第13話

 ロゼッタはアロンツォとドナテッラを見送り、自室に戻ってきて訊いた。

「アロンツォ王太子殿下について、何か知っていますか?」


「評判はいいですよ。人当たりがよく、博識です。一昨年、ジョルジャの街で流行したペストも、アロンツォ殿下の采配で収められました」ジェラルドが答えた。


「傑出した方なのね。性格はどうですか?謁見のときは威厳があって、少し恐ろしい感じがしたけれど、今日は、気さくな感じがしましたわ」


「意志の強い人ですね。ですが頑固というわけではなく、誠実な人という印象です」エルモンドが言った。


「ヴェルニッツィ侯爵家は、知っていますか?」


 ジェラルドが考えながら答えた。「ヴェルニッツィですか——たしか、王太子殿下と令嬢が婚約したのは、ドナテッラ嬢が生まれてすぐなので、16年前ですね。当時、アロンツォ殿下と年が近い令嬢がいなかったので、第1王子の婚約者という立場と、恩恵を得るために、貴族たちは、女の子を産もうと必死になったそうですよ」


「ヴェルニッツィの密偵については、何か知りません?」


「ただの噂でしかありませんが、ヴェルニッツィの密偵は、優秀で影のようだと。調査対象に気づかれることなく、秘密を探り出すと言われています。皆が恐れているのは事実です」アリーチェが答えた。


「ヴェルニッツィ卿や令息たちは、どんな人なのかしら?」


「ヴェルニッツィ卿も、令息も、剣の腕が立つのです。何年か前に、次男と1度手合わせをしたことがありますが、10代とは思えないほどの、力強い剣筋でした、危うく負けるところでした」エルモンドが答えた。


 エルモンドも剣術は優れているはずだ、でなければ、聖女の護衛に就けるはずがない。そんな彼が負けそうになったのなら、余程に優秀なのだろう。


「あの家は代々、剣に精通しているんです。物心つく前から、木刀を握るそうですよ。体格もいいですから、剣を持つべくして生まれてきたって感じですね」ジェラルドが言った。


「ドナがそんなに大きくなかったから、想像できませんわね」


「魔術で体を大きくしているという、噂を聞いたことがありますわ」


 流石は侍女の情報網。アリーチェも優秀なのだろう、聖女の筆頭侍女に抜擢されるくらいだから、侍女の中でも、高い地位にいるのだろうとロゼッタは思った。


「魔術で体って大きくなるんですか?」身長があと5cm欲しいし、あっちのほうも、もう少し太く長くしたいと思っているジェラルドが食いついた。


「魔術を操る魔族と取引をしているそうですよ。黒魔術というそうです」アリーチェが答えた。


「黒魔術?魔族の間でも、禁忌とされているって、本で読んだことがあるわ」


「大きな力を得られますが、代償も大きいそうです。だから諦めることですね。ジェラルド卿は、今のままで、十分素敵ですよ」


 ジェラルドは悲しそうに項垂れ、アソコを見つめた。「ちぇっ、もうちょっと大きくなりたかったな」


 エルモンドがジェラルドの頭を叩いた。「真面目にやれ!」


「いてぇな、もう、俺は真面目にやってる」


 年が近いからというのもあるのだろうか、生真面目なエルモンドと、おふざけが好きなジェラルドが、なぜ仲良くできるのだろうか?とロゼッタは疑問に思い、そのチグハグな2人を、凸凹コンビだなと思い笑った。


「ドナの評判は、私も少し知っているわ。治癒力を使って、たくさんの人々を助けているのでしょう?孤児院へも、足しげく通っているって聞いたわ」


「ヴェルニッツィ侯爵令嬢は、心が綺麗で、まるで天使のようです。実際ヴェルニッツィの天使と呼ばれているんです。透き通るような肌に、触れてみたいと思っている男は多いでしょうね。舞踏会では行列ができるほどです。美しく優雅で、気品に溢れた貴族令嬢の模範のような人なのですよ」


「ジェラルドは、ドナに夢中みたいですわね」ロゼッタはクスクスと笑った。


「そんなことないですよ。ロゼッタ様が1番に決まってます」


「ありがとうございます。でも、私にはドナのような可憐さはないし、自分が色気も何もない平凡な女だということは、分かっていますわ」


「ジェラルドは、ただ見る目がないだけです。私はヴェルニッツィ侯爵令嬢より、ロゼッタ様の方が、何百倍も美しくみえます」エルモンドが言った。


「エルモンドはいつも優しいですね」

 自分にだけ向けられた微笑み、ほんのりと赤く染まった頬は、エルモンドの男の部分を刺激するのに十分だった。


「王太子殿下とドナのこと、アリーチェはどう見えましたか?仲が良さそうに見えたけど、実際どうなのかしら」ロゼッタがアリーチェに質問した。


「そうですね、私から見ても、お二方は仲睦まじいです。ですが、そうなられたのは、ここ最近のことですね」アリーチェが答えた。


「以前は仲がよくなかったということですか?」


「王太子殿下は、ヴェルニッツィ侯爵の容赦ないやり方が、気に入らなかったようです。立派な方ですが、まだまだお若いですからね、理想を捨てきれないのでしょう」


「ドナというよりは、ヴェルニッツィ卿を嫌っているということですか?」


「はい、ヴェルニッツィ卿を警戒してはいますが、成人なされてようやく、魅力的な女性になられたドナテッラ嬢に、王太子殿下も、心を奪われてしまった、といったところでしょうか」


「そうね、ドナも王太子殿下のことを、好意的に見ているようだったけれど、王太子殿下が、ドナにベタ惚れって感じでしたわね」ドナテッラに寄り添う姿は、真に恋をしているといった感じだったと、ロゼッタは思った。


「あの王太子殿下に、釘付けにならない女性はいませんわよ」アリーチェは確信を持って言った。


「そうですよね。物語に出てくる王子様そのものって感じで、色気垂れ流し!無邪気に笑う姿なんて、どんな宝石よりも、輝いて見えましたわ」ロゼッタはうっとりとした。


「サルヴァトーレ殿下も素敵ですわよ」アリーチェは意味深に微笑んだ。


「サルヴァトーレ殿下が気の毒だわ、ドナのような美しい令嬢と結婚できるはずなのに、こんな私を娶らせるなんて、国王陛下も人が悪いですわ」


「そんなことありませんよ。ロゼッタ様と婚姻を結べるなど、男としては欣幸の至りです」エルモンドは、腹の底から湧き上がってくる嫉妬心に苛まれた。ロゼッタに近づいてくる男どもを、1人残らず、めった切りにしてやろうかと考えた。


 自分のものにできないのなら、誰のものにもなってほしくない。それが、身勝手な考えだと分かってはいるが、他の誰かの隣で、微笑むロゼッタを見る勇気は、出そうになかった。


 ジェラルドは、ロゼッタに気づかれない程度に、ニヤリと笑った。

 エルモンドはすかさず、目線だけで“ヤメロ”と伝えた。


(ロゼッタは、王太子殿下のような人が好きなのだろうか、自分は少し生真面目すぎるだろうか、ジェラルドほどではないにしても、少し遊び心があったほうがいいのかもしれない、マテオ・デュカスのように。気さくで、怜悧なマテオを好いていたはずだ)


 ジェラルドはエルモンドを、部屋の角に呼び寄せて、ロゼッタに聞こえないよう、小声で話しかけた。「お兄さん、囃し立てといてなんだが、よからぬことを考えるなよ。相手は聖女様だ。お前は子爵家3男なんだから、叶わぬ恋だ、諦めろ」


「そんな心配は必要ない」

 頭では分かっているんだ、決して叶わぬ恋だということは。それでも、好きになる気持ちは制御できない。パッとしない地味な女、色気もなく、胸はぺたんこ。俺は豊満な女性が好きだったはずだ。なのに、俺はロゼッタから目が離せない。


 自分に向けられる、何の意図もない笑顔が、妖艶に見えて下半身が疼く。蜜蝋を塗った彼女の唇は、ぷっくりと美味しそうに熟れていて、まるで誘っているようだ。“私を食べて”

その唇に吸い付き、存分に味わい、快感に酔いしれたい。


 小さな胸を手のひらで包み込み、突起を弄びたい。彼女は、どなふうに鳴くのだろうか。

 秘部を暴いたら、どんな反応をするだろうか。きっと恥ずかしがるだろうな。顔を真っ赤にして、涙ぐむかもしれない。その涙を俺は、愛おしく思うんだ。


 ゴッティの小説が霞むほどにいやらしく、彼女の若い桃から滴り落ちる果汁を啜れたら、どんなに幸福か——


「おい、仕事中だ。変な妄想すんなよ」


「妄想なんてしていない」


「お前は欲求不満だ。今度娼館に行こうぜ、女抱いて発散しろ」


 ロゼッタは振り向いて、エルモンドとジェラルドに笑いかけた。「ねえ、2人もそう思うでしょう?」


「ええ、サルヴァトーレ殿下も、ジュゼッペ殿下も、眉目秀麗で、貴族女性は皆が虜ですよ。ロゼッタ様がデートしたいと仰れば、お二方とも、喜んでエスコートしてくださいますよ」ジェラルドは訳知り顔で笑った。


「もう!そのことは忘れてと言ったでしょう?」ロゼッタは顔を赤らめた。

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