第12話

だからこんな足跡はつくはずがないんだ。



「俺達の後にここに来た奴らがいるってことか」



大輔がつぶやく。



それにしては素足でこんなところに来るのは思えない。



しかも濡れた素足でだ。



ちょっと考えられなくて誰もが黙り込んだとき、慎也が歩き出した。



「足跡がこっちに続いてる」



アスファルトをしっかり見ていると確かに足跡は続いているようだ。



転々とついているシミを6人で追いかける。



この先になにがあるのか想像するだけで寒気がしてくるけれど、昼間だということも手伝って誰も足を止めなかった。



が、途中で慎也が止まってしまった。



「ここで足跡が途切れてる」



そこはまだ先に道路が続いているなにもない場所だった。



片側に民家、片側が山。



さっきと景色はほとんど変わっていない。



「結局なにもわからないままか」



明宏が悔しそうな声で呟いたのだった。





とにかく春香は生きていた。



他のメンバーも元気でなんの問題もない。



昨晩は不思議な経験をしたものの、今の自分たちにはそれがすべてだった。



重たい気分を払拭するためにもカラオケに行くのはごく当然の流れとなった。



「一番歌いまぁす!」



あれだけ顔色の悪かった春香が一番最初にマイクを取った。



大輔が完成を上げてシャンシャンとタンバリンを鳴らす。



アップテンポの曲が流れ出して場の空気は一気に盛り上がる。



佳奈は自分の好きな曲を選んで入れていく。



「よかったな」



慎也が元気いっぱいに歌っている春香を見て微笑む。



「そうだね。結局何事もなかったんだもんね」



佳奈は頷き、ほほえみ返した。



夏休み中なのに全然遊べていないと思っていたメンバーが、こうして見事に集まることもできた。



昨日の出来事はよくわからないままだけれど、自分たちにとってはいい経験になったのかもしれない。



それから3時間ほどみっちに歌った6人はようやくカラオケを後にしていた。



大きな声で歌いすぎて慎也と大輔の声は枯れてしまっている。



「大輔、今日泊まってもいい?」



不意に春香が大輔にそう訪ねた。



春香の手は大輔の手を強く握りしめている。



「いいけど、どうした?」



「うん……またあの夢をみたら嫌だから」



カラオケで元気に振る舞っていた春香だけれど、やはり1人になることは怖いみたいだ。



「そうか。もちろんいいぞ」



大輔の顔がほんのりと赤らんでいることに気がついて、慎也が野次を飛ばす。



「別に、下心なんてねぇよ!」



大輔にツバを飛ばされて慎也は大笑いしている。



「佳奈。佳奈も強ければ俺が家に泊まってやろうか」



不意に肩を抱いてきた慎也に心臓がドクンッと跳ねる。



慎也が気に入っていると言う爽やかな香水の香りが鼻腔をくすぐる。



「な、何言ってんの」



佳奈は真っ赤になりながら慎也の体を押し返したのだった。


☆☆☆


帰宅した佳奈はシャワーを浴びて自室へと戻っていた。



今日は1日6人で遊ぶことができて本当に楽しかった。



夏休み中に後何回こうして遊ぶことができるだろう。



グループメッセージを開くとみんなが次の遊びの予定を勝手に書き込んでいる。



それを見て思わず笑ってしまった。



みんなも佳奈と同じ気持ちでいたみたいだ。



佳奈は次々と送られてくるメッセージに目を通し《佳奈:私は海に行きたい!》と書き込んだ。



そして枕元にスマホを置いて、眠りについたのだった。


☆☆☆


その日は疲れていたし、夢なんて見ないと思っていた。



ましてや昨夜見たような悪夢を2度も見ることになるなんて、思ってもいなかったのだ。



夢の中の佳奈はまたあの家の前に立っていた。



歪んで輪郭がはっきりとしない家。



それを見た瞬間に強い恐怖心が湧いてきて、佳奈はその場から逃げ出そうと思った。



しかし、夢の中の佳奈は現実の佳奈の意思に反して家の中へと足を踏み入れるのだ。



いや、それ以上は行かないで。



必死に抵抗を試みるが、夢の中の佳奈は廊下を進み部屋のドアを開けてしまった。



その部屋には一枚の布団が敷いてある。



布団の中には誰かが眠っていて、だけど呼吸音は聞こえてこない。



耳にキーンという音が聞こえてくるほどに静かな室内は、空気が淀んで重たかった。



佳奈はゆっくりと布団に近づいていく。



そして布団の端を踏みつけた時、ジワリと足に絡みつくものがあった。



ヒッ! と喉の奥で悲鳴を上げて足の裏を確認する。



そこには真っ赤な血がついていた。



それでも夢の中の佳奈は逃げ出そうとしなかった。



ガタガタと震える右手を伸ばして掛け布団の端を掴んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る