少年A(3)

 数日後、学校で全国学力テストの結果が配られた。浜尾は1772位、上の下辺りの結果だった。放課後に浜尾は職員室でビトルンに相談した。

「今の成績で行けそうな薬学部のある大学はどこですか」

 浜尾が訊くとビトルンは少し黙って、

「G大学とL大学ですがそれでも競争率は高く難しいです。浪人して入る学生が大半です」

 と淡々と答えた。

「やっぱり浪人しないと無理か……製薬会社に就職したいけどストレートでは無理ですか」

「製薬会社の就職は大卒でも難しいです。そんなに製薬会社に入りたいですか?」

「給料がいいですから。高い給料をもらえる会社に入りたいのは当然でしょ」

「浜尾さんは化学の成績が非常に良いので進路としては適正だと思います。しかし勉強すれば就職できると思わないで下さい。あなたよりもっと勉強している人は幾らでもいます」

 淡々と話すビトルンに「冷たいな。そういう事を言うのですか」とふて腐れた。

「もし時間があるなら論文を書いてみませんか。高校の学力レベルで書ける研究論文の募集があります。提出して認められたら少しは就職に役に立つと思います」

 浜尾は「やらないよりマシか」と提案を受け入れた。

 それから研究の日々が始まった。午後四時に授業を終えて八時まで理科室で実験して帰宅してからレポートを作成、午前一時に寝る。土曜は昼まで実験、日曜は家でレポート作成──一ヶ月程経ってさすがに疲れてある日の放課後、実験をせずにカフェでくつろいだ。

「よお」

 矢野が店に入って来た。

「久しぶりだな」

 浜尾は手を挙げて答えた。二人は談笑した。

「そうか、研究論文か。大変だな」

「締切まで二ヶ月あるけど疲れてきたな」

 浜尾はアイスコーヒーを一口飲んでため息をついた。

「俺の親父もそうだよ。ずっと研究ばっかり。製薬会社の研究員だから仕方ないけどさ」

「高い給料もらえるからって考えていたけど就職してからもずっとこんな生活だと体を壊しそうだな」

 浜尾はまたため息をついた。

「どの仕事もきついのは仕方ないさ。俺も毎日車の整備で腕や足が筋肉痛で大変だからな」

 矢野は腕を何度か回して自分の右肩を叩いた。

「そうだな。どの仕事も辛いのは当然だな。まあ頑張るわ。じゃあ」

 浜尾は先に席を立って店を出た。

 帰宅するとまだ両親は帰って来ていなかった。自室で着替えてノートパソコンで論文を書いている内に母親が帰って来た。

「今日は早かったね。今ご飯作るから」

 と母親は寝室に入って着替え始めた。

「いいよ。ゆっくりしていて」

 浜尾は座ったまま大声で答えてまたレポートを書き始めた。

 母親と食事していると父親が帰って来て疲れた顔で背中を丸めて寝室ですぐに着替えてリビングに来た。

 久しぶりに三人で食事をしていると父親が職を探しに隣の県へ行くと言い出した。

「あのさ、もうみんなでどこかの都会に引っ越さない? こんな田舎にいても仕事ないし俺もバイトするから」

 浜尾が言うと、

「お前は大学へ行ってちゃんと就職するんだ。俺達の事を心配する必要はないから」

「そうよ。お母さんも働いているから大丈夫よ。大学は昔より学費が安くなっているから気にしないで」

 両親が微笑んで答えた。疲れの見える両親の微笑みに浜尾は戸惑いながら「うん」とだけ答えて食事した。

 自分の成績で就職できるか微妙な事は自覚しているし就職に失敗した時の両親の失望した顔を見たくなかった。

 国立大学の講師もビトルンが行い人件費などのコスト削減で学費は安くなりカリキュラムは学部毎に統一された。どこの国立大学でも同じ授業を受けられる状態になった。その影響で大手企業の就職はますます大卒が前提になり以前より厳しい状況だった。

 締切日の一週間前にようやく論文を書き上げた浜尾はビトルンにデータを渡した。

「ご苦労様でした。結果は後日連絡します」

 ビトルンは淡々と答えるだけでそれ以上の言葉はなかった。

「何だよ。愛想悪いな」

 浜尾は呟いて職員室を出た。

 教室に戻ると生徒達は静かに自習していた。浜尾が席に座ると隣の席の宮田が話しかけた。

「毎日実験室に残って論文を書いたんだって。凄いな」

「ああ、今の成績じゃ大学へ行っても就職は大変だから論文を書けって言われて死ぬ気で書いたよ。もう疲れたよ」

 浜尾はため息をついた。

 放課後、帰りにカフェでくつろいでいると矢野が入って来た。

「よお、もう論文は終わったのか」

「ああ、今日出したよ」

 二人は談笑した。

「親父が過労で入院して今は大変なんだ」

 矢野の表情が曇った。浜尾は「えっ」と答えたがそれ以上の言葉が出なかった。

「まあ俺は働いているから別にいいけどな。母ちゃんいないし」

 矢野の言葉に浜尾は更に黙った。

「大変だな。悪い。ありきたりな事言って」

「いや、気を遣ってくれてありがとうな。じゃあ帰るわ」

 矢野はそう言って店を出て行った。

「あいつ大丈夫かな」

 浜尾もカフェラテを一気に飲んで帰宅した。

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