第3話 上京3日目、クマの糸?

 意味がわからなかった。

 目の前に、シロクマが立っていた。


「あのぉ」


 困ったような顔でシロクマが口を開く。喋った。人の言葉を? なんで? 服も着てる!

 ただ、玄関のドアベルが鳴ったからドアを開けた。それだけだ。どこから来たシロクマ?

 昨日の水族館にはシロクマがいなかったから、心残りだったかもしれない。それか、確かに桃華ももかのことはショックだったけれど…幻覚を見るほどだったのだろうか。いや、普通に考えたら着ぐるみだろう。


「昨日隣に引っ越してきました、水野です。ご挨拶に伺いました」


 一般常識を備えたクマだ。おっとりとした仕草で、よろしくお願いしますと、お辞儀をする。

 こちらこそ、三浦ハルですと、なんとか返事を絞り出した。キョドってフルネームを名乗ってしまった。


「驚かせてしまってごめんなさい。帰り道とかで急に出くわすよりはいいかと思いまして」


 この辺では珍しいみたいでと、はにかんでいた。動きに合わせて、少し硬めの毛並みが揺れる。

 見上げたまま固まっている私に、つまらない物ですがと、ハンドソープを差し出してくる。ゆっくりと我に返った。


「ごめんなさい、私は何も用意してなかったです」

「えっ、ご挨拶の品ですから、お構いなく」

「あっ、そうですよね、えっと。実は私もおととい引っ越してきたところで。ほんとは私もご挨拶まわりしないといけないんだなって今気付きました」

「あぁ、そうだったんですね。それは偶然でしたね」


 水野と名乗ったシロクマは、柔らかく微笑んでみせた。よくよく見ると、話すごとにきちんと表情がある。これはどうやら…本物のシロクマみたいだ。

 最初は見上げるほどの巨体が怖かったけど、こうやって人間の言葉を話して笑っていると可愛かった。

 しかも、薄手の白いTシャツに、ジーンズ生地のオーバーオールだ。絵に書いたような食いしん坊ファッションをしている。微笑ましい。

 手渡されたハンドソープはちゃんとここにあるし、夢じゃないっぽい。こんな事ってあるんだ。

 なんだか状況を呑み込めてきた気がしてくる。意味はわからないけど。


 桃華ももかのことで憂鬱だった気持ちもどうでも良くなってしまった。だから、素直な感想を述べた。


「お隣にこんな可愛らしいクマさんがいると思うと、新生活が楽しみになってきました」

「はは、ありがとうございます。もし煩かったりしたら遠慮なく言ってくださいね。それでは」


 シロクマはもう一度お辞儀をして、部屋に帰ろうとする。その時ふと、カーテンのことを思い出した。


(…あの身長なら届くよね?)


「あの!」

 深く考えるより先に、呼び止めてしまっていた。


「良かったら一緒にお昼食べませんか!!」


 まずは、仲良くならないといけないと思った。


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