第7話 一発芸人 ジュリー

 二人は、テーラー江藤に紹介された大手プロダクションと契約し、テレビ局を渡り歩いた。大学が休みの土・日・祝日は、朝から晩まで分刻みのスケジュールをこなした。

 最初の目論見もくろみとは大きく外れてはしまったが、口座に振り込まれるギャラの金額が二人を黙らせた。渡辺の街金まちきんからの300万の借金もあっという間に完済さんすいし流用していた研究費の穴埋めも何とか露呈ろていする前に済ますことができた。

        

「おい、ジュリー、いくらたまった?」

 渡辺は自分の預金通帳を見ながら聞いた。 

「3800万よ、今月のが入ると5000万,ウッシッシ、もうやめられないわね」

 ジュリーは自分の預金通帳を片手に変なステップを踏みながら踊っている。

「日本人って単純ね、パンティ見せただけで5000万!」

「馬鹿か、恥ずかしくないのか。何時からストリッパーになったんだ」

「別に、アソコ見せてるわけじゃないし、赤い布キレ見せてるだけだし。馬鹿で結構コケコッコ」

 古い言い回しをジュリーは時折口にする。

「アップにしてよーく見るとシミが付いてるんだぞ」

「ヒーーーうそー」

「嘘だよ」

「もーーーやめてよ」

「とにかくテレビは今月で終わりだ。しばらく休むぞ」

 渡辺はきっぱりと言った。

「あら、なんで?」 

「学長からのお達しだ。ここは二流とは言え、一応は公立大学だ。パブリック・カレッジなわけ、要するに俺もあんたも公務員てことなの、分かる?この国では公務員はアルバイト原則禁止なんだよ」

「アルバイトの方が儲かるんだから、教授やめりゃいいじゃない」

 ジュリーはドライだ。

「馬鹿か、こんなアルバイトいつまで続くと思ってんだ。そのうち飽きられて終わりだよ。」

「確かにね、この前なんか今年の一発芸人のNO.1にノミネートされてたしね。これ以外芸があるわけじゃないし、この辺が潮時かもね」

 ジュリーは意外にあっさりと納得した。


 あと2~3000万は稼げるんじゃないかとジュリーは内心密かに思ってはいたが、このところテレビ出演などで留守にすることが多く、娘のカレンの事が気になっていたのだ。まだ小学校二年生になったばかりの子に留守番をさせるのは無理がある。この女、外見・言動に似合わず子煩悩こぼんのうなのである。


 一方、渡辺は、教授の椅子を投げ出すようなことは全く考えていない。四国の離島の寒村を出た時から、大学教授という職業を目指してここまでやって来たのだ。理数系には並外れた才能を示したものの、国語、英語、社会、などの文化系科目は並の人間以下で、東大、京大などの一流大学とは縁遠かった。私大は経済的に無理。やっとこさ、この公立の二流大学に入れたのだ。文系科目から解放されで、初めてその才能が開花した。東大、京大の研究者を子ども扱いにし、並み居る有名学者の理論の間違いをことごとく指摘し論破した。少々手荒なパフォーマンスだったが、普通にしていたのでは東大からの天下り研究者に先を越され、いつまでたっても万年助手で終わるだろう。二流大学の生え抜きが教授のポストを得るには、この位の事はせねばならない。結局、他大学との軋轢あつれきに業を煮やした学長の丹下が、教授のポストを与えることでおとなしくさせた。            

 だが、実力で教授のポストをもぎ取ったことには間違いない。これまでの艱難辛かんなんしんく苦を簡単に投げ出すことはできようはずがない。たとえそれが二流大学のそれであったとしてもだ。「教授になった」と知らせた時、電話の向こうで喜びにむせび泣いた母を悲しませることができようか。幼い頃、父親が亡くなった息子を女手一つで山頂まで続く段々畑を耕し、蜜柑や檸檬れもんを育て、渡辺を大学にまで行かせてくれたのだ。

 この男、マザコンも相当なものなのである。ロリコンの上にマザコン、39歳になっても独身で彼女いない歴39年であるのも十分うなづける。 


 テレビの画面から消えると、人々の関心も徐々に薄れて行った。

 

“そんな奴らもいたよな”


 程度の認識になるのも早く、「トリックだ、超能力だ、サイエンスだ」のと騒いでいた連中も、その関心は他のものに移っていった。

 とりあえずは、

 

“なんかのトリックだったのだろう”

 

という社会的なコンセンサスが出来上がっていた。

 やがて、5年10年とするうちに人々の記憶から徐々に消えてゆくであろう。20年もすれば「あの人は今」系の番組で同じ事をやらされるかもしれない。さすがにその頃になったら、ジュリーの赤パンも、ただのお笑い芸だ。

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