第7話『弟子、師匠のお食事を堪能する』
「がつがつがつがつ!! もぐもぐもぐもぐ!! ……がふっ!?ん、ん〜っ!」
「大丈夫ですか師匠!? どうぞお水を!」
「んぐ、んぐ……っ、ぷはっ! す、すみませんカザク……久しぶりの食事に、つい我を忘れて……」
俯き加減に頬を染め、照れ隠しのように口元を布巾で拭く師匠のなんと可憐なることよ。一国の姫君を連れてきてもこうはいくまい。嗚呼、お美しい……。
師匠のお背中を流すという重大任務を果たし、俺――カザク・トザマとお背中を流されし当人たる師匠とは、入浴を終えて宿の一室に戻り、用意されていた食事に舌鼓を打っていた。
袖を通している衣服は入浴前のそれとは別の、これまた宿の方が用意してくれたと思しいものである。俺も師匠も元々着ていた服は大分汚れていたので、ありがたいことこの上ない。
その上どのタイミングで返却すればと確認したところ、このまま着て行って構わないそうだ。
いや、しかし、大浴場を貸し切りにさせてくれたのといい……いくらなんでもサービスが良すぎるような…‥。
もしや、マッドコアトルの骸と引き換えに渡されたあの金……殆どこの宿屋に渡してしまったが……実はとんでもない額だったのかもしれない……。
それで宿側は俺のことをとんでもない金持ちだと勘違いして、今後も贔屓にしてもらおうと、これほどの好待遇を……?
と、すると、今の状況は半ば騙しているような部分もある訳で、多少なりとも罪悪感が出てきたような……。
「んんっ、おいしい……これも、これも……っ!」
しかしそんな不安も師匠が幸せそうに食事を進める姿を見ると、吹き飛んでしまう。
長らく何も食べていないところに急に食べ過ぎると胃が驚いてどうこうと聞いたことがあるが、そこは師匠である。痩せてなお内臓もお強い。
いやはや罪悪感などと、なんとくだらならないことを考えたものか。
師匠の幸せは全人類の幸せ。この宿屋も師匠の幸福の一助となれたのであればそれ以上の見返りもないというものだろう。
それにあのマッドコアトルの骸は本来師匠にお見せするためだったもの。それの換えた金を受け取った以上、ここの連中も師匠に尽くす義務があるといっても過言ではない。
そして師匠にお尽くしすることは全人類にとって至上の喜び……宿屋もさぞ歓喜し咽び泣いていることだろう!
だから後ろめたいことなどない。
俺はこのお方の弟子として、師匠のお食事シーンを世の連中に変わって記憶に刻み込むという責務を果たさなければ。
そう気を取り直し、俺はちょうどスープを飲み干しておられた師匠へと意識を集中しなおした。
「ぷはぁ! ぜ、ぜんぶ……ぜんぶ味がある……っ! ああ、おいしい……っ! ホントに……本当においしい……っ!!」
……ああ、おいたわしや師匠。
師匠はお風呂だけでなくお食事も大好きなお方だった。
美食がどうより食べること自体が好きで、弟子として食事のお世話も仕事の内だったがどんな料理も美味しそうに食べてくれた。
そんな師匠が、こんなにも痩せ細ってしまっただけでなく、あまつさえ食事に味があると喜ぶだなんて……。
「どうぞ師匠、こちらの揚げ物も大変に美味ですよ」
「!! くださいっ!! ――あっ、い、いや、その……い、頂きます」
ああっ、そんなに警戒しながらお受け取りにならずとも、誰も奪いはしないというのに……!
本当に、旅立たれてから今日まで……俺と居ない間にどのような生活を送られていたというのですか……っ!!
……けれど、そんな師匠の瞳にも、再会してすぐに比べれば、幾分か光が戻ったように感じられた。
大好きだったお風呂と、豪勢な食事のおかげだろう。そう思えば、試練突破の証たるマッドコアトルの骸を失ったことも、そういう運命だったように感じられる
それとも……まぁ、ないと思うが……。
……思い上がりも甚だしいと、そう思うのだが……。
『変わりませんッ! 何があっても! 何が変わっても! 俺の想いも貴方の尊さも何も変わらない!!』
お背中を流させていただいたときの、俺の言葉が届いてくれた結果であるのなら……この場で喉を詰まらせて死んでもよいぐらいな無上の喜びだが……。
これは、一弟子として本当に思い上がった考えだと、コップの冷たい水ごと腹の底へと飲み下した。
〇
そうしてしばらく食事と、それを満喫する師匠を楽しんでいる間に、テーブルの上の料理が全て片付いたころだった。
食事を終えた師匠の表情に陰りが見えた。
もしやまだ食べたりなかったのかと思い、宿の人間を呼びに行くべく立ち上がろうとしたところ、師匠がお声を上げられた。
「カザク、アナタは……これからどのようにするか、考えがおありですか?」
「これから、ですか?」
そのお声にもご入浴前までと比べて覇気が戻っているのを感じて少し嬉しくなる。
それはさておき、これからどうするか……か。
正直なところ、俺が試練を果たすまでに温めてきた計画は、とっくに跡形もなく崩壊しているのだ。
街で人々が語る師匠の噂話から居場所を突き止め、試練を踏破した証をお見せしてパーティへと合流するお許しを得るのが本来の計画だった。
だが、まず街や冒険者ギルドで師匠の情報を得られず、おまけにマッドコアトルの骸まで金に換えられてしまった時点で半壊、そして師匠と出会えた後の計画も師匠がお一人街に居られた時点で残り半分も崩れ去ってしまっていた。
……とはいえ、計画の本懐自体はすでに達成していると言っていい。
故に俺は師匠に問いに迷いなく答えることができた。
「それは勿論、師匠のご意向に従う所存です! 俺の意思は、常に師匠と共にあります!!」
「…………」
師匠がボノロコ村へと帰られるというのなら、俺も共に帰ろう。
もし未だ街に残り、冒険者を続けられるというのなら、俺も冒険者となりその助けとなるべく尽力するまで。
師匠が俺の元から旅立たれたのは、勇者パーティからの要請を受けて……”災魔獣”を打ち倒すためだった。
存在するだけで魔獣を大量に生み出す災魔獣。
幼き師匠が俺と出会う前、先代の勇者パーティと共に打ち倒したとされる災厄の象徴。
しかし、俺自身はそんなものに大して興味はない。
師匠のパーティに合流すべく試練を突破したのも、師匠と共に居るためだった。
故にその災魔獣が今どうなっているのかはどうでもいい。
仮にまだ生きていて、師匠がそれを気になされているのなら討ち倒そう。
しかし師匠がもういいというのなら……俺もどうでもいい。師匠以外の連中など、災魔獣にでもなんでも滅ぼされてしまおうが、知ったことではない。
それすなわち、尊き師匠がそう思われるような所業を、師匠でもないカス共がしでかしたということに他ならないのだから。
……ああ待てよ。一つだけ、どうでもよくないこともあった。
(師匠を連れ去り、今こうして行方の分からない勇者ども……ヤツらだけは、捨て置けないな……)
師匠と勇者どもに何があったのかは、無理に聞き出すのも勝手な憶測をするのも差し出がましいと思い、考えないようにしていたが……。
このような師匠を一人にしているという、客観的な事実だけでも百万回殺しても足りないほどの罪悪である。
仮に師匠と村に戻っても、師匠が自ら語ることをがなくとも、奴らだけはこの手で見つけ出す。
そして洗いざらい吐かせた上で、生まれてきたことを後悔させて、生きていることにも絶望させ、死すら望めぬ報復を――
「……私から離れる、という……選択は、ありませんか……?」
「……………………えっ」
――思考が止まる。
師匠のお言葉を……理解できなかった。
出会ってから初めてのことだった。
思考が止まったまま見上げた視界で見た師匠の瞳は……再会してから一番の、確かな光を湛えていた――。
――――――――――
第7話読了ありがとうございます!!
『続きが気になる』、『読みやすい』、『サブタイトル、師匠”と”の誤字……ではない? あっ、そう……』。
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