第11話
車が屋敷に着く。
玲華へ挨拶をする従者をすり抜け、応接間へと通される。
華があるわけではないが、確かに高貴さを演出するソファに座る両名。
「今日話すのは、貴方と私の探し物についてと、どう協力するか。まずは貴方の探し物についてだけど教えてくれる?」
「あぁ、私が探しているのは還る場所、記憶だ。私は目的があって此処にいるはずなのに、何をすればいいのかがわからない。このままでは神のいる場所へ還ることすら、いいや神の言葉ですら理解ができなくなる。そのために記憶を探している」
「……貴方にとって、還る事は目的ではない、と?」
「そうだ。還るには何かを果たさなければいけない。それがわからない。これが私の探し物だ」
「そう、記憶か……貴方の正体が鍵になりそうだ。こちらでは文献を探してみるよ」
「ああ、わかった」
「正直、文献探しも時間がかかると思う。君の正体を探そうとしたときの文献も曖昧な記述しかなかったんだ。君が思い出す方が早い気がするが、まあ鍵は多ければ多いほどいいし、やってみるよ」
「頼む」
「さて、私の探し物だが。これを見てくれ」
玲華が取り出したのは一枚の写真。
家族写真のようで、父母の前には長子と思わしき少女と、その弟と思わしき少年が笑って佇んでいる。
「これは、君か」
「よくわかったね。これは九年前の私の家族の写真だ」
懐かしむように目を細めて微笑む玲華。リュウは初めて見るその顔をじっと見る。
「私の探し物というのはね、この弟のことなんだ」
「この、後ろの二人は死んでいるのか」
玲華は少し目を見開いたが、すぐに悲しそうに微笑んだ。
「君にはわかるのか。うん。両親は九年前十二月二十四日に死んでしまった。殺人だ」
「殺されたのか」
「そうだ。両親の遺体は見つかったが、弟はいまだに見つからない。家が大きいからね、騒動が大きくならないように両親は表向きには生きていることになっている。警察の捜査も二年前にそれに合わせるように打ち切られた。弟の捜索も、犯人探しもね」
「そうか」
「私はまだ、弟が生きていると信じている。だから、君に手伝ってほしい。君のその、人ならざる力で」
「そうか、人探しか。それならできると思う」
「良かった」
「この人間の魂の形状がよくわからないから見つけるのは難しい。だが、逆に言えば一度見つければわかると思う」
「頼んだよ。こちらも探しているが、なかなか細かいところまではわからなくてね。場所だけでも目処が立てば連絡しよう」
「わかった」
玲華は写真を手元に戻すと、姿勢を正した。
「さて、要件はすべて話し尽くしたが、一応聞こう。全て理解したかい?」
「全ては理解出来ていない」
「そうだろうね」
「だが、やるべき事はわかった。それでいいだろう?」
真っ直ぐに告げるリュウ。それを見て玲華は微笑む。
「それでいい。だが君の在り方、いいや返事と言うべきかな。少し不安になる。君の保護者が心配する気持ちもなんとなくだがわかるよ」
「そうか、頑張って直す」
「うん、そうしたら良い」
玲華は立ち上がると、扉を開ける。リュウも立ち上がり、扉を抜ける。
抜ける瞬間、
「私は、九年前の事件がもしかしたら、誰かの手によって起こされたものかもしれないって思ってるんだ。弟を探し出すためなら、君の命だって使うつもりだ。ごめんね」
リュウはやはりその言葉の全てを理解する事はできなかった。閉じていく扉の中で、悲しそうに笑う玲華は施設の人々同様、やさしい人だと思ったからだ。
*
「おーおかえり」
「あぁ、帰った」
「そういう時はただいまって言うのが普通だ。今度からはそう言え」
「わかった」
日が差し込む室内で、ルイは今日買った本を読み直していた。
部屋には誰もおらず、皆個室に篭っているのだろうと推測が出来た。
「ほれ」
そう言ってルイから手渡されたのはいくつかの本。
「適当に見繕ったが、気にいるかはお前次第ってとこだ」
まあ、ひとまずは読め、と言われてルイは手元の本へ目を落とす。
本は昨日手渡された本よりも大きいものや小さいものと様々だった。
リュウは机に置かれた袋からはみ出しているものが目についた。
それは“花火”と書かれたものだった。
「これが、花火」
「あぁ、それが花火だ。空炉が隠し持ってたやつは少なかったからな。少し買ってやった」
少し、とルイは口に出したが、世間知らずのリュウから見ても袋の花火は多く、袋を手に取ると重みを感じた。
「これは少しでは無い気がするが……」
そうリュウが口を出すと、
「俺にとっては少しだ。空炉に多く買ってきたとか言ったら調子に乗るに決まってる」
「調子に乗る事は悪い事なのか」
「後でやらかすからな。それがなければ何も言わない」
はぁと盛大にため息を作るルイ。
「……何で、私に花火を見せようと思った?」
リュウの静かな声が暗くなる部屋に響く。
ルイは手元の本から目線を上げ、リュウを見る。
「それは、お前がここにきた記念だからだ」
「記念?」
リュウは訝しげに首を傾げる。
「あぁ、ついでに言えばピポラの記念でもある」
「ピポラの記念」
記念という言葉に違和感を感じるのか、リュウの表情は変わらない。
「施設に来た記念だ。顔を合わせて名前を覚える機会でもある」
「ここに来るのを祝うのか」
「あぁ」
「そうか」
リュウは瞬きをゆっくりと行うと、玲華に言われた一言を思い出した。
「此処は居心地が良い」
「……そうか、なら良かった」
ルイは笑った。
*
花火は特に何もなく終わった。
リュウは炎色反応によって出る色とりどりの光に目を光らせ、喜んだ。もう一人の主役であるピポラは微笑むだけで年相応に喜ぶことはなかった。
逆に問題の空炉は異常なほどに喜んでこちらが引いた。空炉は翌日風邪を引いた。
湊は変わらず、リュウを見るとパニックを起こしてしまうようで、花火も一回やっただけで部屋に戻っていった。数日経つとパニックは起こさないようにはなったが、相変わらず警戒している様子だった。
さて、とルイは思考を現在へ戻す。ルイの目の前には客人用のカップと子供用のイラストが印刷されたカップを盆に置いている。
コーヒーを入れるためのお湯はまだ、沸いていない。
ルイの上司にあたる男に連れられてきた子どもは、無表情であったピポラやリュウに比べて表情が豊かだった。にこにこと年相応のように笑って、見ているこちらが、毒気を抜かれるようなそんな無邪気さを感じさせた。
普通の子供のように見えた。至って普通の、どこにでもいるような無知故に笑顔が絶えない子供のように。
ルイは幼かった頃の弟たちの姿を思い出して、何度目かのため息をつく。あいつらがにこにこ笑うときは大概何かやらかした時だった。
壁に落書きをしたとき、テストで0点をとったとき、決まって弟たちは助けを俺に求めて、笑う。
その時の笑い方は先ほど見た子供とは全く違う邪気のある笑い方。
悪戯をしたときなんかも笑っていた。
あの笑い方にどれだけコッチが振り回されたか。考えるだけでも頭痛がする。
もう歳をとった今では懐かしい日々。
あいつらは元気にしているだろうかと郷愁にかられる。
元気にしているだろう。便りも何も無いのだから。
お湯が沸いた音に思考の逡巡を止める。
ルイの手渡した飲み物を受け取り「ありがとう」と笑う上司の男の隣で、
子供はカップを受け取るとじっとそれを見つめる。
「飲んでも良いんだよ」と上司の男が声をかける。それを聞いて子供が上司を見る。
「飲んでも良いの? 痛く無いの?」
「……良いよ。痛くも無い、美味しいものだよ」
一瞬、苦痛の表情になった上司の男は微笑んで子供の頭を撫でた。
子供は安心したのかカップを手に取る。でもまだ疑っているようで、カップに鼻を近づけて匂いを嗅いで、恐る恐る口に含んだ。
表情はみるみるうちに喜びに変わっていた。
その様子は大変微笑ましかった。微笑ましかったのだが、子供が今までどんな境遇にあったのかと想像するとどうしようもない。
手元の書類には、ピポラと同じ研究所名が書かれている。
ピポラもかなりの厄ネタであったが、目の前の子供もかなりやばそうだと思ったところで、ルイは疑問に思う。
「あの、彼の名前は?」
ピポラの時はピポラ・ディジィーと記載されていたそこは空白のまま。その点を指摘しただけなのに、嫌な、開けてはいけない見てはいけないところを見てしまった感覚に襲われて、悪寒が背筋を駆け巡る。
「彼の、名前はね」
「しっぱいさく」
驚いて、子供の顔を見る。子供は変わらず笑って、もう一度繰り返した。
思わず、頭を抱える。子供は言葉の意味をわかってないようだが、明らかに子供を指す言葉ではない。名前でもない。物に対しての言葉だ。失敗作なんて言葉は、人を指す言葉でもない。
無邪気に笑う子供の背景に、子供のことを失敗だと呼んだ大人がいることに吐き気が止まらない。怒りでどうにかなりそうだった。子供を、子供の存在を否定するなんて最悪だ。
「いいや、君は“しっぱいさく”なんかじゃないよ」
上司の男の優しい声が耳を撫でる。
「今日から、君の名は
「ひかる、ぼく、今日から光なの」
「そうだよ」
そうかぁとにこにこ笑う光。
優しい陽光がそこに通った気がした。
“光”と空白だった名前の欄に書き足す。
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