第7話 ハルン・バートフル
俺はいつの間にか眠り込んでしまっていた。
「おい、ナラン!ついたぞ!本を運ばないとっ!」
サナーに皮鎧をバシバシ叩かれて起こされる。
灯火で照らされた辺りを見回すと町はずれの古い屋敷を買い上げた傭兵会社の敷地内だった。
屋敷手前の、石の装飾が欠けている噴水近くの、所々ひび割れた石畳で出来た道路上に馬車は止まっていて、辺りはすっかり暗くなっていた。
「ああ、そうだな」
俺はゆっくり立ち上がり、いつの間にかサナーが布で半分ずつ結んでいた本を抱えあげる。
ローウェルはもう去った後の様だが、さっきまで居たらしく煙草の匂いが微かに残っている。
どうにか二人で重い本を屋敷前まで運ぶと
「ああーっ……死の匂いですねぇ……」
高いのか低いのか分からない不気味な声を立てながら、ガチャリと扉が開き、漆黒のゴシックドレスを着た顔色の悪い細面で銀髪の女性が顔をのぞかせてくる。
「あ、シーネさん、お疲れ様です」
この人は屋敷のメイド兼守衛のシーネ・デスバレーションだ。
聞くところによると、死臭を嗅ぐのが趣味でこの仕事を選んだらしい。
シーネは俺とサナーを屋敷内に招き入れると
「ふふふーん……ああっ、不慮の死ですねぇ。そのレッドゴブリンは死ぬとは思っていなかった……と。あなたたち新米さんとしては、ジャイアントキリングですか?」
俺たちの身体に微かに残った死臭で戦闘状況まで即座に暴いてしまうことの人は、どんな恐ろしい生き方をしてきたんだろうと、まだ二度目の会話だが思う。
初任務の時も、何とかグリーンゴブリンを二人で倒してきたのを言い当てられた。
サナーが怖気づいた顔で
「あ、あの……事務長に報告に行かないと……本が……いっぱい……」
シーネは不気味な笑みを浮かべ
「ふふふふーマジメルなら定時で他の事務員と帰りましたよー?ふふーっ。丁度、社長がいらっしゃるところです。鑑定士ギルドの若手魔導士も既に呼ばれていますよー?」
怯えたサナーが俺の背中に隠れたので
「シーネさん、良ければ、社長の場所へとご案内頼めますか?」
シーネは不気味な笑みでゴシックドレスのすそを上げ恭しく頷いてくる。
サナーはこの人が苦手だが、俺はなんか嫌いじゃない。
とんでもない変態なのは間違いないが、言動に嘘がない気がするからだ。きっと、尋ねれば素直に自分のことすら教えてくれる気がする。訊きたくないけど……。
「見てくださーい、腰をコルセットで締め上げてみましたよー?どうでしょうかー?殿方としてはー?」
灯火に照らされた夜の薄暗い屋敷の廊下を踊るように先導していくシーネはチラッと俺の方を見つめてくる。
確かに、少し腰の辺りがほっそりしているような気がする。
「雑魚の俺の意見でもよければ、恰好はよくなったと思いますよ。でも、身体のことも大事にしてくださいね」
「ふふふーっ……やーさしいですねー」
当たり前だが、会社の恐らく重要人物の一人に迂闊なことは言えない。
サナーはずっと俺の背中に隠れて無言で付いて来ている。シーネはあからさまに上機嫌になり、クルクルとさらに回転して踊りながら廊下を進んでいき、急にピタッと止まり、ココンッとリズムをつけてノックすると書斎らしき扉を開いた。
室内中心に設置されたテーブルを囲うような椅子の一脚には、魔女が好むような四方につばの広い濃い緑の帽子をかぶり、同じ色の金の刺繡の真新しいローブを着たふくれっ面の小柄な金髪少女が腕を組んでいかにも「怒ってます」と言った感じで座っていて、さらに書斎奥の、月明かりに照らされた中庭がよく見える広い窓辺には銀の車椅子に座った、燃えるような赤髪で、灰色のローブを着た身体は右手右足のない壮年の女性が居る。
女性は傷だらけの引き締まった顔で大きく息を吐くと、いきなり青く透き通る右手と右足を生やし車椅子から立ち上がり、俺たちに近づいてきた。シーネがサッと俺の抱えていた本を取り払い、そのまま軽く前に押される。
女性は、よろめいた俺の腕を透き通った右手で握ると
「酷い格好と臭いだが、怪我はひとつもないか。なかなか良い運を持ってる」
そして、今度は女性の異様な姿に怯えだしたサナーをチラッと一瞥すると
「……獣か。恐れを知ってる。いいね」
いかにも気に入ったと言った顔をした。
そして、俺たちの背後に下がったシーネを黙って見つめる。彼女は上機嫌に
「ふふーっ……嘘はありませーん。ローウェルの報告通りですねー」
女性は軽く息を吐いて
「時折、遺跡の秘宝をちょろまかすやつがいるんだよ。だから、シーネとローウェルでダブルチェックしてる」
「そ、そうなんですね」
さすがに俺も怖くなってきた。ちょろまかしていたらどんな制裁を受けるんだろう……というよりこの人が社長なのだろうな。
会うのは初めてだが、きっとレベル三桁とかかな……。
女性は、もう一度、俺とサナーを見回すと、満足げに車いすに戻って深々と座り込み、青い手足を消した。
それと同時に少女が、がたっと音を立てて立ち上がり
「叔母様!!乙女の夜の時間を何だと思っているのですか!?肌の回復にはゆっくりとした休養と長風呂と良質な睡眠が必要なのです!わたくし、帰らせていただきます!!」
女性は鼻で嗤ってから
「鑑定料二十万イェン出す。あと少し付き合ってくれ」
少女は俺たちの方を憎々し気に見つめると、ストンッと椅子に座り直した。
目の前の状況についていけないでいると気づいたらシーネがいつの間にか、俺たちの持ってきた本を綺麗にテーブルの上に二段にして十冊ずつ並べていた。
少女は「ふんっ」と嫌そうに言うと、また立ち上がりすぐに本を高速でパラパラと開いて見つめ始めた。
そして、五分もしないうちに、二十冊読み終わり
「三百五十万イェンですわ、叔母様!」
車いすに座った女性は、満足げに頷いてシーネを見るとシーネが漆黒のドレスの中から、二十枚以上の札束を取り出しサッと少女に渡す。
少女はそれを数えもせずに胸元にねじ入れ、さらに鼻をつまみ、呆然と突っ立ったままの俺とサナーの近くへと来て
「こっちの女の子は、戦士レベル8、スキルは南方剣術レベル2とゴブリン語……おお、レベル7ですわ。あなた……見た目より博学なのですね。……性格は蛮勇、この男への忠節、そして前向きですわ」
さらに少女は鼻をつまんだまま、俺の周囲をグルっと回ると
「この男は、サポーターレベル7、スキルは……ないですわね。……性格は普段は後ろ向き、しかし逆境に強い。ふーっ……あなた、少しは学びませんと、長生きできませんよ?」
「は、はい……」
たぶん、何歳も下の少女に説教されてしまった……。俺が項垂れていると、少女は足早に書斎から出て行ってしまった。
展開の速さに頭がついていかない俺に、社長らしき女性が書斎の奥から
「ナラン、サナー、今回の依頼報酬とボーナス合わせてそれぞれ七十万イェンでいいか?」
サナーが微かに震えながら
「あ、あの……中抜きしすぎではないですか?本全部で三百二十万って……」
女性は笑いそうになって、口元を左手で抑え
「貴重なカードキーを渡して、優秀な送迎まで付け遺跡にお前らを派遣した雇い主は私だよ。私の方針に不満なら出て行っていい。ああ、そうだ、社名のハルン・バートフルとは私の名だ。わざわざ、わが社に入ってきたのだから、知っているはずだな?」
お、おおお……やっぱ社長じゃねえか……というか、うちの会社ってそんな社名だったのか……街での勧誘にヤケになって飛び込んでから仕事続きで社名すら確認できずに、今初めて知った俺はやはりバカだな……。
「で、でも……」
まだ何か言いたそうなサナーの口を俺が塞ぎ
「社長!ありがとうございます!報酬ありがたくいただきます!おい、サナー帰るぞ!」
「う、うん……」
納得いかないサナーの腕を引っ張って俺は頭を一度深く下げてから書斎から逃げるように退出した。
シーネも一緒に出てきて、パタンッと扉を閉めると
「ふふーっ、玄関前でお待ちくださいねーっ。事務所からお金とってきますからねー」
「はい、よろしくお願いします!」
風のように踊りながら去っていくシーネの後姿を追うように俺たちは足早に廊下を歩いていき、そして外へ出た。
屋敷前の噴水には、灯火に照らされたローウェルが腰掛けてタバコを吸っていた。
俺たちの姿を見ると
「ふん。面接は通ったみてぇだな。よろしい」
と言ってくる。言っている意味はもうよくわかる。
「やっと派遣傭兵として正式採用なんですね?」
「ああ、そういうことだ。どうした嬢ちゃん?」
ローウェルはサナーの悔しそうな顔を見て、すぐ察したようで
「だいぶ、会社から持ってかれたか、でもよく考えてみろ。ミーティアライトソードとブロンズシールド支給されたらトントンくらいにはなるんじゃないか?」
サナーは首を横に振り
「無理だね。あの人、たぶん、ケチだ……わかる。お屋敷でああいうの何度も見た」
ローウェルはいきなり煙草の煙を吐き出して、しばらく咽ながら笑うと
「恐ろしい見た目には騙されんかったか。そうだよ。社長はケチだ。だからこそ、うちの会社がでかくなってる」
「ナラン、いつか辞めよう。私たちで会社造ろう」
俺は苦笑いして
「悪くない金貰えるのに怒りすぎだろ。お前相当疲れてんな。金もらったら、早めに帰るか」
「うん……」
ローウェルが何か考えている様子で
「お前ら、どこに住んでんだ?」
街で泊まるところが見つからず、新米なので会社の寮も入れずにこの屋敷のある街はずれ近くの山の洞穴でとりあえず寝泊まりしていると告げると、ローウェルはしばらく笑うのを堪えた後、反対を向き、また猛烈に煙を吐き出しながら爆笑し始めた。
ちょうどシーネが、扉を開けて出てきて
「ふふふーっ。楽しそうですね、どうぞ七十万イェンです」
不気味な声でそう言いながら俺とサナーに札束を渡してきた。数えずにポケットにねじ込もうとするとサナーがサッと俺の手から取って、素早く札束の枚数を数え
「百四十枚ある。ありがとうございます……シーネさん……」
俺の背中に隠れてボソボソとお礼を言った。
シーネは、黙ってうやうやしく礼をすると
パタリと屋敷の扉を閉じて去っていった。
ローウェルが、笑いすぎたのか目の涙を拭うと
「馬小屋でいいなら紹介してやるよ」
と言ってきた。
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