第40話 完璧です
数日後に戻ってきたリリさんがお義母様からお手紙を預かってきてくれました。
『ルシアちゃん
少しはゆっくりできたかしら?
リリと女子トークしてると聞いてとても安心しました。
そろそろ帰りたいなんて考えてない?
もしそうなら、どこに帰りたいと思ったのかしら?
ジュリアンちゃんのいるご実家かしら?
ルイスのいるエルランドかしら?
それとも別のどこかかしら?
焦る必要はないので、ゆっくり考えてね。
ニューアリジゴクは完璧よ。
進捗が早いけど悪いことではないから、そのまま進めますね。
ノバリス』
私の帰りたい場所は……。
パッと浮かんだのはエルランド家タウンハウスです。
「そうか、私はもうエルランドの人なんだ」
何かがストンと胸に落ちました。
私はルシア・エルランドとして生きていきたい。
もしもこの先、ルイス様に本当に好きな人ができたらって考えると、正直怖いです。
でも、やらぬ後悔よりやった後悔の方が私には似合っていると思うのです。
「リリさん! 帰りましょう!」
「吹っ切れましたね! お姉さま」
お姉さま?
今リリさんは私をお姉さまと呼びましたよね?
帰ったら作戦の進捗状況より先に確認することができてしまいましたね。
先に報告に向かうというリリさんを見送った翌日、思いがけない出来事がありました。
「ルシア! 迎えに来たよ! すべて片付いた。開店式典には出るでしょう?」
「ルイス様、会えて嬉しいです。長い間留守にして申し訳ございませんでした」
「そんなことないよ。今日は一緒に泊まろうね。いよいよ待ちに待った初陣だ!」
「初陣! 今夜!」
「そうだよ。今回のミッションが終わったら結婚式をあげよう。みんなを呼んでお披露目をするんだ。ちょっとフライングだけどもうこれ以上は待てない。ルシア、愛してる」
「ルイス様?」
「ルイスって呼んで」
「ルイス?」
「ああ君に呼ばれるとこんなにうれしいんだね。ルシア」
「私も嬉しいでっっっ」
言い終わらないうちに私の唇は塞がれていました。
ルイス様からの初めてのキスは、私の人生で初めてのキスです。
ファーストキスというものは学園の裏庭や、花壇の茂みでするものだと思っていましたが、そんな機会もなくこの年まで来た私は、何の罰ゲームか人がたくさんいるホテルのロビーで経験することになってしまいました。
「ルイス様、恥ずかしいです」
「なにが?」
「キスが」
「慣れるまでしようか?」
「いえ……部屋に行きましょう」
もしかしたら私から誘ったのでしょうか。
それから怒涛の時間が流れ、目が覚めたときはもう翌日のお昼前でした。
初陣を見事に飾ったルイス様は、誇らしそうな顔でまだ眠っています。
私はそっとベッドを抜け出して鏡台の前に座りました。
昨日と同じ私なのに、昨日とは違う私が戸惑った顔で映っています。
夢中だった私たちは窓を閉め忘れたのでしょうね。
体中に虫刺されの赤い痕がついていました。
かゆくないので不思議です。
体を清めて部屋のテラスに出ると、隣の部屋のテラスからリリさんの声が聞こえました。
「おはようございます、奥様。お体は大丈夫ですか?」
「うん、なんだか少し歩くのが辛いけど大丈夫よ」
「あら? あれほど我慢に我慢を重ねていたから野獣襲来だと思ったのに、やっぱりヘタレはヘタレですね」
リリさんの毒舌! 強烈ですね。
彼女が義妹に? あれ? ジュリアンって彼女がいるような事を言ってたような?
また確認しなくてはいけないことが増えましたね。
「お姉さま、心配しなくてもジュリアン様は浮気者ではありませんよ? 彼女にはきっちり振られるように仕向けました。そして傷心につけ込んだ私の勝利です」
リリさん……。
「ルシア?」
ルイス様がお目覚めです。
リリさんの姿はもうありませんでした。
「おはようございます。ルイス」
「おはようルシア。体は大丈夫?」
「はい、少しギシギシしてる感じですが大丈夫です。お腹すきませんか?」
「ああ、そう言えばお腹空いたかな。食堂に行く? それともここに運ばせようか?」
「ではここで」
その時部屋のドアがノックされました。
ドアを開けたルイス様がワゴンを押しています。
「なぜか食事が届いたよ」
絶対覗いてますよね! リリさん!
お互いに照れながら朝食を済ませて、私たちはすぐに王都に向かいました。
途中何度も休憩したので、結局タウンハウスに帰ったのは1週間後でしたが。
なぜか私だけ虫に刺されるようで、赤い痕は増えるばかりです。
「ルシアちゃん! お帰りなさい!」
お義母様が駆け寄って迎えてくれました。
「ただいま帰りました。長い間すみませんでした」
「青春は満喫できたかい?」
お義父様がいつものように頭を撫でながら言いました。
「はい! とても楽しかったです」
ジュリアンがそっと言いました。
「姉さんも義兄さんも良い顔になったね」
「ありがとうジュリアン。あなたもね?」
ジュリアンが真っ赤になっています。
疑惑は確信に変わりました。
「奥様、来週早々にニューアリジゴク開店でございます」
「はっやっ!」
「早く結婚式を挙げたいでしょ?」
「よろしくお願いします」
「お任せください。ああ、それとナンバーワンは初日にチラッと顔を見せるだけで、後は熱烈なファンの方に買い占められているという設定にします。その方が値段も上がりますからね。もちろん買い占めるのはルシア様ですからね」
「そんなにお金無いですよ」
「一生かけて払ってください」
そんな会話をしていたら、黙って聞いていたルイス様に後ろから抱きしめられました。
「お買い上げありがとうございます。人生をかけて必ず幸せにします」
私の手から完全に離れてしまったニューアリジゴク作戦は、完全に面白がっている義両親によって、確実かつ迅速に進んでいきます。
私はルイス様と私の婚礼衣装に刺しゅうをしている毎日です。
せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ? 志波 連 @chiro0807
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