うい、初、愛い、憂い

鈴宮縁

うい、初、愛い、憂い

まなという名前や自分には似合わない気がする。

「愛が男に生まれていればな」

 な〜んて、と父は笑ったけれど、私にはまったく笑い事ではなかった。力が強いとか、運動ができるとか、男ならモテただろうになあと父は言った。考え方、古いんじゃないのと言えば、ごめんごめんと謝られた。

「愛は男だもんな〜!」

 そう言って肩を組んでくる隣の席の佐々木は、友達としては好きだけれど、そこだけがただひたすらにうるさいと感じていた。

 わかっている。私とて、男であればと思ったことは何度でもあった。きっと男であれば、それなりにわーきゃーされたかもしれない。今でさえ、ファンです、なんて言ってくるかわいらしい女の子の後輩が数人いる。それでも、私が女である事実は揺るぎようがないし、何より私の自認は女だ。周りの声もなにもかも。うるさくてうるさくて仕方がなかった。ただ一人を除いて。

「まなちゃん」

 朝、手を振りながら私に駆け寄ってくるふわふわとした猫毛の女の子。

「おは、わっ」

「っあぶな! ……セーフ」

 何もないところで躓き、そのまま私の胸へと倒れ込む。彼女はうい。小さい頃から一緒の幼なじみ。

「うい、ちゃんと足元気をつけなね」

「は〜い……ごめんなさい」

 ういは、昔からふわふわとしていて、守りがいのある女の子だった。その隣にいるのは私の特権で、守るのも私の特権だった。だからこそ、私を「男であれば」だの、「男だ」だのとうるさい人は減らないのかもしれない。それでも、ういだけは当たり前のように私をかわいい女の子の友達と扱ってくれた。

「だって、まなちゃんは美人さんだもん」

 どうして、と一度聞いたときはそんな答えが返ってきた。だから、私はそんなういをずっと大切にして、ずっとそばで守ろう。そう思っていた。

「あのね、私彼氏できたの」

 はにかみながら、大好きなレモネードを飲みこむうい。そんなかわいらしい彼女がその日私に特権の剥奪を宣告した。

「そう、どんな人?」

「えっとね、まなちゃんも知ってる人なんだけど……」

 結論から言えば、相手は同じクラス、隣の席の佐々木だった。ういは休み時間毎に私の元へとおしゃべりに来るものだから、三人で会話することも少なくはなかった。クラスではかっこいい、なんて密かに人気の高い佐々木。ういもそう思っていた、らしい。しばらく、楽しそうに、恥ずかしそうに、惚気てくれるういは本当にかわいらしい。白くてふわふわとしている頬がほんのりと赤くなっていた。

「ういが幸せそうで良かった」

 そんな、心にも無いことを言うしかなかった。

 十七年生きていて、わかったことがある。みんな何年も連れ添った友人より、今日できた恋人を優先する。だから、ういに「捨てられる日」が来たと私は感じていた。もう、ういの隣に立つのは私ではなくて、守るのも私ではない。仕方がないことなのだ。きっと私だっていつか恋人ができればういよりもその人を優先する。……わけがない。私にとってういはいつでも一番だった。これからもそれを変える気はない。

 それなのにういは私を捨てるのだ。

「佐々木、ういとはどう?」

「え、あ〜聞いたんだ。とても、仲良く、はい……」

「そう、ならよかった」

 私の質問に、佐々木は照れながら答える。ああ、なんて忌々しい。

「ういのこと、不幸にしたら許さないから」

 そう言って睨むと、佐々木は笑いながら「はいはい、わかってます」と軽い返事をする。

「ほんとにわかってんの?」

「大丈夫でーす。俺にういちゃん取られたからって怒るなよ」

 調子に乗って笑う佐々木は忌々しい。佐々木がういを取ったことを怒っているのではない。それでも、佐々木はムカつくが、いい奴ではあった。だからこそ、二人の仲を邪魔してやろう、そんな気にはなれなかった。

 ういと佐々木の仲はそれなりに良好で、ういの登下校を共にするのは私ではなく佐々木に変わった。寂しいけれど、仕方がない。それがういの幸せになるんだもの、そう言い聞かせた。

「ねえ、まなちゃん、今日は一緒に帰ろ」

 ういと佐々木が付き合いだしてから一ヶ月か経とうとしていた日、ういにそう誘われたことで私とういは久々に一緒に帰ることになった。

「佐々木はいいの?」

「うん、大丈夫。今日はまなちゃんと話したかったから」

 久々に、ういの隣を歩く。嬉しくてたまらなくて、私の胸は高鳴った。

「あのね、もうちょっとで佐々木くんと付き合って一ヶ月なの」

 頬を赤くしながら、記念日って何すればいいのかなあ、とういは私に聞いてくる。

「誰とも付き合ったことないからわかんないよ。聞く相手間違ってない?」

「えぇ、だってこんなことまなちゃんにしか話せないよ……」

 記念日だし、大切にしたいし。そんなことを小声でぼそぼそと言うういに、ほんの少しイラ立つ。私と一緒にいても、恋人のことだけを考えているうい。だから、ちょっと魔が差した。

「……ま、まなちゃん?」

「女の子同士だからノーカン、こうでもしてあげれば」

 この先すべて奪われるなら、ファーストキスくらいは私がもらったってバチは当たらない。そう思いたかった。

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うい、初、愛い、憂い 鈴宮縁 @suzumiya__yukari

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