case02 : 決意の捕獲作戦

「……さん……り…さん」

「…………」

「亮さん!!」


 俺は誰かに呼ばれて目を覚ます。


「一之瀬君……?帰っていたのか」

「はい、ただいまです。ご飯が出来上がったので呼びに来たのですが……、体調が優れないのですか?」

「大丈夫だ、問題ない。今行く」


 眠い眼をこすりながら覚醒途中の脳みそで体を起こす。夕方までのつもりが、かなりの時間が経過していたらしい。窓の外は既に暗くなっていた。


 リビングへ移動すると、空腹を誘う良き匂いが鼻をくすぐる。テーブルに視線をやれば、しっかりと飯の用意がされている。白飯に味噌汁、焼鮭に漬物とやけに和風な料理が並んでいた。


 キッチンでは一之瀬君が洗面台周りの片付けをしている。無駄のない、素晴らしい手際だ。


「あ、亮さん。お疲れ様です。ご飯、食べれます」


 俺の視線に気がついた一之瀬君が、慌てて食事を促す。寝起きの頭で手伝う事は難しいが、終わるのを待つくらいはする。

 そこまで焦らなくてもいいのだが……、この後に予定が控えているし、ここは彼女の気遣いに有難く甘えるとしよう。


 俺は奥の椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます」


 箸を手に取り、まずは一口、味噌汁からいただく。

 ふむ、中学生の料理とは思えないほど美味だ。


「これは美味しい、流石だな」

「あ、あの……ありがとうございます」


 正面に座った一之瀬が、俺の言葉に赤くなりながら返答する。


「そういえば……昼間、何かあったのですか?」

「どうしたんだ急に」

「その、随分早いうちにお休みしていたので」

「そうだな。実は、これから予定が入った。今日の夜にしかだろうと踏んでいる」

「誰かとお出かけ……ですか?」

「どちらかと言えば、事件の調査に近いが」

「調査……、そう、なんですね」


 一之瀬君はほっとしたように肩を落とす。何を緊張していたのだろうか。何かおかしなことでも言ったか?


「なら、私も……」

「君は明日も通学だろう。帰宅は零時を回るだろうから、無理せずとも大丈夫だぞ」


 流石に、翌日も学校がある日に、夜遅くまで外へ出かけるのは体が厳しいはずだ。探偵の助手という名目があるため、この場合、中学生女子が夜遅くに外出する点には言及しない。


 とは言え、体調を崩さないことが最優先。

 ……そう思ったのだが、


「大丈夫です、私もついて行きます!」


 予想よりも大きな声で、予想外のやる気を見せる。

 彼女の体を心配していたこちらとしては、少々戸惑う。


「もう夜だぞ?それに、何度も言うが間違いなく0時を過ぎる。夜更かししては、明日の授業に支障が出るだろう?」


 学生時代は、時間などどれだけあっても足りなかった。

 睡眠がどれだけ大事と分かっていても、遅くまで起きていたかった。その気持ちは充分に理解出来る。


 ……しかし、事件というこちらの事情に巻き込み、彼女の貴重な睡眠時間を奪いたくはないのだ。


 そう考えた故の発言だったのだが、


「その時は、一人で戻ります。学院の生活には支障がでないよう、自己管理はします!だから……」


 思ったより強い意志で応えてきた。

 彼女の何がそうさせるのかは分からないが、本人が良いと答えるのだから、それを俺が拒む理由が見当たらない。


 「それに……」と一之瀬君が続ける。

「私、最高の探偵さんの助手ですから!」


 少し遠慮がちではあるが、それでもはっきりと伝わった。ついて行きたいと願う意思。


 最高の探偵というのが俺の事ならば些か過大評価が過ぎるが、今の論点はそこでない。


「そこまで言われては仕方がない。ただし、無理はするな。約束だ」


 彼女の意思を尊重し、俺は許可を出した。

 無論、彼女の身の安全は俺の責任だ。体調には細心の注意を払っておこう。


「飯を食べ終わり次第出発する。片付けは手伝うから、支度は素早くな」

「分かりました!」


 俺は食事を取りながら、大雑把に事件の経緯と、これから何をしに行くのかを彼女と共有する。


 すると、一之瀬君の方も気になることがあったようで、静かに口を開く。


「今の話と関係あるかは分からないんですが、実は今日学院で妙な噂を聞きました。その、最近この辺りでお化けが出るという噂のようで、暗い時間帯になると頻繁に目撃されているみたいです」


 お化け……か。

 話としてはありがちで、いかにも学生が好きそうな話題だ。


「どうして気になる?」

「はい、そのお化け……なのですが、噂では、人型ではないそうです」

「動物か?」

「はい。実際に見たと話していた生徒の話だと、猫っぽい姿であったと」

「猫っぽい……?随分曖昧な表現だな。実際に見たのだろう?」

「それが、どうも姿をきちんと捉えられなかったようでして、暗い道だった事もあり、断言はできないそうです」


 第一印象は、ただの動物の幽霊。

 だが、彼女を悩ませる原因が他にあった。


「そのお化け、しっぽが二つ生えていたそうです」


ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 1時間後、俺たちは事務所を出てラーメン屋佐藤へと移動を開始した。予定通り後片付けをして、一之瀬君の準備を手伝い、無論俺も準備は万全。


「亮さん、その……私はどうしましょう」


 彼女が申し訳なさそうに告げる。ついて行くと言った手前、役に立たなければと考えているのだろうか。流石に考え過ぎだが、連れていく以上は役割もきちんと用意してある。


「おそらくだが……こちらが近づけば、警戒どころか直ぐに逃走するだろう。よって、先手を打って挟み撃ちにするのが一番効率的だ。俺はこの次の曲がり角で反対の道を進む。一之瀬君はこのまま店まで進み、その先の交差点手前で待っていてくれ。合図をしたら、同時に姿を見せる」


 作戦を一通り伝え、食事中に共有した内容も改めて確認する。


 その時、ふと一之瀬君が疑問を提示した。


「あの、合図……とは?」


 ここに来て、大きな失敗である。

 何も決めていない。それはそうだ。俺は前まで単独行動が基本であった。学院の時は例外的に念話石を持参していたが、普段から誰かと逐一報告を交わすことはほとんどないため準備の際に持ってき忘れた。


「すまない。すっかり頭から抜け落ちていた」


 ここからなら事務所まで大したロスにはならない。これは一度戻るべきか……。そう悩んでいると、一之瀬君が小さい声で提案する。

「す、スマホを持っていますが……通話ではダメなんですか?」


 そう言えば、そんなものもあったな。かなり昔に如月に怒られて買ったものの、こちらから連絡する事がほとんどないため存在を忘れがちである。


 俺から連絡する相手など、如月と榊原と……知り合いの数人だけ。それもかなり珍しい。忘れていても仕方がない。


 今日は……と俺はポケットを探る。


「持ってきてはいたようだ。電源は……入るな。ならば、番号は俺のを教えておく。角まで移動したら連絡してくれ」


 そう言って番号が映し出されたスマホの画面を見せる。


「分かりました。では、私はこのまままっすぐ行きますね」


 俺たちは二手に分かれる。


 俺は一之瀬君と別れた後、少し速足で奥へと向かう。初めの角を左へ曲がり、ラーメン屋佐藤の見える位置で待機。こちらの存在を気取られぬよう、慎重に建物を観察する。


「……やはりか」


 昼間にあの店に向かう途中で出会った気配と同じものを感じ取った。


 推測が正しいことを再確認したところで、もうひとつ先の曲がり角まで移動し、一之瀬君からの連絡を待つ。


 ピロリン、と通話の着信音が鳴る。

 あまり音を出したくなかったので、着信音はあまり音のならないものを設定してある。


『亮さん。私は準備できました』

「では、その角から少しだけ建物を覗いてみてくれ」

『建物……ですか』

「そうだ。壁に小さい窓が付いているのが見えるか?何かが出てきたら、そのままこちらへ飛び出してきてくれ」

『分かりました』


 電話を切り、俺は念の為に探知魔術を使う。

 ……やはり、すでに店の中に小さな反応がある。


 店の中に突入する手も考えたが、厨房のような小さな部屋では、人間は返って動きにくい。

 こうして広い道路で待ち伏せしている方が、こちらとしても捕まえやすい。

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