第9話 改良型転送装置

渡辺の改良型ワープ装置が完成した。

 

「こら~~~~なんぼなんでもできるの早すぎるやないかワレ、とないなってんのか説明したらんかいワレ、なめとったら承知せーへんぞワレ、鼻から指突っ込んで脳みそカタカタいわしたろかワレ!」

 というような横山のやっさん風の突込みが入りそうですが、とりあえず、先に進みます。


注:「 横山のやっさん」は、漫才師です。もうかなり前に亡くなってます。若い人は知らないと思います。知りたい人は、50歳以上のおっさん、おばさんに訊くと誰でも知ってます。


 改良型は、従来の電子レンジから電子レンジへ移動するというセコイものではなく、物体のみならず人体をも座標軸ざひょうじくで特定した位置にまで瞬間移動させられるものである。また、リモコン操作で元の場所に戻ることもできるという画期的な装置である。木製の畳ほどの大きさの台に理髪店や美容室などで使うアームの付いた頭をすっぽり覆うお釜型のヘアードライヤーのような物が二つ付いている。人間は台に乗り、このお釜型ヘアードライヤーの真下に立ちワープをすることになる。二つあるので同時に二人まで可能だ。ちょうど、スタートレックのカーク船長やミスタースポックが、謎の惑星に降り立ち船外作業をする時に転送されるのを想像していただければ足りる(細かい説明が面倒でしたので簡単に済ませました。スンマヘン)。

 手元に残された4500万円の資金がここまでの改良を可能にした。だが、渡辺の口座には、ほとんど残高は無い。

 

 注: お釜型ヘアードライヤーの正式名称は、フード式ヘアードライヤーというそう

です。知り合いの美容師の女の子に聞いて教えてもらったのですが、「何でそん

なこと聞くの?」と怪訝けげんな顔で聞き返されました。


 人体を移動させることには慎重に慎重を期した。野良猫や野良犬を捕まえてきては実験台にした。捕まえるたびに引っ掻かれたり咬まれたりで全身傷だらけになってしまっている。

 

“ 動物愛護団体のおばちゃんたちにばれたらヤバイ ”


 この気の小さな男はそんな心配までしていた。


 そして、いよいよ人体を移動させる実験をする日がやって来た。

実験台には誰がなるのか?

 言うまでもなく、渡辺本人しかいない。渡辺は一応ジュリーに打診をしてはみた。結果は火を見るより明らかだった。

「何であたしがこんなヘンテコなもんの実験台にならなきゃいけないのよ。第一、この改良型って奴には、あたしは一切関わってないんだからね。渡辺が勝手にやったんでしょ。自分だけ安全なとこに居ようたってそうはいかないわよ」

 つばを飛ばしながら頭の上から怒鳴りつける。ハイヒールを履くと、ゆうに180センチはある。ひたいやメガネにつばが付く。

(うるさい、汚ねぇじゃねぇか)

 と言えない自分が情けない。つくづく、助手なんかにするんじゃなかったと思うが、後の祭りもいいとこ。居心地いごこちがいいのか助手をやめる気配も全然ない。


 渡辺が台に立ち、ジュリーが機械を操作した。

「転送スタンバイOK!」

「転送スタート!」

 ジュリーの声が響くと同時に、何処からともなく一匹のはえが、”ブーン” と羽音はおとをたてて転送台に侵入して来た。

「ギャー・ストップ!」

 渡辺は叫んだが、時すでに遅し、ジュリーはスイッチを押してしまっていた。渡辺の身体と飛び込んだ蠅が緑色のプラズマに包まれやがて消えた。と同時に数メートル離れた場所に緑色のプラズマが現れた。

 プラズマが消えると渡辺の姿があった。恐怖に引きつった顔をしている。


“ 俺は蠅男になるのか………”

 

 昔の映画の刷り込み効果は激しいものがある。


~~この箇所、分からない方は、ザ・フライという昔の映画を見てください。レンタルビデオ屋さんにあると思います。旧作ですので100円以下で借れます。ただし、「映像に一部見苦しい部分があります」なんて注意書きがあるかもしれません~~


 「あっ、背中に羽根が!」

 ジュリーが叫ぶ。

 「ヒィーーーーーーー!」

 渡辺がこの世のものとも思えない悲鳴を上げたその時、一匹の蠅が渡辺の背中から飛び立った。


  “ ブーーーン ”


 羽音をたてて蠅は去った。

「おおお………脅かさないでくれよ……」

 渡辺は泣き顔になっている。

「脅かしてなんかないわよ、背中に蠅が止まっていると言っただけよ」

「『背中に羽根はねが』と言ったじゃないか」

「だから、『背中に蠅が』と言っただけよ」

「いや、『背中に羽根が』と言った」

「『蠅が』と言ったのじゃ、よく聞いとけ!」

 とにかく、渡辺は蠅男だけにはならなくて済んだ。恐怖と安堵と喜びとが、ほとんど同時にやって来て、その顔は、いびつに引きつり涙と笑いとでグチャグチャになっていた。

 

「で、こんなもん造ってどうする気?」

 実験の後、ジュリーはポツリと聞いた。

「当たり前だろ、当たり前田のクラッカーだ。旅行会社に売るんだよ。儲かるぞ、お前にも分け前やるから期待してろ。また金が入るか、フッフッフ」

「………」

 

“ 単純すぎる。それもあまりに………”

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