそ、学校でやらされる読書感想文のために読む小説っていうか物語より、漫画で得た知識の方は多いくらいだ。漢字なんて漫画で覚えた方が数は多いかもよ」

「そんなのは当たり前だろ!読んでる数が桁違いじゃねぇか」

「まぁな。小説や伝記なんて学校の授業で読むか、さっき言った読書感想文のために図書室で借りた薄い本を読むぐらいだったけど、漫画は……」

「【マガジン】に【サンデー】【キング】。中学校に入ったくらいから【ジャンプ】に【チャンピオン】。自分の小遣いじゃ買えないから、兄貴や仲の良い友達ダチと分担して買ってたな。俺はマガジン、兄貴はサンデー、友達ダチはジャンプとか……」

「俺は金持ちのクラスメイトがいて、そいつがどういう伝手を使ったのかは分からねぇけど、発売日の前日の夜に近所の本屋で買えたみたいでさ。で、買ってから直ぐに読んで、次の日に学校に持ってきてくれたから、それを休み時間に読んだり、読み切れなかった時はそのまま借りて家で読んでたよ」

 亨は半世紀以上も前の記憶を、懐かしむような口調で言い、ハイボールのグラスを口に運んだ。

「昔の金持ちの家は町の有力者が多かったから、本屋だけじゃなく、色々な店や公共機関なんかに顔が利いたからな。今、そんなことしていてバレたら、不公平だ差別だって大騒ぎになっちまう」

「漫画で思い出したけど、【鉄腕アトム】の時代設定っていつ頃だと思う?」

「鉄腕アトムの時代設定?そんなの知るかよ!また変な話をするつもりだな」

 早川は、亨が変な方向に話を持っていくのではと、警戒心を顕わにした。

「何だ、変な話とは!真面目な話っていうか、さっきの孫の時代、五十年先か七十年先か分らんが、寿命が分かるようになるかもしれないって話をしただろ」

「ああ」

 それがどうした、という感じで早川は頷いた。

「で、鉄腕アトムなんだけど、アトムが誕生するのは2003年だぞ」

「え?二十年も前じゃねぇか」

「そう」

 早川が予想通りの反応をしたことに、亨は満足そうに頷いた。

「何だよ!アトムが誕生して二十年も経ってるのに、漫画に描かれてる世界になんか、ちっともなってねぇぞ!」

「だよなぁ。車は空を飛んでないし、ロボットも街を闊歩してないし」

「それそれ。俺が子供がきの頃に見た漫画の中の未来と、今の現実は違い過ぎるな……ロボットはこの前のボーナスで、カミさんにルンバを買わされたけど」

「ルンバ?まあ、一応ロボットだな。で、作者の手塚治虫がこの漫画を描き始めたのが1950年代の初めの頃だったらしいから、急激に科学が発展し、五十年も経てば車は空を飛んでるし、感情を持ったロボットと人間が共生していて、宇宙旅行も簡単だ、くらいに想像してたんじゃねぇのか」

「何でそんなこと知ってんの?お前、漫研だった?」

「別に漫研じゃなくたって、それくらい知ってるよ。何しろ、鉄腕アトムは月間誌の【少年】で連載されている時から読んでて、単行本も好きな話のは買ってたし、テレビは毎週土曜日に観てたからな」

「俺も少年は買ってたな。【鉄人28号】も載ってたし、付録も付いてたよな」

「付録、あったなぁ。でも紙質が悪くて、全然上手く作れないのが多かったよな」

「紙質というより、単に不器用だったんだろ」

「それもある」

「それもあるって、何の話だったっけ?」

 早川がきょとんとした表情になる。

「そうだ、付録の話はどうでもいいんだ。要するに、五十年といったって、そんな先の事じゃないけど、でも、その五十年先の未来を予想するのは難しいってことを言いたかったんだよ」

 亨は敢えて突っ込みを入れずに話を続けた。

「それを言うためにアトムの話をしたのか!だからお前の話はまどろっこしいって言うんだよ」

「すまんすまん。俺の悪い癖だっていうのは分かってるんだが、なんかそういう風に話を持っていっちゃんだよな」

 亨は早川の猪口に酒を注いでやりながら、素直に謝った。

「やけに素直じゃねぇか。じゃあ、今日の勘定はお前持ちってことで許したる。お兄さん!これ、もう一本」

「何でそうなる?」

 亨は酒の追加を頼んでいる早川に抗議を試みようとしたが、赧ら顔の早川に睨まれ、「ハイボールも」と、弱々しい声で近付いてきた店員に告げた

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